182.終戦会談

 サピエル法国の滅亡が宣言されたのは、セレスティアが屋敷に帰ってから1週間が経った頃だった。

 団結した連合軍は驚異的な勢いでサピエル法国全土の制圧に成功し、サピエル法国の首都だった神都の広場でサピエル7世の公開処刑と同時にサピエル法国の滅亡を宣言したのである。

 こうしてサピエル法国とサピエル教は完全にこの世から消滅し、再び世界を巻き込んだ戦争は終結したのであった……。

 

 そしてサピエル法国の滅亡宣言から5日後、貿易都市のシンボルである中央塔に各国を統治する王と八柱オクタラムナの面々が集合していた。

 彼等がこうして一堂に会したのは他でもない、これから待ち受けている膨大な戦後処理について会議をするためだ。

 と言っても、その会議の主役はあくまでも各国を統治する王である。つまりブロキュオン帝国皇帝“エヴァイア・ブロキュオン”、プアボム公国の“四大公”、ムーア王国国王“ルーカス・ムーア45世”の6人だ。

 八柱オクタラムナのメンバーである7名は、この会談で決定されたことを効率的に行うために、同席して傍聴しているだけに過ぎない。


「じゃあ全員集まったことだし、早速始めようか」


 そう言って場を仕切り、会議を進行するのはエヴァイアだ。

 今回の戦争ではブロキュオン帝国が先導して行動していたこともあり、この場で一番の発言力があった。だからこの会議で進行役に選ばれたのは、ある意味で自然な流れとも言えるだろう。


「まずは一番大きな問題から片付けていくとしよう。今回の戦争を引き起こしたサピエル法国は、先の宣言通りに滅亡した。そうなると当然その領土は空白になり、今は無法地帯も同然だ。早急にこれをどうするか決めなくてはいけない」


 サピエル法国が滅亡し、その領土は統治者の存在しない完全な空白となっていた。しかし領土が空白になったと言っても、元サピエル法国の国民は未だにその場所で暮らしている。

 現在は連合軍が統治者が決まるまで仮で制圧しているとはいえ、彼等は長い年月サピエル法国の歪んだ思想を教育され続けた者達だ。サピエル法国を滅亡させた連合軍に逆上して、いつ暴走してもおかしくない争いの火種なのである。

 だからこそ、早急に彼等の手綱を握って指導する統治者を決めなくてはいけないのだ。


「是非、忌憚きたんのない意見を出し合ってほしい」

「じゃあ、わしから言わせてもらおうか」


 そう言って手を上げ立ち上がったのは、プアボム公国を統べる四大公の一人である“ファーラト公爵”だった。

 ファーラト公爵は四大公の中でも一番の発言力がある人物で、四大公の代表者と言っても過言ではない。つまり彼の発言は、この場においては四大公全員の発言と同義であった。

 立ち上がった事で視線を集めたファーラト公爵は、机の上に広げられた地図を指差しながら意見を出した。


「現在空白となっている領土はサピエル法国のあった範囲、つまり大陸東側の南部なんぶ一帯の範囲だ。正直言ってここを統治するには、わし等プアボム公国では地理的に無理が生じてしまい現実的ではない」


 大陸の東側には3つの国が存在し、北部一帯をプアボム公国、南部一帯をサピエル法国、中央一帯をムーア王国がそれぞれ統治していた。

 そして今問題となっている空白の領土とは、当然サピエル法国が統治していた南部一帯である。

 

 もしこの領土をプアボム公国が統治しようとすれば、中央一帯を統治しているムーア王国に分断された状態での統治を強いられる事になる。当然そこには領土の繋がりなんて無い。

 人や物資の移動、情報の伝達に壊滅的な障害が発生することは火を見るよりも明らかだ。そんな状態でまともな領土の統治なんて出来る訳が無い。

 ファーラト公爵の言う通り、その選択は現実的ではなかった。


「そこで我々としては、今回の戦争で一番功績を挙げたブロキュオン帝国にこそ統治をお願いしたいと思うのだが、如何だろうか?」


 ファーラト公爵の言う通り、今回の戦争で最も功績を挙げたのはブロキュオン帝国ということになっている。

 当然ブロキュオン帝国には、今回の戦争で得る一番の利益を得る権利があった。

 しかし当のエヴァイアは、ファーラト公爵の意見に首を振って答えた。


「確かにファーラト公爵の言うことも一理あるが、残念だけど地理的な問題を理由にするなら、それこそ我がブロキュオン帝国も無理があると言わざるを得ない。こっちはディヴィデ大山脈という物理的な障害があるからね」


