第22話

ステータス更新の帰り際、会場にいた綺麗な女性に声を掛けられ、近くにある喫茶店へと移動する

やはり俺の感覚は間違っておらず、道行く人達はこぞって彼女に視線を移す

中には勢いよく振り返り、隣で歩く彼女らしき女性に殴られる人も居た。…………腰の入った良いパンチだ


そんなこんなで目的地へと到着。高々5分程度の移動なのに、隣で歩くあいつはなんだ?との視線が結構降り注いだのは仕方の無いことだろうか?1つだけ、まるで鬼にでも睨まれたかのような気配を感じる事も有った


「いらっしゃいませ〜、お好きな席へどうぞ〜」

夕暮れ時と言う時間も手伝ってか、喫茶店の中はほとんど人もおらず、少し寂れた風な外観とは裏腹のおしゃれな店内の隅の方に2人で腰を降ろす

あまり長居すると姉さんに怒られるので、メールで少し遅くなるとの連絡だけいれておく


「さて、急な誘いでごめんね。先ずは自己紹介。私は山森春香(はるか)今年で20になる大学2年生。君は?」

「えっと…神鷹伸之、17才で高校2年です」

対面同士で座り合って互いに先ずは自己紹介。先陣を切ってくれた春香さんのお陰で、慣れない自分の紹介もすんなりと済ませる事が出来た


しかしこうして面と向かって見てみれば、やはり彼女は美女と称して差し支えない程に顔立ちも整っていて、モデルや芸能人だと言われてもなんら不思議には思わない

そう言った状況も過分に手伝い、そんな彼女が何故俺に声を掛けてきたのかがますますもって全く理解不能である

今になって思えば何故にほいほいと簡単に俺は着いてきてしまったのか?

今更になって不安が急に込み上げてくる


もしかすると、前に見た一般人をドッキリに掛けるテレビのロケで、今もカメラがあちこち仕掛けられていて俺の姿を映してるんじゃないかとかを一度でも頭をよぎってしまえば、この状況はそれ以外考えられないとまで思えてくるから既に俺の頭の中は軽いパニックである

思えば今も何処からか視線を感じる気がしないでも無い


「やっぱりそうだよね。それくらいだと思った。んじゃとりあえず単刀直入に言うよ?君には私と本気で闘って欲しいのよ」

一体この人は何を言っているのだろうか?

テレビのネタにしても突拍子もなさすぎやしないだろうか?

とりあえずこのような美女と闘う等と、俺が許しても世間が許さない

だからきっぱりとこう言っておけば波風立てることなく無事に帰る事が出来るのではないだろうか

「嫌です」





「……やっぱり……?どうしてもかな?」

「そりゃあなたのような綺麗な方と闘うなんて事は難しいと思いますよ?」

「……またそれ。…………初対面の君に愚痴るのもどうかと思うけどさ、いい加減うんざりなのよね」

どういう事だろうか?先程までの凛とした大人の女性の姿からは一変、今では不快感を全面に押し出しせっかくの綺麗な顔が歪んでいる

……もしかしてドッキリではないのか?まだ完全に可能性を捨てきれた訳ではないが……


「……君さ、“格闘技”やってるでしょ?」

まぁあの会場にいたのなら多少の予想くらいは立てれるかも知れない

「そうですけど…それは春香さんもですよね?」

だけどそれは俺にも言える。けれどそれがどう話しとして繋がってくるかは分からない


「……やっぱり目も悪くない。……そう、私は“テコンドー”を習っているの」

テコンドーと言えば蹴りが主体の格闘技。春香さんのあの脚の筋力と見事な体幹はそこから来てるのかと思えば、なるほどと簡単に理解の致す所

「でもね、私は強くなりたいのよ」

「………そりゃあ、格闘技をしている人なら誰でもそうは思いますよね?」

「でしょう?なのに私はまともに対戦してもらえないのよ!」


「えっと……それはまた何故?」

「私が強いからよ」

「………じゃあ良いのではないですか?」

強くなりたい春香さんは既に強いらしい。やっぱり俺は騙されているのだろうか?そろそろカメラが来ても良い頃合いだと思うんだけど


「……ごめん、順を追って説明するわ」

「は、はぁ………」

ころころと表情を変える春香さんに少し戸惑いつつも、感情の籠もった熱弁を30分に掛けて振るい、俺はようやく春香さんが何が言いたいのかを理解する事が出来た


要約すると、春香さんの行っている大学では、テコンドーの活動は有るものの、部員が男性しか居なく、通っていた道場の方でも似たような状況で、少ない女性の生徒も春香さんのレベルまでは達していないらしく、ここ最近ではまともに組手をした覚えが無いとの事


それでも何年か前までは男性の中に混じってやっていたらしが、当然と言うべきなのか次第に春香さんに対しての加減のような物が目立つようになってきたらしく、それが次第に過剰になり今では春香さんを傷付けてはいけない。みたいな気概があるのやもとか言う状況らしい


まぁこれだけ綺麗な人であるならば、普通の人ならばいくら組手と言えど、本気をだすのも憚れるのも分からないでもない

まして春香さんのやっているテコンドーも、より実戦向きの、防具の少ない流派であるらしいからそれがその状況により拍車を掛けているのかも知れない


それでこのままでは強くはなれないと思い、所謂出稽古みたいな事も何度か試したけど、結果は散々な物で、接待稽古のような事が続いた為に出稽古は諦めたらしい


…………改めて春香さんを見れば見るほど、世間一般的な目線で言えば、美女である彼女が強さを求めて彷徨う格闘家だとは夢にも思わないだろう


だけど俺には理解出来た。熱弁を語る最中でも見せる細かな体の動き、視線、手の動かし方、そして見える脚から伺えるその完成度の高さ

彼女は紛れもなく1人の格闘家としての境地でここに居る

多分春香さんは1人きりの状況でも、腐ることなく毎日修練を積んで来たのだろう

ただ筋力を鍛えただけではどうにもならない“技”が彼女の脚には宿って見える

高々100や200程度の蹴りを毎日サンドバッグに叩き込んだだけではあぁはならないだろう

それはあの更新会場での蹴りをみれば容易に想像が付く

彼女の蹴りには、威力以上に“重さ”がある

おそらくは本気で対峙したのならば、並の格闘技経験者であれば彼女に触れる前に威力の高い蹴りによって地に伏せる事になるだろう


…………そして、“組手”であるとするならば、俺は春香さんに協力する事ができる

「春香さん。今度、俺の所の道場に来て下さい。春香さんのお願い、俺が協力します」


“武”に対しては俺には男も女も関係ない。それが更に上を目指す者なら尚更だ

奇しくも春香さんが俺に声を掛けてきた事はある意味では正解だったようだ

いや、それは偶然ではなく、春香さんの“洞察力”あっての“必然”だったのかも知れない






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