161.神都奇襲作戦3

「まさかブロキュオン帝国の方も私達と同じことをしようとしていたとは、正直驚きました。……しかしよく考えれば、私達を裏切ったリチェがそちらにいるのですから、同じ考えに至ったとしても何ら不思議はありませんね。まあどちらにしても、ここで蹴散らしてしまうのですから結果は変わりませんがね!」


 トンネルの中から現れたのは、サピエル法国の兵士だった。

 その数はざっと見積もって、おおよそ千人。

 偶然にもブロキュオン帝国軍の人数とほぼ同数だった。

 

「……おい、どうするカルナ?」


 オイフェは敵に聞こえないように小声でカルナにそっと耳打ちをする。

 

「敵の兵数はこちらとほぼ同等……不味いですね。こうなっては戦うしかないですが、その場合こちらも少なくない被害を受けます。そうなればこの先の作戦にも影響が出てしまいます」

「そんなことは分かってる。だからどうするかを聞いてるんだろう?」

「それがすぐに思い浮かべば苦労しませんよ……」


 流石のカルナもこの展開はあまりにも想定外でいい考えが思い浮かばないでいた。

 

 サピエル法国もこの場所に軍を進めていたという事は、ブロキュオン帝国と同じく相手の国に奇襲を仕掛けるつもりだったのだ。

 そうした作戦で動いていた両軍が偶然にも鉢合わせしてしまった。となれば最早解決策は、この場で相手の軍を完全に潰すしか残っていない。

 勿論そんなことはカルナもオイフェも理解している。今二人が考えないといけないのは、如何に被害を抑えて相手に勝利するかであった。

 だがしかし兵力が同等である以上、この勝利条件が如何に困難であるかは火を見るより明らかで、明確な打開策など簡単には思い付くはずもなかった。


「どうしました、作戦会議ですか? それもいいですが、私達はそれを待つほど暇ではないのですよ」

「そうだ、ついにここまで来たのだ。私の研究の偉大さを、奴に思い知らせる時がな!」

「俺と旦那の復讐がもうすぐ叶うんだ。さっさとそこを退いてもらうぞ、カルナ、オイフェ」


 サジェスの後ろからフードを被った二人の男が姿を現し、サジェスの横に立つとフードを下ろして顔を見せる。

 その顔を見たカルナとオイフェは驚きの声をあげる。

 

「お、お前らは!?」

「“ヘルムクート”と“マター”!?」


 二人の正体はブロキュオン帝国で指名手配されている“ヘルムクート”と“マター”だった。

 ブロキュオン帝国で罪を犯した二人は投獄され脱走した後に姿をくらまし、その行方を一時期カルナとオイフェも追いかけていた。

 しかし二人は既に国外へと逃亡してサピエル法国に亡命していたことがリチェからの情報で明らかになり、二人の捜索は打ち切られていたのだ。

 その裏切り者たちが堂々と自分達の前に姿を現したことに、カルナとオイフェは怒りと共に鋭い視線を向けた。


「復讐と言いましたか? 皇帝陛下を裏切ったうえに更に復讐を企てるなど、これ以上の蛮行は僕らが許しません!」

「ああその通りだ! お前らはふん縛って皇帝陛下の前に突き出して、自分達の犯した罪の重さを嫌というほど味合わせてやるぜ!」

「……ふん、皇帝か。私の研究の偉大さを理解できなかったあんな無能にまだ盲目的に仕えているとは……哀れだな」

「ははっ、お前達の現状に同情するぜ。カルナ、オイフェ」


 エヴァイアを侮辱する発言に、普段冷静なカルナも額に青筋を浮かべて怒りに表情を歪ませる。

 

「……分かりました。どうやらあなた達のその口は必要ないみたいですね。皇帝陛下の御前おんまえへ突き出す前に、まずはその口を塞ぐとしましょう!」

「はっ、出来るものならやってみろ。ここで敗れるのはお前達の方だぞ?」

「言ってくれるじゃねぇかマター。元密偵部隊リーダーで腕もそこそこ立ってたらしいが、私達近衛兵長に敵うと本気で思ってるのか? ノコノコと私達の前に姿を現したことを後悔させてやるぜ!」


 カルナとオイフェは挑発するように武器を構え、それを見たブロキュオン帝国の兵士達も武器を持つ手に力を込めて臨戦態勢の構えを取る。

 それを見たマターとサピエル法国の兵士達も武器を構え、場は一瞬にして一触即発の空気へと変貌した。

 張り詰める緊張感は、まるで今にも切れそうになっている細い一本の糸の様だった。

 しかしそんな緊張感が張り詰めている中でも、サジェスだけは余裕の態度を崩してはいなかった。

 

