183.オリヴィエからの連絡

 ――あの戦争から半年が経った。

 あれから私達はみんなで決めた通り、大人しく屋敷での日常を過ごしていた。


 私はゆっくり休んで魔力を十分に回復させた後、サピエル7世の攻撃で頭を吹き飛ばされた死体を修復した。

 死体は頭だけ綺麗に吹き飛ばされたので首から下は損傷が全く無く、頭部の修復だけで済んだのは幸いだった。

 死体の修復はすぐに終わって、今は修復した肉体に魂を移し替えて、無事大人の身体に戻っている。

 子供の時の身体も悪くはないけれど、大人の身体で過ごしていた時間が長いからこっちの方がしっくりくる。


 ミューダはというと、あれから頻繁に浮遊島に出掛けて実験をしている。

 屋敷と浮遊島を行き来して忙しそうだが、自分の研究に打ち込めているようで子供のように楽しそうだ。

 

 アイン達は使用人として屋敷で働く日常に戻っていた。

 でもニーナとサムスとクワトルとティンクの4人は、時々貿易都市に出掛けている。

 屋敷で大人しくしてようとは言ったものの、4人は貿易都市と少なからずの関係を持っていたので突然居なくなってしまえば不審がられてしまう恐れがあったので仕方がない。

 まあ出掛けるついでに買い物や、私の代わりに『ミーティアの工房』に顔を出してカグヅチさんとやり取りを頼んだりしている。

 4人の話によると、『ミーティアの工房』は予想以上に盛況しているそうだ。

 なんでも、先の戦争でブロキュオン帝国軍に支給した武具の数々が、急ごしらえで作ったとは思えないほどの出来だったと評判になったようだ。

 今では技術力の高さを売りにして、武具だけではなく様々な加工製品も売り出して、次々に大当たりしているらしい。

 ……カグヅチさんは忙しくて首が回らないと愚痴を呟いていたらしいが、まあ嬉しい悲鳴というやつに違いないだろう。うん、きっとそうだ。


「セレスティア様、お手紙が届いております」


 戦争が終わってから半年間のことに思いを馳せていると、アインが一通の手紙を持って私の自室にやって来た。

 アインが手紙を持って来るということは何を意味するのか、ここ最近のことを考えればすぐに察しはついた。

 アインから手紙を受け取り、念の為に差出人の名前を確認する。

 そこには予想した通り、“オリヴィエ・マイン”の名前が書かれていた。


「ようやく連絡が来たわね」


 いつか連絡を取ってくるとは思っていたけど、まさか半年も掛かるなんてちょっと予想外だった。まあそれくらい忙しかったということだろう。

 とりあえず私は手紙に目を通す。手紙は二枚あって、一枚目の手紙には戦争の顛末やその後の戦後処理がどう行われたのか等が、簡潔に羅列されていた。

 この辺りはニーナ達が貿易都市で聞き集めた情報と大した違いは無かった。

 一枚目を読み終わって、二枚目の手紙に目を通す。


「…………どういうつもりかしら?」

 

 二枚目の手紙を読み終えた私は、もう一度手紙を読み返す。

 しかし残念なことに、手紙の内容に変化が起きることはなかった。

 

「セレスティア様、手紙にはなんと?」

「ん~簡単に言うと、1か月後に貿易都市へ来てほしいそうよ」

「貿易都市? オリヴィエ様は直接ここに来るのではなかったのですか?」


 確かに、半年前私はみんなにそう言った。

 オリヴィエとの今までの付き合いからそうなるものと予測していたけど、どうやら今回はそうじゃなかったようだ。


「まああくまでも私の予測だったからね。とにかく1か月後、オリヴィエが貿易都市の別荘に来るらしいから、話はそこでって事らしいわ。みんなにそう伝えてくれる?」

「かしこまりました」


 アインが部屋を出て行った後、私はオリヴィエに返信の手紙を送る事にした。

 それからはオリヴィエと何度か手紙をやり取りして正確な日程を決め、貿易都市に向かう準備をしながら約束の日を待った。



 

 ――そして1か月後。

 約束の日に貿易都市の別荘で待機していると、時間通り別荘にオリヴィエが訪ねてきた。


「お待たせしましたセレスティアさん」

「久しぶりね。……少しやつれたかしら?」


 久しぶりに見たオリヴィエの顔は少し細くなっている様に見えた。


「ええまあ、戦争が終わってからは色々忙しかったですからね……」


 手紙のやり取りである程度は把握しているけど、あの戦争が終わってから世界は大きく変化した。

 特に大陸東側は領土に大きな変化があって、プアボム公国もムーア王国も領土関係の問題に奔走していたらしい。

 実際にこうしてオリヴィエの顔を見れば、如何にその激務に追われていたのかがよく分かる。

 

