160.神都奇襲作戦2

 渓谷を更に進み、カルナ達は目的地のトンネルがある場所までやってきた。

 トンネルのあった場所は、渓谷が更に細く入り組んだ先の開けた場所にあった。


「――ここですね」

「おー、あれが例のトンネルか」


 そこには渓谷の崖にぽっかりと空いた大きな穴があった。

 トンネルはサピエル法国の秘密通路のはずなのだが、トンネルは特に隠されていた様子が無く、むしろ清々しいほどに堂々とその口を開けて鎮座していた。


「チッ、連中隠す必要もないってか……舐めやがって!」

 

 オイフェが舌打ちをしながら両拳をぶつけて怒りを露わにする。

 そしてその怒りの気持ちは、カルナも同様だった。

 

「ああ、僕達ブロキュオン帝国を敵に回したことを後悔させてやろう!」


 オイフェほど態度には表していないが、鋭い怒りの視線はトンネルの向こうのサピエル法国に向けられていた。


「よーし、早速行くとするか!」

「ええ!」


 サピエル法国への怒りをバネにして気合を入れ直した二人は、振り返ると兵士達を整列させてげきを飛ばす。


「これより、皇帝陛下からたまった作戦を実行する! 君達の目の前にある穴は、愚かにも我らがブロキュオン帝国を蝕もうとしている害虫が開けたものだ!」

「こんな穴はさっさと塞ぎたいところだが、大本おおもとの害虫を駆除しない限り、奴らは何度でも穴を開けて帝国に侵入してくるに違いない! そんな蛮行はこれ以上許すわけにはいかねぇ!」

「しかし害虫を駆除しようにも、皇帝陛下は現在火急の用事が多忙で手が離せない。そこで我らが、害虫を駆除する大役を仰せつかった! 我らはこれよりこの穴を通って奴らの本拠地に乗り込み、そこを一挙に制圧する!」

「お前ら、気合い入れろよ! この作戦を立案されたのは皇帝陛下だ。その意味が分かるな?」

「「「「「オオーー!!」」」」」


 皇帝エヴァイアが立案した命令、ブロキュオン帝国軍の兵士でその意味が分からない者などいない。

 彼らにとってエヴァイアは忠誠を誓った皇帝であるが、同時に崇拝の対象でもあり、その言論は絶対だ。エヴァイアが成功すると言ったなら、彼らはどんなことをしてもそれを絶対に成功させなければいけない。

 約千人で国の首都を制圧するなど、普通は不可能に近い。しかしエヴァイアが成功すると考えてこの作戦の立案と兵力の編成をした時点で、彼らにとって最早それは成功が確約されたのと同義なのだ。

 それを十分に理解し、重要な作戦に選ばれたことに興奮している兵士達の大きな返事に、カルナとオイフェは満足げに頷く。


「害虫相手に慈悲など必要ありません。徹底的に潰しましょう!」

「剣を持て! 杖を握れ! 盾を構えろ! 皇帝陛下の意向を、ブロキュオン帝国の偉大さを、愚かな害虫どもに示してやれ!」

「「「「「オオオオーーーー!!!! ブロキュオン帝国万歳!! 皇帝陛下万歳!! 害虫どもに鉄槌をーーッ!!」」」」」


 カルナとオイフェの先導的なげきにより、兵士達の士気と熱気は瞬時に最高潮まで高まった。

 彼らは最早ただの兵士ではない。確かな信念と明確な目的を持ち、神のように崇拝する皇帝の為に戦うという崇高なる使命を胸に秘め、敵に勇敢に立ち向かわんとする『神兵』となったのだ。

 そこに恐れや不安は無く、ただ皇帝に戦果を捧げる喜びだけを心の燃料にして感情を爆発させていた。


「しかしカルナ、顔に出さないだけでお前なりに奴らの事は相当頭に来てたみたいだな。とはよく言ったもんだぜ」

「当然です。我ながら言い例えだと思いませんか?」

「ああ、最高だったぜ! お陰で兵士達のやる気も、私の闘志もうなぎ上りだ!」


 腕を勢いよく振り回して気合を入れるオイフェ。

 ブンブンと大きく振り回した腕が空気を豪快に切り裂く音が、オイフェのやる気の高さを表していた。


「では、先陣はオイフェに任せましょう。僕はいつも通り後方から援護します」

「任されたぜ! ――じゃあ、行くぞお前らぁ! 害虫駆除だーッ!」

「――我々の事を呼ばわりとは、やはり人成らざる者は考えがみにくいようだ」

「「――ッ!?!?」」


 最高潮に達していた熱気の中に、突然氷点下の様な軽蔑的な言葉が投げ込まれた。

 背筋にゾワリとした寒気を感じて、オイフェとカルナは反射的に臨戦態勢を取って振り返る。

 そこにはトンネルの入り口に立つ、一人の男の姿があった。

 純白の祭服さいふくを身に纏い凛としたたたずまいの男は、侮蔑ぶべつする様な冷酷な視線をカルナ達に向けていた。


「だ、誰だお前は!?」

「一体いつからそこに……!?」


 カルナとオイフェは男が言葉を発するまでその存在に気付かなかった。

 決して二人が油断していたわけではない。兵士達にげきを飛ばしていた時でさえ、二人は周囲への警戒を怠っていなかった。にも関わらず、男は二人に気付かれることなく現れた。