「待ってくださいマター。今ここで戦闘を始めれば、無駄に時間と兵力を消費してしまうだけです」


 サジェスは武器を構えたマターの肩にそっと手を置いて武器を収めるように声を掛ける。

 漂う緊張感とはかけ離れたサジェスの余裕ある表情を見て、マターは集中力が切れた様に武器を持つ構えを解いた。


「……じゃあ、どうするんだ? あいつらは俺達をここから先に通すつもりは微塵も無いはずだ。それは俺達も同じだろう?」

「ええその通りです。しかしそれを解決するのに、わざわざ正面衝突する必要はないでしょう。ここは私に任せてください」


 そう言うとサジェスはゆっくりと歩いて前に出ると、たった一人でブロキュオン帝国軍の前に立ち塞がる。

 あまりにも堂々と目の前に立ち塞がるサジェスが一体何をしようとしているのか、カルナ達には想像もできなかった。

 しかしカルナ達は何が起きてもいいように警戒を最大にまで引き上げて、サジェスが何をしてこようとも対処できる構えを取った。

 

 ……だがそれはカルナ達にとって、最後のチャンスを自ら投げ捨てる最悪の悪手だったのだ。


「ふっ」


 あえて隙だらけの姿を晒したにも関わらず、襲い掛かってこないブロキュオン帝国軍の姿を見てサジェスは鼻で笑った。

 そして右手を天に向って高く上げ、指をパチンッと一つ鳴らす。


 ――バタッ、バタッ、バタッ、バタンッ!


 それは一瞬の出来事だった。

 サジェスが指を鳴らす音が響くと同時に、ブロキュオン帝国軍の全員が地面に膝を着いて倒れたのだ。


「な、なんだッ……!?」

「身体が、動かない……!?」


 自身に起きた突然の身体の変化に、カルナもオイフェも混乱して状況を理解できずにいた。

 そんな二人の驚愕の表情を見たサジェスは目を輝かせ、口角を目一杯に釣り上げると、愉悦の表情を浮かべて二人を見下ろす。


「ははははッ! 敵の目の前で身体の自由がきかなくなる気分はいかがですか?」

「てめぇ……何をしやがった!?」

「なに、簡単なことです。私は魔力操作が得意でしてね、他人の魔力を操ることなど造作もありません」

「他人の魔力を操る……? じゃあコレは……!?」

「その通り、私の力であなた達の魔力を操り、身体に流れる魔力の流れを乱したのですよ! 魔力は生き物が生きる上で大切なエネルギー。その流れが乱れれば、生き物は身体を上手く動かせなくなるのですよ!」

「バカな!? 千人もの人数の魔力を全て操るなんてあり得ない!」

「……確かに、以前の私ならここまで大規模なことはできなかったでしょう。しかし、教皇様が私に『祝福』を与えてくださったお陰で私は更なる力を手に入れ、この様な芸当も可能になったのですよ!」


 勝ち誇った様な高笑いで、ご丁寧に自分の力が如何いかに強力なものかを説明するサジェス。

 絶対的な力の差を見せつけられたカルナとオイフェの表情に絶望の色が現れ始めた。

 それがサジェスを更に喜ばせる。自分が絶対的優位な立場にあることもそうだが、相手を完全に組み伏せている今の現状にサジェスの加虐心が満たされて心が高揚していくのを感じていた。

 しかしサジェスはこれしきの事では満足しない、いや出来ない。

 相手をもっともっと追い詰め、更なる絶望の表情に顔を歪めさせなければという、使命感にも似た歪んだ感情がサジェスの思考を支配していく。

 

「これで理解出来ましたか? これが私一人でも勝てると言った理由ですよ! 最初からあなた達に勝ち目など、万が一にも存在していなかったのですよ! ハーッハハハハッ!!」

「く、そがぁぁああ……!?」


 サジェスの思い通りになってたまるかと、目一杯の力を込めて立ち上がろうとするオイフェ。

 しかし強化されたサジェスの魔術操作はオイフェの力業でもどうにかなるものではなく、立ち上がるどころか指一本をまともに動かすのさえ不可能に近かった。

 無様に藻掻もがこうとするその様が、サジェスの心を更に満たしていく。


「いいですね! 人成らざる者はそうして這いつくばっているのがお似合いですよッ!」

「おいサジェス。楽しむのはいいが、あまり時間をかけすぎるのはよくないぞ」

「おっと、そうでしたねマター。では早速終わらせるとしましょうか」


 サジェスとしてはもう少しじっくりと痛めつけていくつもりだったのだが、マターの言う通り時間を掛け過ぎれば作戦に遅れが生じてしまう。それはサジェスの望むところではない。