「それで、わざわざ私を貿易都市に呼んで、一体どんな話をしてくれるのかしら?」


 手紙では今回の戦争関連で私に関係する話ということだったが、詳細は直接ということで手紙でも教えてもらえなかった。


「手紙でもお伝えしましたが、今回の戦争でこの世界の情勢は大きく変化しました。国がひとつ滅びたのだから当然です。そしてそれは同時に、今までのこの世界の平和を維持していた根幹をも揺るがすことになりました」

「……それは、『4ヵ国協力平和条約』と『貿易都市』のことかしら?」

「はい、その通りです」


 今から約100年前に終戦した大陸全土を巻き込んだ『世界大戦』。

 その時に結ばれたのが『4ヵ国協力平和条約』で、この条約で4つの国は協力関係を築いて平和を維持していた。

 そしてその条約の副産物として誕生したのが、完全中立を掲げて4つの国の橋渡し役となる『貿易都市』だ。

 しかしサピエル法国が滅んだ今、『4ヵ国協力平和条約』は意味をなさなくなった。

 それは皮肉にも、『4ヵ国協力平和条約』から誕生した『貿易都市』が、その価値を失ってしまうという事態を引き起こしてしまった。

 

「戦争が終結してからは3か国とも戦後処理で手一杯だったので、この問題の決定は先送りにされる事になりました。しかしその戦後処理もようやく一段落してきたので、今日この問題について話し合いが行われたのです」

「行われたと言うことは、もうその問題は解決したと言うことかしら?」

「はい、先程」

「……で、どうなったの?」


 正直に言って国同士の事も『4ヵ国協力平和条約』の事も、私にとってはどうでもいい問題だ。

 私にとってオリヴィエの話で一番大事なのは、貿易都市が今後どうなってしまうのかだ。

 そもそも私達は研究資金を稼ぐために貿易都市へ来た。色々あったけど、『ミーティアの工房』という物も出来て、とりあえずは資金不足に困る事は無くなった。

 だというのにここに来て、貿易都市の存続問題なんてものが浮上してきたのだ。私からしたらたまったものじゃない!


「安心してくださいセレスティアさん。とりあえず貿易都市が無くなるということはありません。貿易都市はこれまで通り、完全中立都市として存在し続けます」

「そう、それを聞けて安心したわ……。危うくまた新しい資金稼ぎの方法を模索することになるかと思ってヒヤヒヤしたわよ」


 私は貿易都市の存続を聞いてとりあえず安堵した。

 だけどオリヴィエの次の言葉を聞いて、事がそう上手く行く訳が無いことを痛感した。


「ですが、組織体系までは今まで通りとはいきませんでした」

「……どういうこと?」

「言葉通りです。今まで貿易都市は八柱オクタラムナの8人によって経営されていましたが、その理由は『4ヵ国協力平和条約』があったからです。つまり、『4ヵ国協力平和条約』が意味を為さなくなった今、八柱オクタラムナという組織体系も変更を強いられることになった訳です」


 そこまで言われて私もようやく理解した。

 『4ヵ国協力平和条約』によって誕生した貿易都市を経営する八柱オクタラムナのメンバーは、各国の宰相4人と貿易都市の人間4人の合計8人で構成されている。

 だけどサピエル法国が消えて、『4ヵ国協力平和条約』も意味を為さなくなった。その所為で八柱オクタラムナという組織も意味のないものになってしまったのだろう。

 

 ミーティアの工房は八柱オクタラムナが協力者になってくれたからこそ、私がミーティアの工房の経営者という立場に座れている。

 更にはミーティアの工房を私達の計画の一部に組み込めたのも、八柱オクタラムナが協力してくれたおかげだ。

 しかし八柱オクタラムナという組織体系が変更されたということは、私の後ろ盾が無くなるかもしれないということを意味している。

 ……これは非常に不味いことだ。


「……ねえオリヴィエ、さっき問題は解決したって言ってたわよね? 八柱オクタラムナはどうなったの?」

「結論から言えば八柱オクタラムナという組織は解体されました。そしてその代わりに貿易都市を統治する新たな組織が作られ、その組織を束ねる人物が新たに選出されました」

「その人物は、一体誰?」

「……それは私の口から言うより、直接会った方が良いと思いますよ」


 オリヴィエはそう言って立ち上がり、私に手を伸ばしてきた。

 ……私はその行動を見て、オリヴィエが話し合いの場をここに指定した事の真意をようやく理解した。

 

「……オリヴィエ、最初からこれが目的だったわね」

「すみません。全部話していたらセレスティアさんが面倒くさがって来ないと思いましたので……」


 まあ……それは否定しない。

 でも流石に計画に支障が出そうになる事を放っておくほど、私は自堕落じゃないつもりだ。

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