ハア?俺が攻略対象者?!5<元王子・セオドア視点> ~人生諦めてからが本番だった
饒筆
プロローグ 因果応報の果て
私セオドア・レクトルマギーアは、三百余年続く誉れ高き王国史を鑑みても、とりわけ不世出の名君と讃えられる王の長男として生を受けた。
凡庸な男にとって、これがどれほど不運で不幸なことか、あなたにわかるだろうか。
私は私にできることを精一杯やるしかないのに、周囲は勝手に私に期待し、勝手に私に失望した。そして勝手に私を利用しようとチヤホヤし続けた。母ですら、正妃の権威を誇示するために私を飾り立て、実績以上に褒めそやし、貴族どもに見せびらかして歩いた——が、それは私にとっては毒針のような視線に晒されながら微笑み続ける苦行でしかなかった。
この私に王の器もたいした才能も無いことは、自分が一番よくわかっている。
私の同い年の学友たち——サイラスを見ろ。アレックスを見ろ。彼らは私よりよっぽど賢く強く、勤勉で努力家で、志が高いじゃないか。この煌びやかな王宮は、父上や彼らのような「立派な」人間がいるべき場所だ。不出来でやる気も無い私は、そもそも王宮にいるべきではないのだ。
そう開き直ってしまえば、もはや私を取り巻く全てが他人事で面倒で万事投げやりになり……いつしか私はあらゆる責務や義務から逃げ回るようになった。周囲が私に向ける目はさらに冷たくなり、おべっかをつかう連中がどんどん増えた。
ああ、こんなに息苦しい毎日は嫌だ。これほど情けない自分がこのまま王太子に、そしてあの父の跡を継いで王になるなんて絶対に無理だ。身の丈に合わない身分は捨て、王宮を出て、誰にもかしずかれない一介の平民になりたい。
自己嫌悪と周囲への不信、密かな平民への憧れを拗らせ、ますます無気力になってゆく私を——14歳の冬、ついにアレックスが見限った。
私の側仕えを辞め、騎士団に入団するとだけ告げて去る幼馴染の背中を、私はなぜかホッとして見送った。彼はとても勇猛だから、始終弱腰な私の元にいるより騎士団へ加わった方が存分に活躍できるだろうと思った。
サイラスの方はああ見えて世話焼きだから、相変わらず私の側に居て、ああしろ、こうしろとうるさく説教するのを止めなかった。が、高等学院への進学を機に徹底的に遠ざけたら、彼もとうとう黙り込んでしまった。これでいい。これでいいんだ。サイラスにはきっと、凡愚な私の世話よりもっとやるべき事があるはずだ。
学院での一年は心穏やかで楽しいものだった。
そしてルナに出会った。彼女は私に真実の愛を捧げてくれた。
「愛に身分なんて関係ないわ。私は王子様でなく、セオドア様という一人の男性が心の底から好きなの。それだけよ」
そんな台詞、他の生まれながらの貴族令嬢から言われても信じなかっただろう。
しかしルナは平民として育ち、つい最近男爵家の養女になったばかりの娘だ。平民として育ったからこそ、家や血筋や高貴な身分のしがらみなど知らず、純粋に私個人を愛してくれたのだろうと思い込んですっかり舞い上がってしまった。
平民だったルナなら、駆け落ちして平民に紛れたいと言っても一緒に来てくれるに違いない。むしろ平民の生活を教えてくれて仲睦まじく暮らせるかもしれないと夢想して、私は幸せだった。
ああ、あのときの私は本当にどうかしていた。
ルナの言う通りに婚約破棄の騒動を起こし、そのまま手に手を取って駆け落ちを目論んだ私は見事サイラスと父上に足元をすくわれ、廃嫡されてコーザリー送りになった。身分を捨て王宮から出られるのならそれでもいいかと腹を括った私に、ルナは
「こんなはずじゃなかった」
と言い放った。彼女は王太子妃に、ゆくゆくは王妃になるつもりだったらしい。愛に身分なんて関係ないと口説いてきたのは君だったよね?!
正直に言って、廃嫡されたことより、ルナの変節の方がショックだった。
あれ以来、彼女は手も握らせてくれない。すっかりふてくされてコーザリー城の自室に籠ったきり、食事すら同席しなくなった。
彼女が捧げた真実の愛とは一体何だったのだろう。
かくいう私は右も左もわからぬ戦地で、防戦一方の我が軍を指揮するのに手一杯で——壊れた砂時計から白砂が零れ出てゆくように時間だけが過ぎ。
ある日、ルナは随行の魔導士アーロン・グレイと共に姿を消した。
ああ、いくら愚鈍な私にもわかるさ。二人は仲良く手に手を取って逃げたのだろう。
心の支えがポキリと折れた。
思い込みの愛は跡形も無く消え、城は敵の大軍に包囲されている。備蓄した食料は底をつき、自軍は疲弊しきっているのに援軍が来ない。
……終わったな。
私はむしろサバサバした気分で自身の剣を取り、鞘を払った。
曇りひとつない白刃に見栄えだけは良い顔が映る——もう、いい。私は捨てられたのだ。誰も私を望まないし、私も何も望まない。誰よりも不運で不幸な人生から、さっさと退場してしまおう。
刃を我が身に向けた。そのときだ。
『バカッ!早まるな!!』
やけに懐かしい声が耳朶を打った。
『まだ打つ手はある!一緒に考えてやるから、まず剣を置け!』
私は驚いて辺りを見回した。
真夜中の月が照らす素っ気ない石壁の部屋は呼気が響くほど静かで、当然ながら私しかいない。……私が自ら遠ざけた学友が、わざわざコーザリーまで駆けつけてくれるはずなどない。
それでも。
この期に及んで尚、私に説教してくれる彼の声が聞こえたことが泣けるほど嬉しかった。
私はみっともない涙声で友の名を呼んだ。
「……サイラス……」
利き手で握った剣が小刻みに震える。柄に嵌め込まれた紅玉がひときわ輝き、ボッと小さな炎を吹いた。立ち上る煙がみるみる人の顔を模してゆく。
ああ友よ。君が魔導士で良かった。熱い涙が頬を伝い落ちた。
「ありがとう。来てくれて……!」
『泣くなよ、ヘタレ』
揺れて透ける煙で再現しても美しい貌が不機嫌に答える。私はベソをかく。
「できれば、もっと早くに来て欲しかった」
『甘えるな』
サイラスは相変わらず私に厳しい。だが、彼だけが私を見捨てなかった。
私は情けなく洟をすすり——真摯に頭を下げて許しを請うた。
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