第10話 いかつい顔にも裏がある

ocomeおこめが待ち合わせに指定した場所は、深雪の自宅から歩いて10分ほどのところにある市営の森林公園だった


真冬の5時の公園に人気ひとけはなく、白く光る遊歩道以外は暗闇に等しかった


深雪は入り口から暗闇に目を凝らした

夏ならば虫の声や羽音や草が擦れる音など聞こえてくるが、いまはシンと静まり返り、聞こえるのは深雪の荒い息遣いだけだった


本当にそれだけだったはずだ


だから、すぐ後ろに止まった黒い高級EVカーに引きずり込まれたとき、深雪は声を上げることもできなかった


※※※


後部座席には、カラスの様に黒い3ピースを着た背の高い男が座っていた

男は持っていたスマホから目を離すと「国島深雪だな?」と言った


深雪は男の質問を無視し、男の持つスマホを指さした


「そのスマホ、ocomeくんの…」


ヘッドフォンの図柄が入った黒いつや無しのシリコンケースはバンドの『ocome』のグッズだ


その瞬間、深雪は自分が騙されたのだと気が付いた


男は、見る見るうちに顔面蒼白になっていく深雪とスマホを見比べ、「深い関係っていうのは本当のようだな」と独り言のように呟いた


それ以降、深雪が何か質問しようとすると、男から鋭い眼光が飛んできて、深雪は押し黙るしかなかった


車は首都高から東名に入った


慣れない車移動で副反応の吐き気が増した深雪は、男に頼んで海老名のサービスエリアに止まってもらった


トイレまで我慢できず、ビニール袋に吐く深雪の様子を男は気持ち悪がる風でもなく眺めていた


落ち着いてからトイレに行き、口をゆすいで帰ってくると、男が「何か腹に入れるか?」と聞いた


吐き気は残るものの、確かにお腹は空いていた

深雪はコンビニでおにぎりとお茶を買ってもらった


拉致されているのに、途中でおにぎりを買ってもらうというのは不思議な感覚だった

あるいは深雪は人質かなにかで、役目が終わるまでは生かしておかなければならないのかもしれない


「あまり時間がない。行くぞ」


男は深雪に顎で車に乗るよう指示をした


※※※


それからどこをどう走ったのか記憶になく、気が付いたら高い塀に囲まれた豪邸の前に来ていた


「ここは…?」

「ヤクザの車で寝るなんて度胸があるな」


車はシャッターがついた半地下の駐車場に入っていった


「やっぱり、ocomeくんの実家なんですか?」


男は無言で深雪の手を引っ張っておろした


駐車場にはたくさんの高級車が止まっていた

その車から、男と同じような黒いスーツを着た男たちが次々と降りてきて、深雪はすぐに現場を取り巻く物々しさに気が付いた


駐車場から屋敷の中に入ると、人々の混乱っぷりはより顕著に感じられた

物品の運び込みや出入りする人々の格好を見て深雪にはピンとくるものがあった


「これって…お葬式…」

「そうだ。若頭が亡くなった」

「…若頭って…」

組長おやじの御長男だ。お前が関係を持った方は御次男だ。知らないで付き合っていたのか」


廊下から玄関先までたくさんの供花が並べられ、庭に設けられた受付所には長蛇の列ができていた


いかにもヤクザ風の者もいれば、普通のサラリーマンとなんら変わりのない人、手伝いの女性たちもみられた


庭を見渡せる縁側に沿って昔ながらの様式美を受け継いだ24畳の3間続きの和室があり、障子の隙間から中を覗くと、花で飾り付けられた立派な祭壇が見えた


「後でお前にも参列してもらう。こっちだ」


男に促されてついていった先は窓のない小部屋で、白髪の老婆が一人座っていた


「ここで着つけてもらえ。後で迎えに来る」


深雪は立ち去ろうとする男の袖を捕まえた


「ちょっと待って!ocomeくんはどこにいるの?」


男は190センチはあろうかと思われる高さから深雪を見下ろすと、「後で会える」と言って部屋を後にした

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