第24話
「おかえり伸之君。思ったより早かったね?」
「そういう春香さんの方こそ早いじゃないですか?大学生って暇なんですか?」
「そんな事ないわよ?でも今日は居ても立っても居られなくなっちゃって。伸之君の道場、いい所だね」
「それはどうも。親父は?」
「あ、それなら今は休憩中かな?話しといてくれてありがとね。伸之君のお父さん驚いてたけどすぐに了承してくれて嬉しかったよ。前は門前払いもそれなりにあったからね」
「まぁここはそのへん大丈夫な筈だしね。適当にウォーミングアップしといてよ。直ぐに着替えて来るからさ」
「分かった。待ってるねー」
家に帰るなり、チラリと見た道場の方には既に春香さんが居たので挨拶だけして自室に向かう
昨日の今日で即行動とは、春香さんの想いの強さが垣間見える
それだけ、今回の件は春香さんにとって大事な物だったのだろう
「お、おいノブ、なんだあの綺麗な人は?」
「聞いてなかったのか?あの人が春香さんだよ」
「ち、違う……いや、違わないけど、そうじゃなくて………どう考えてもおかしくないか?なんであんなに綺麗な人がお前に声を掛けてくるんだよ」
「そりゃあもちろん……」
あの人の“目”が良いからだろうとはヒロに言いたかったけど、おそらくヒロには理解出来ない世界な筈なのでとりあえず見てれば分かるよとだけ言い残し、俺はササッと部屋で道着に着替える
今日は筋力トレーニングの日にしているので、道場の端の方でトレーニングを始める
最近は自重トレーニングからウエイトトレーニングに徐々に切り替えているので、それなりの重量のバーベルなんかを使ってスクワットをこなしていく
一方で道場の真ん中では、集まった生徒達と並んで春香さんも空手式の稽古に汗を流している
事前に今日は筋力トレーニングの日にしていると伝えているので、その輪の中に俺が居なくても春香さんが不思議に思う事はないだろう
更にその端の方では、正座したヒロがその様子を見学している
別に道場に通うつもりでもないだろうし、正座する必要もないのだけれど、場の雰囲気が彼をそうさせるのかも知れない
……と言うより春香さんを見すぎじゃないかヒロは?確かに綺麗ではあると思うが………
…いや、ふと気が付けば、高校生、大学生が集まるその大半の男の生徒達が春香さんに気を取られているのがわかってしまった
なるほど……これが春香さんの言っていたやつかと、俺はその光景を見て理解出来てしまった
もちろん春香さん以外の女性の生徒さん達も混ざっているが、一般的な基準で見るのならば、見劣りしてしまうのが通常の人の反応なのかも知れない
そして一通りの稽古も進み、いよいよ“組手”の時間となる
一応ここの道場も、実戦向きのハードな道場であるため、拳と足の防具以外は基本的には付けない
これが上級者の大会ともなれば、防具の類いは一切付けずに闘う為に、常に怪我の耐えないものとなる
自身のトレーニングに集中しつつも、なんとなしにチラリと組手の様子を見てみれば、やはりと言うべきか残念な事に、一定時間毎に相手が次々と変わる男女混合の“自由組手”なのに対し、明らかに男生徒の春香さんに対する手加減が度を過ぎている
俺の知っている実力者の大学生の人でも、春香さんに対してだけは、他の女性生徒よりも手を抜いているのがおそらくヒロにも分かるレベルで行われている
………ここに長年通う人達でもそうなるのかと残念に思うと同時に、そんな人達ですら[魅了]?してしまう春香さんにもある意味で恐怖を感じつつ俺はトレーニングを途中で切り上げる
見れば親父の方もそろそろ限界に近くなっていたので、ここらが潮時だろうと俺は立ち上がり、“自由組手”の輪の中に混ざり春香さんと対峙する
「本気でやって良いんですよね?」
「もちろん!その為に今日は来たのよ」
「はじめ!」
インターバル時間も終わり、親父の声で再び組手が始まる
俺は春香さんの懐に入り込み春香さんのボディーに連打を浴びせる
春香さんも一瞬攻撃を受けるも、流石と言うべきか瞬時に前蹴りで俺との距離を離してくる