 ディヴィデ大山脈は大陸を東西に二分にぶんする様に高くそびえている巨大な山脈だ。

 ブロキュオン帝国は大陸の西側を領土としているので、ディヴィデ大山脈を挟んで大陸の東側にある領土を統治するのは、プアボム公国以上に無理があった。


「一応サピエル法国が作ったトンネルがあるとはいえ、あれは狭すぎて大勢の人が頻繁に行き来するには不十分だ。その問題を解決するために拡張工事をしたとしても、完成には相当の年数を要することになるだろう。当然、その間は十分な統治なんて出来る訳が無い」

「では、ムーア王国に統治を任せると?」


 ファーラト公爵の言葉に、エヴァイアは再び首を横に振って答えた。

 

「いや、それは出来ないよ。今回の戦争の戦犯はサピエル法国だけど、戦火を加速させた要因はムーア王国の一部貴族がサピエル法国にアッサリと寝返ったことにある。だからこそ無条件でムーア王国に統治を任せるわけにはいかないんだ」


 今回の戦争でムーア王国は新権派と王権派の2つに完全に分裂し、王権派がサピエル法国に荷担したことで事態は悪化した。

 エヴァイアは敢えてハッキリと言わないが、王権派の手綱を握れなかったムーア王国にも戦争の責任はあると言っているのだ。


「もしムーア王国に統治を任せたら、結果的にムーア王国の領土が拡大することを意味する。戦争の概要を知っている者からすれば、到底受け入れがたい結末なのは間違いないだろう」

「「「…………」」」


 エヴァイアの言い分に誰も反論の口を開けない。それこそが全員の答えだった。

 今回の戦争では、ブロキュオン帝国とプアボム公国の連合軍が進軍してきたサピエル法国を迎え撃ち、更にムーア王国の一部が連合軍に協力した事で、サピエル法国打倒の切っ掛けになった。

 これが既に発表された公式声明の概要だ。

 

 つまり、今回の戦争で正式に戦勝国となっているのはブロキュオン帝国とプアボム公国だけであり、空白の領地は戦勝国であるこの2国のものとなっているのだ。

 これを戦勝国扱いされていないムーア王国が統治するなんてことは、到底許されることではないのである。


「それでは、一体どうするつもりなのですか?」

「それがすぐに決まれば、皆でこんなにも頭を悩ましたりしないだろう?」

「「「う~む…………」」」


 エヴァイアの正論に再び沈黙が答える。

 戦勝国となった2国と空白の領土、その間に鎮座する大きな地理的問題。

 最初にエヴァイアが言った通り、これは一番大きな問題だった。簡単に答えなど出てくるわけがない。

 しかしこの問題を早急に解決しない事には、この後に控えている様々な戦後処理が進められないのも確かなのである。

 

 全員が一様に頭を悩ませ、この無限ループのような出口の見えない問題の解決策を必死に模索する。

 そんな重たい空気が漂う中、遂に一人の人物がゆっくりと手を挙げて口を開いた。


「僕から、提案をしてもいいですか?」


 全員の視線がその人物に集中する。

 手を挙げていたのは、今まさに問題の原因の一つとなっているムーア王国の新しい国王、“ルーカス・ムーア45世”であった。


「構わないよ。今はどんな些細な案でも検討する価値があるからね」

「ありがとうございます」


 エヴァイアからの許可を得て立ち上がったムーア45世は、深く深呼吸をしてから自らの意見を口にした。


「提案というのは先程も話題に上がったことになりますが、空白の領土の統治をムーア王国に任せては頂けないでしょうか?」


 ムーア45世のこの提案に場が騒然となる。

 当然だ。その提案はつい先程、ムーア王国には任せられないと結論が出たばかりであった。

 誰もがムーア45世の真意を測りかねている中、エヴァイアだけは冷静にムーア45世の目を見詰めていた。

 

「僕もムーア王国が空白の領土を統治するのに大きな問題があることは十分に理解しています。しかしそれは言い換えれば、その問題さえ解決できるなら統治は可能ということですよね?」

