陰キャなヤクザでごめんなさい!
@hanazanmai
第1話 優しい顔には裏がある
夫の仕事関係の集まりは嫌いだ
マウンティング、カースト、格付け、他にはなんだっけ
ああ、足の引っ張り合いとか?あとプライベートの探り合いってのもあるか
経済力、能力、行動力、指導力、勢力…あと、違う意味でのせいりょく…
A「○○先生のとこ、子供4人目って本当?」
B「すごいわね。確かに強そう」
C「うちも欲しいっていうけど、2人で十分かな」
D「…って言ってたけど、あそこは男の子だからいいわよね」
そしてその相方たちは男だけでこんな話
A「うちは2人目不妊だから毎日すごくてさ…」
B「だからって不倫相手にマンションまで買っちゃって」
C「うちも3人目ほしいって言うけど、見てよ、どんなにきれいにしていても20代とアラフォーじゃあ」
D「不倫相手ができちゃってさ…A先生お願いできない?」
ゲスで上辺だけの気持ち悪い会話に吐き気がして、
どうせしがない内科医の嫁が一人いなくなったところで誰も気にも留めない
それに夫のパートナーは深雪だけではない
その事実がいっそうこの場にいることをみじめにさせた
相手は医局の32歳の看護師
この度夫の推薦もあり副師長になるらしい
夫とその看護師との関係は秘密のはずだが、医師と家族だけのパーティーにのこのこ顔を出すくらいには公然なのだ
と言ってもこの場における看護師の立場は
何も悪いことをしていないのに、深雪は後ろ指をさされるような気持ちで会場を出ようと重たい扉に手をかけた
その時、
「深雪!」
一番聞き慣れた、でも大嫌いな声が近づいてきた
「深雪、大丈夫?酔った?」
夫の
大したことでもないのに、聡はひときわ大声で深雪を心配する言葉をまくしたてた
それから、視線を投げかける人々に向かって、
「すみません、妻の体調が心配なのでしばらく抜けます」
と言うと、若手医師の中では1、2を争う爽やかな笑顔を残し、深雪を急き立てて会場を出た
「私は大丈夫だから戻ったら?」
ロビーに出て、周りに知ってる顔がいないのを確認してから、深雪は聡の腕をそっと外した
「なんだ、いつもの仮病かよ」
「仮病じゃない。パニック障害。知ってるでしょ?」
「薬あるだろ?なんのための頓服なんだよ。なあ、ああいう席で誤解されるようなことはするなって言ったろ?戻ってから妊娠じゃないのかって問い詰められるの俺なんだから」
…ヤッてないんだからできるわけないじゃない…
深雪は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ
「ごめんね。薬の効きが悪かったみたい。これ以上誤解されたら困るから先に帰るね」
演じなければ
なるべくつらそうに、悲壮に、でも明るく、いい妻っぽく―
しかし、深雪のそんな努力も虚しく、聡は大げさなほど深いため息をついた
「本当にわがままな奴だよなあ。みんな俺の顔を立てて表だって文句言わないけど、本当ならこういう会を途中で抜けるのはひんしゅくモノなんだぞ」
…わがままなのはどっち?私は行きたくないって言った…
深雪はまた言葉を飲み込み愛想笑いをした
深雪との押し問答を時間の無駄とばかりに早々とあきらめた聡は、今度は短く舌打ちをし、会場に戻っていった
深雪はクロークに預けていたコートを受け取ってホテルを出た
パンプスで歩くのは疲れるが、どのみち30分かそこらで着く
金曜夜の酔っ払いの街をとっとと抜け出して、暗くて静かな文京区のマンションに帰りたかった
結婚式の日取りや招待客、演出など、何一つ文句を言わなかった深雪が住む場所だけは譲らなかったのは、使い慣れた沿線と知り合いの多い土地は慣れない結婚生活の支えになると思ったからだ
現にいまも―
「ただいまー」
「ただいまじゃないでしょ、深雪ちゃん」
下町にはいまでも数多く残る、昔ながらの木造平屋建てのうるさいガラスの引き戸を開けて入ると、上り端の部屋から顔を出したのは今年50歳になる小金井だった
小金井は深雪の母親の親友で、母親が亡くなる以前から深雪のことをかわいがってくれていた
「またパーティー途中で出てきちゃったの?」
「そう。これお土産。シロタエのチーズケーキ、小金井さん好きでしょ」
「あら、覚えていてくれたの」
小金井はケーキの箱を受け取ってそそくさとキッチンに立った
「会場のホテルが赤坂で―」
深雪は小金井の背中に話しかけた
キッチンからはコポコポとお湯が注がれる音がする
深雪はその音を心地よく聞いていた
「―でね、聡さんが言うには、私が妊娠したと誤解されるだろって。そんなわけないのにね―」
小金井がティーセットとケーキをトレーにのせて戻ってきた
小金井のお気に入りのヘレンドのティーセットは、深雪の結婚式の引き出物である
チーズケーキに合う苦味の強いアッサムティーを注ぎながら小金井が言った
「それは聡さんも肩身が狭いでしょうね」
「え?」
「だって結婚して5年でしょ?そろそろ子ども欲しいってなるのは当たり前じゃない」
深雪は目の前が真っ暗になった
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