その蹴りの鋭さは、先程までの他の人達としていた組手の比ではない
そして離れた瞬間に襲い来る蹴りによる連撃
その様相はまさに“鞭”。右から左から、上から下からと休む間もなく強烈な蹴りが飛んでくる
その速度も見事の一言。自身の長所を上手く活かした長い脚から放たれる蹴りは、“威力”、“速度”、“リーチ”どれをとっても一級品
そんな蹴りの嵐を俺はきっちりと見極め“弾いて”いく
躱したり、受けたりしたのでは、今の俺ではこの距離を潰せないと判断した俺は春香さんの蹴りを弾く事で、相手の隙を作り懐に飛び込む事にした
1つ、2つと蹴りを弾いて体制を崩した瞬間に春香さんの懐へと潜り込み、片足立ちの状態になっている春香さんのその軸足をズドンと蹴り上げる
その容赦ない一撃に、春香さんはバタンと道場に倒れ込み、一連の流れで俺達の組手を見ていた周りの生徒達も言葉を失い、道場の中に沈黙がしばし流れる
「やっぱり強いですね春香さん。どうです?もう止めますか?」
かなり強烈な一撃を叩き込んだ。多分横で驚いた顔をしている大学生の生徒さんに叩き込んでも試合なら一本は取れる程の一撃だ
そしてそんな強烈な蹴りを受けた春香さんは、スッと立ち上がり俺にこう言う
「まだまだ!もう一本お願いします!」
その春香さんの言葉に、その場にいた生徒さん達が皆ハッと気付く
脚を少し震わせながらも立ち上がり、真剣な目でもう一度と声を上げる彼女の本質に
そう、彼女は強くなりたくてこの道場に来たのだ。そんな彼女に対して……いや、彼女だけでは無く、強くなりたいと願う人に対して“手抜き”を行うのは逆に“失礼”なのだ
もちろん、男性と女性では力も違うかも知れない。けれども“手加減”と“手抜き”では本質的な意味合いが違ってくる
自由組手では相手の技を受けたり、躱したり、はたまた自身の攻撃を上手く当てたりする互いの技術の向上の為に行うのだ
それを相手が望むのならばともかく、目指す先が一緒である以上は、真剣になって取り組むべきが本来ある姿だと俺は思っているし、この道場ではそういった教えもしている
敢えて強烈な一撃を叩き込んで申し訳無いが、春香さんには皆の目を覚まさせるきっかけとなってもらった
そして目を覚ましたこの道場の人達は、遠慮無しに春香さんに攻撃を当てていった
そんな様子を既に輪から離れた俺はヒロと一緒に眺めていた
「………お前って実は強い上に容赦ないのな?あんなに綺麗な人に手加減無しって……」
「……そう見えたか?」
外から見てた分には俺が圧倒していたように見えたかも知れないが実はそんな事は全く無い
切り上げたトレーニングを再開出来ないのにもそこに理由がある
「ありゃ“本物”だ」
「……なんだよ本物って?」
まだ春香さんが疑惑を持っていて、完全に本気じゃなかったからこそ、俺のスピードでもなんとかついていく事が出来た
それでもあの蹴りの威力。何発か被弾した際にガードした腕と足が既に上がらない
なんなら自室に戻る事も怪しいレベルだ
一度きりと割り切って“本気”で挑んでこの結果だ
もし彼女が最初から本気で来ていたのなら、偉そうな事を言った俺の方が倒れて恥ずかしい結果になっていたに違いない
「………痛ぇな……」
真剣にただ“強さ”を求める彼女の姿に、失っていた筈の体の“熱”を感じた気がしたが、蹴られた部分が腫れて熱くなっているだけだろう
……そうとも。俺は既に一度身を引いたのだ。手を差し伸べる事はしたとしても、“真剣”になってはいけない
じゃないと………他の真剣にやってきた人達に失礼だから
あのとき決めた決意はこの程度で揺らいではいけない
うずく体も気の所為だ。胸から込み上げてくる“熱意”も気の所為だ
………………………
「………ヒロ、部屋でお前のオススメゲームを教えてくれ。今ならオープニングくらいは突破出来る気がする」
「お、そうか?じゃあ行こうぜ」
早く部屋でゲームをしよう。きっとそれが今の俺には丁度良い
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