 その事実だけで、二人が男に最大限の警戒を向けるのには十分だった。


「つい先程ですよ。トンネルを抜けようとしたら私達を侮辱するみにくい言葉が聞こえてきましてねぇ……。確認してみれば案の定、見た目通りのみにくい人成らざる者の顔が沢山あって、吐き気がします……!」


 落ち着いた口調とは裏腹に、男から発せられる言葉に含まれた殺気は凄まじく、周囲の熱気が一気に冷え込むのが体感できるほどだった。

 そんな只者ではない雰囲気を振りまいている男の正体を、カルナは男の言動と服装から正確に導き出していた。


「……あなた、サピエル法国の人間ですね?」

「いかにも。私はサピエル法国教皇親衛隊の“サジェス”です」

「教皇親衛隊!?」

「ああ、別に覚える必要はありませんよ。これから死ぬのにわざわざ名前を覚えることに余計な力を使うより、私という絶望をしっかりと覚えながら死んでいくことに力を使ってくれる方がありがたいですからねぇ」

 

 たった一人で千人のブロキュオン帝国軍を前にしているにも関わらず、サジェスの態度は余裕そのものだ。

 いやむしろ、ハッキリとブロキュオン帝国軍を格下と見定めて見下してさえしている。

 そんなサジェスの上から目線の態度に、あからさまに腹を立てたのは血気盛んになっていたオイフェだった。


「おいお前……サジェス、とか言ったか? 教皇親衛隊だがなんだか知らないけどな、たった一人で私達とろうなんていい度胸じゃねぇか! そっちが教皇親衛隊なら、こっちは皇帝陛下直属の近衛兵長だぞ!」

「あなたは一体何と張り合っているのですか……」


 訳の分からない部分で謎の張り合いをしだしたオイフェにカルナは呆れながらツッコミを入れる。

 その一方でサジェスは、逆にオイフェの言葉に眉を動かせて反応を示した。


「近衛兵長? ……なるほど、確かにその鎧は報告通りの物の様だ。――はっはっは、これは面白い! ブロキュオン帝国最強の精鋭が二人もお出ましとは、丁度いいじゃないか!」

 

 サジェスは近衛兵長の名前を聞いて笑っていた。

 そのサジェスの様子に、カルナは狂気めいたものを感じていた。

 カルナ達の兵力は約千人、一方でサジェスはたった一人だ。

 普通にみれば人数差は圧倒的だし、教皇親衛隊と近衛兵長という精鋭の人数だけでみても2対1で、カルナ達の方が勝る。

 しかしサジェスはそれを正確に理解したにも関わらず、余裕な態度が崩れるどころか「面白い」や「丁度いい」とまで言って笑ったのだ。

 一見すれば戦力差を悟って頭がおかしくなったように見えなくもないが、カルナはサジェスの振る舞いが正常な精神状態からきていると見抜いていた。

 ……だからこそ、サジェスが何を考えているのか全く読めず、背中を冷や汗が伝う気持ち悪い感覚がぬぐえなかった。


「……随分舐められたもんだな。お前一人で私達に勝てると本気で思っているのか? その余裕な顔を今すぐ壊してやってもいいんだぜ?」

 

 カルナが真剣な目でサジェスを見定めようとしている中、オイフェはそんなことお構いなしにサジェスをあおり返していた。

 カルナはあえてそれを止めずに、オイフェに任せてみることにした。

 もしかしたらそれが切っ掛けで、サジェスという男の“何か”が分かるかもしれないと期待したからだ。


「ふっ、私一人でもあなた達全員を相手する事は容易いですよ」

「なんだと……!?」

「しかしそれをしてしまえば、結局私の独りがりにしかなりません。……彼等にも少しは出番を与えてあげないと、可哀想ですからね」

「彼等……?」


 ポツリとそう呟いたカルナの言葉を聞いて、サジェスは呆れた様な表情を作る。

 

「……まさか、私がたった一人でこんな所に来たと、本気で思っていたのですか? ――ははっ、どうやら近衛兵長と言っても頭の中はお花畑らしい!」


 サジェスは腹を抱えて笑いながら、指をパチンっと一つ鳴らした。

 すると、サジェスの背後のトンネルの中から次々と人が現れ、サジェスの後ろに着々と整列して列をなした。


「なっ……!?」

「……どうやら、敵も我々と同じことを考えていたようですね……」

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