 教皇の期待に応えるために、早々に目の前で動けなくなっているブロキュオン帝国軍を始末して、奇襲作戦を実行しないといけないのだ。

 そこでサジェスは自身の心を満たしつつブロキュオン帝国軍を早々に始末する、を思いついた。


「そうだヘルムクート。折角ですから、実用実験も兼ねてこいつらを始末する役目は『あれ』にやらせてみるのはどうでしょうか?」

「おお、それはいい考えだ。早速やろう! おい、『あれ』をここに持って来い!」


 サジェスのアイディアに乗ったヘルムクートは兵士達に指示を出す。

 指示を受けた兵士達数名がトンネルの中へと戻り、すぐに何かを引き連れて戻って来た。


 それは五つの大きな檻を乗せた台車だった。

 檻は全て頑丈な造りをしていて、中には生き物が閉じ込められている。

 閉じ込められていたのは全て種類の違う生き物だったが、そのどれもが普通の生き物とはかけ離れた外見をしていた。

 

「あ、あれは、まさか……!?」

「魔獣!?」


 檻の中の生き物を見たカルナとオイフェが驚愕の声を上げるのも無理はない。

 檻の中に閉じ込められていたのは、『災害』と呼ばれる生物の次元を超越した化け物だった。

 それが五体、檻の中から倒れるブロキュオン帝国軍をその目に捉えて離す気配がない。まるで獲物を見つけた肉食獣の様だった。

 

「ふふふ、驚きましたか? これこそ私の研究の集大成であり完成形、『魔獣の使役化』ですよ!」

「魔獣の、使役化だと……!?」

「信じられませんか? では証拠をお見せしましょう。おい、それの鍵を開けろ」


 ヘルムクートは兵士に指示を出し、檻の一つの鍵を開けさせる。

 開いた檻からゆっくりと熊に近い外見をした魔獣が飛び出し、ヘルムクートの隣に立つ。

 ヘルムクートは魔獣を撫でるが、魔獣はそれに対して何のリアクションもすることなくただ鎮座しているだけだった。

 そのあまりにも落ち着いた様は『災害』と呼ばれる化け物とはかけ離れていて、ヘルムクートの言ったように本当に使役化されているようにしか見えない。


「いかがですか? この通り、私は魔獣生み出して使役する事に成功しました。こいつらは私の指示ひとつで、どんな命令にも忠実に動いてくれます。私達はこの魔獣達を使い、これから帝国領内を蹂躙し尽くします! あなた方にはその先駆けとなってもらいましょう! 私の研究の礎になれるのですから、存分に光栄に思ってくださいね!!」

「くッ……!?」

 

 状況は最悪だった。サジェスの魔力操作によって動けなくなったうえ、魔獣に捕捉されているブロキュオン帝国軍は正に蛇に睨まれたカエルの状態だ。

 しかし、その状況を自力で打開できる術がブロキュオン帝国軍にはない。

 ヘルムクートの言う通り、無抵抗のまま魔獣に蹂躙されるしか彼等には道が残されていなかった。

 

 ヘルムクートの指示で魔獣がゆっくりとカルナとオイフェに近付いて来る。

 せめてもの抵抗とばかりに鋭く睨みつけてみても、使役されている魔獣に効くはずもない。

 足音がだんだんと近付いて来る。それはまるで死へのカウントダウンのようだった。

 死が迫っても何もできない無力さに、カルナとオイフェは悔しさ打ちひしがれて顔を沈めた……。


「――ねえクワトル、これはもうティンク達の出番だよね?」

「そうですね、敵の目的は知れたのでもういいでしょう。さっさと片付けてしまいましょうか」


 その時、カルナとオイフェの横を通り抜ける足音と共に、二人の話し声が聞こえて来た。

 それは絶望感が張り詰めたこの場に、あまりにも不釣り合いなほど陽気な声だった。

 カルナとオイフェが顔を上げると、そこにはブロキュオン帝国軍と魔獣との間に割って入るように立つ『ドラゴンテール』の二人の姿があった。

 

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