第19話 捜査ファイル 4
白川は『タナトスと踊れ』を読破した。
――第四章でエースは同じバイト先にやって来た後輩を手に掛ける。その事件を起こしたあと、行方のわからなくなった少女の捜査のため、エースの勤務する職場に警察がやって来る。それがきっかけでエースの中に不安が生じる。もしかしてこのままだと自分は警察に捕まってしまうのではないかと。そこでエースは九条彩音を誘拐した時に手に入れた一千万を使って海外に逃亡することを計画する。
しかし警察はすでにエースに焦点を当てて捜査を進めていたためエースの逃亡は叶うことなく警察のお縄となる。しかしそれでハッピーエンドとはならない。エースは警察の隙をついて自らの命を断ってしまうのだ。なんとも後味の悪い終わり方だ。自殺は償いなどではない。単なる逃げだ。たとえそれがフィクションの中の出来事であっても悪はしっかり法によって裁かれるべきだ。
小説を読み終わった白川はスマホを仕舞い、前回同様データベースにアクセスした。
日本の毎年の行方不明者の認知件数は数万にも及ぶが、F市に限った話で言えばそこまでではない。実際にリストに名を残している者は百に満たない。『タナトスと踊れ』の中で起きた最後の事件。その事件が起きたと思われる年で絞り込みをかけると残ったのは三名ばかり。そのうち当時高校生だった少女はたった一人だけだった。名前は
知世は父親と二人暮らしで父娘仲は最悪だったらしい。
ある日知世が学校に来なくなり、それを心配に思った担任教師が家に連絡をいれる。しかし父親の態度はどこか他人事で、心配する様子が感じられなかった。不審に思った担任教師は直接知世の家に出向いて話をした。それでも父親は娘を気遣う言動を見せない。埒が明かないと思った担任教師が捜索願を出しましょうと持ちかけるも、「このままでいい。娘を自由にしてやってくれ」と、とても人の親とは思えぬ答えが返ってきたという。しかしそういうわけにも行かず担任教師は独断で捜索願を出したとのことだった。
父親が娘の捜索願を出そうとしないなんて普通はありえない。当時の捜査員もその点を訝しんで、父親のことをかなり調べたようだ。
父親の名前は
徳夫は知世に一切関与していなかった。子育ても妻に任せきり――知世が中学に上がるころに離婚している――でどう扱っていいものかわからなかったらしい。そんなだから娘が外で何をしているかなど知る由もない。
知世は孤独だったのだろう。そんな折に頼れる美人のお姉さん的な存在が目の前に現れたらどうなるだろう。状況によっては一瞬で心をつかまれてしまうのではないだろうか。たとえそれが会社から押し付けられた事務的なものだとしても、そうと知らない知世にとっては自分を気遣って世話を焼いてくれる人なのだ。
父親に関する情報のほかにも知世の近辺捜査に関する情報が記載されていた。捜索願を出した教師はもちろん同じ高校に通っていた生徒たちについても調べていたようだ。またイジメが発生する前に交友関係があった者から知世のバイト先も特定して聞き込みに行っている。複数あったバイトの内の一つがダスクリアという名前の清掃会社だったようだ。そこまで捜査の手が及んでいたのに田嶋ハルにはたどり着けなかったようだ。
…………
翌朝に開かれた捜査会議で白川は田嶋ハルに焦点を当てた捜査がしたいと発言した。しかしその根拠が小説の内容と過去にF市内で起こった事件が酷似しているからだと話すと、課長をはじめとする刑事部の連中から冷笑を買うことになった。隣で話を聞いていた金森もやっちまったと言わんばかりに額を抑えながら天を仰ぐ。
「おほん。いいかね白川くん――」
刑事課長の長いお小言が始まる。現実と虚構の区別がつかないようでは話にならない。これ以上ふざけた発言が続くようなら捜査チームから外れてもらうことになるよと。もっともな意見だった。だがここで怯んではダメだと白川は心のなかで己に活を入れる。
「では一つお願いがあります」
「お願い?」
課長が眉根を寄せる。
「はい。田嶋ハルと直接話をする機会をください」
田嶋ハルを疑っているのなら彼女に直接話を聞くのが手っ取り早いのだ。直接話をすることで見えてくるものだってある。もし何もなければ考えを改めることだってできる。
「そうは言ってもねえ。納得いく説明がなければ無理だよ」
課長の発言に、待ってましたと白川は説明する。
まず六年前の石橋緑誘拐事件と小説の酷似点を上げた。でもそれらは単なる偶然で片付けることもできてしまう。次に中邑厚子の事件こちらは確実に警察しか知らないはずのことが書かれていると説明した。一件だけならただの偶然で終わらせられるかもしれないが二件続けば別だ。しかもどちらも未解決事件。さらに追い打ちと言わんばかりに葛西知世の行方不明事件についても語った。
偶然も三度続けば事件疑え――とは誰の言葉だったか。今回の例がまさにそれだ。
課長はしばらく押し黙って思案する。そして面を上げ金森の方に視線を向けた。金森は面倒くさそうに後ろ頭を掻きながら無言でうなずいた。
「わかった。許可しよう」
「ありがとうございます」
白川は頭を下げるち、ただし――と注意が入る。
「もし本当に彼女が犯人だった場合下手な接触は相手の警戒を強めることにもなるよ」
「肝に銘じます」
白川は再び頭を下げた。
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