曇りのち大雨、ときどき晴れ

さくら

第1話

 父は、とても真面目な人だ。

 とても几帳面で、その傾向が過ぎると感じるほどにマメな人だ。

 母の誕生日には必ず、大小は関係なく贈り物をしているようだし、もちろん私たち子供の分も欠かしたことはない。ついこの間迎えた私の誕生日には――幸か不幸か、大学の公募推薦の合否発表日で、志望校に無事合格できた日だったのだけど――父から渡されたのは、真新しい電子辞書だった。

 受験勉強が終わった日に、何も――と一瞬思ったけど、紙の辞書しか持っていなかった私が、周りの友達がみんな電子辞書で勉強している姿を見つつも、意固地になって紙辞書を使い続けていたのを知っていたんだと思う。


思わず涙が出そうだったけど、父から出た


「一般受験になりそうだったからな」


の一言に涙が引っ込んだ。


 そんな私に「冗談だよ」と返す父だが、冗談を真顔で言うから、誰も冗談だと思わない。


 たとえそんな大きなイベントでなくても――そう、たとえばごみ出し当番や登校班の当番がいつ当たっているのか、なんていう情報も、すべて父は手帳に書きいれていたし、忘れっぽい母の代わりに、母が父に頼む前に、率先するかのように父が当番に出ていた。私が小学校の低学年の時から、ずっとだ。

 

 あと、「もう高校生なんだからいらない」といくら言っても作ってくれる『誕生日弁当』。聞いているのかいないのか、いらないと言っても表情をあまり変えることなく、父の頑固な意志(意地)さえ感じる。

 中学1,2年の時は母と比べると若干雑だったお弁当も、ここ数年でかなりレベルアップしている感は否めない。今年の私の誕生日弁当は私の大好きなヘビーメタルバンドのロゴマークをあしらったものだった。……かなり精巧に作られていて、正直、とてもカッコよかった。でも恥ずかしくて教室で開けられずに中庭のベンチで食べた。嬉しかったのがちょっと悔しい。

 ちなみに誕生日弁当は、家族全員分を作っている。父が張り切って台所に立つ、年に数回しかない機会だが、母はどんなに父が失敗しようとも、食材を使いこもうとも、特に何も言わずにニコニコとしている。

 大学教授であり、研究をしながら、家庭も大事にしてくれる。

とてもいい父であることは、母も私たち姉妹も、全員が感じていた。


 ずっとずっと――こんな幸せがずっと続いていくんだと思ってた。

 

 そう。

 まるで約束されてるみたいに


 ――ずっと続くと思っていたのに。


 ある日、大学で授業を受けているときに、滅多に私の携帯にかけてこない父から電話がかかってきた。何かと思ってこっそり抜け出して電話に出たら――


「……え?」

「『……』」

「ねぇ!!嘘よねお父さん!?ねぇ!!」

「『……今からすぐ骨髄検査をするんだそうだ。まず間違いない、と説明された』」

「そんな……!」


こんなことがあるんだろうか。


「ねぇ!!お父さん!!嘘だって言ってよ!!お母さんが…お母さんが…」

「『……お前たちはいつも通りに学校に行きなさい。……病院にはお父さんが居る』」

「お父さん!!」


 それは、私が大学生2年生になり、妹が高校入学を迎える春のこと。

 そして――父と母が、結婚30周年を迎える年だった。

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