「……どうやら、何か考えがあるようだね。是非聞かせてもらおうかな?」

「はい。ムーア王国に統治を任せられない主な理由は、戦勝国ではないムーア王国の領土が広がって利益を得てしまうことです。ですが、そこにムーア王国以外にも利益が発生するならどうでしょうか?」

「ほほう……」

「ムーア王国は空白の領土を統治する。そしてプアボム公国は新たな領土を、ブロキュオン帝国は新たな資源を得る。これが僕の提案でそれぞれの国が得る物です!」


 ムーア45世は自分の提案の詳細がどのようなものなのかを語った。

 まずムーア王国は空白の領土を手に入れる代わりに、王都から北側全ての領土をプアボム公国へ譲渡する。そしてサピエル法国の神都だった場所を新しい王都にする。

 こうすることで大陸東側の北半分をプアボム公国が、南半分をムーア王国が支配することになり、勢力バランスを整える狙いがあった。

 そしてブロキュオン帝国はサピエル法国が隠し持っていた鉱石資源をムーア王国と共同で採掘することで、新しい資源の優先確保権を手に入れて大きな利益を得る。

 

 更にムーア45世はこれだけではなく、ブロキュオン帝国とプアボム公国に『大使』の派遣も要求した。

 これは3ヵ国の繋がりを強化することと、経験の乏しいムーア45世の統治が安定するまでの補佐をさせる目的があった。……しかしそれは言い換えれば、ムーア45世の統治を監視する者をムーア45世の傍に置くということでもある。

 つまり、戦勝国であるブロキュオン帝国とプアボム公国は、実質的にムーア王国の手綱の一端を握るという事を意味するのだ。


「なるほどね。大使を置くことで戦勝国であるブロキュオン帝国とプアボム公国が、ムーア王国の手綱を握って監視していると見せるわけか。……でも実際のところは僕達に信用を見せつけて敵対を防ぎ、自国の新体制が整うまで僕達の手を上手に借りつつ後ろ盾を得るのが魂胆と言ったところかな?」

「その通りです。今のムーア王国は圧倒的に人手不足で、正直に言えば他国の手も遠慮なく借りたいほどです」


 今回の戦争でムーア王国の人的被害は甚大だった。

 国の実権を握っていたムーア44世とカンディ宰相をはじめ、国に仕える貴族の半分を占めていた王権派貴族のほとんどが戦犯として裁かれた為、今のムーア王国は圧倒的な人材不足に見舞われていた。その状況で新体制を整えるなんて至難の業としか言いようがない。

 だからムーア45世は、ブロキュオン帝国とプアボム公国の手を自然な流れで借りる事を思いつき、この提案を出したのだ。


「なんと言うべきか……大胆な事を思いついたものだね」

「これくらい出来なくては王なんて務まらないと思いますので」


 ムーア45世はそう言いながら頬を掻いて苦笑いをする。


「なるほど、ムーア44世はいい跡継ぎを育てたようだ」

「それで、僕の提案は受け入れて下さるのでしょうか?」

「今のところはね。こちらとして得る物がある以上簡単に捨てることは出来ないし、何より現状ではこれが一番現実的な選択肢だと言わざるを得ない。四大公の方々はどうかな?」


 四大公の4人は顔を近付けて話し合う。

 しばらくすると結論が出たようで、ファーラト公爵が代表して口を開く。

 

「ムーア45世の提案が現実的だと言うのは我々も同意見です。大陸東側の勢力バランスが整うは我々としても願っても無い事ですし、その上で得る利益もあると言うなら拒否する理由は特にありません」


 ファーラト公爵の言葉に続くように、他の四大公も頷いて同意の意志を示す。


「ありがとうございます!」

 

 ムーア45世は頭を深く下げて感謝の言葉を口にし、エヴァイアと四大公の面々に最大限の感謝の姿勢を示した。


「四大公の方々も納得しているなら、これ以上の議論は必要ないだろうね。では、空白の領土問題はムーア45世の提案を正式に採用するということでいいね?」

「「「「異議なし!」」」」


 全員が声を揃えて同意したことで、一番の大きな問題は無事に解決した。


「ではムーア45世の提案を基にして、細かな事を取り決めていくとしよう」


 一番の大きな問題が片付いた事により会議の方向性が定まり、その後の会議は順調に進んで非常に多くの事柄が取り決められるのだった。

 ……ただしセレスティアに関する事だけは会議で話し合われることは一度もなく、そしてそれに触れる者は誰もいなかった――。

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