154.サピエル法国VSプアボム公国連合軍4

 ヴァンザルデンとセリオの一騎討ちが始まり、一時間程が経過した――。


 二人の戦いは、『壮絶』と呼称するに相応しいものだった。

 剣が振るえば空気を切り裂き、衝撃波が轟音がとなって周囲に拡散する。

 踏み締められた地面は抉れて穴となり、平坦だった地形を瞬く間に変えていく。

 そして二人の戦いは時間の経過と共にどんどんと加速していき、もはや常人の目には捉えられない速さまで加速していた。


 ガキンッ――!


 もう何百度目になるであろう打ち合いの音が響き、二人は大きく後ろに飛んで十分な間合いを取り息を整える。


「はぁ、はぁ……」

「はぁ、ふぅー……」


 いくら二人が超人的な肉体を持っていると言っても、激しい戦闘を一時間も続ければ流石に疲れが見え始めてきていた。


「「――ッ!!」」


 しかし二人は息を整え終えると、疲れを忘れたかのようにすぐに戦いを再開する。


 キーーンッ!


 剣が交差する。

 衝撃で二人の剣は磁石の反発のように弾かれたが、ヴァンザルデンは自慢の身体能力を駆使して無理矢理に体勢を立て直し、セリオに近づくと腹部に力一杯の蹴りをねじ込んだ。

 その動きを察知したセリオは、腹部に『聖域サンクチュアリ』を展開して防御する。

 セリオはヴァンザルデンの強烈な蹴りで吹き飛ばされはしたが、『聖域サンクチュアリ』のお陰でノーダメージだ。


 セリオはそのまま空中で体勢を立て直して着地すると、今度は逆にヴァンザルデンに向かって踏み込んで一気に距離を詰める。そして『聖域サンクチュアリ』を剣に纏わせて刀身を伸ばし、全力で振り抜いた。

 ヴァンザルデンはこのセリオの攻撃を、後ろに大きく飛び上がることで回避する。

 そしてつい一瞬前までヴァンザルデンがいた場所は、音速を突破した斬撃と衝撃波が粉々に切り刻んで破壊し尽くした。


 その惨状を見たヴァンザルデンの頬を、ツーっと汗が滴り落ちる。

 もしあと一瞬でも反応が遅れて回避出来なかったら、切り刻まれていたのはヴァンザルデンの方だっただろう。


「「……」」


 間合いを取って二人は剣を構える。そして何度目かになる、時間が止まったかの様な静寂が訪れる。

 一時間にも及ぶ一騎討ちは、二人共に死力を尽くし、ギリギリの戦いを繰り広げていた。しかし怪我はお互いに掠り傷程度の軽微なもので、この後の戦闘に支障をきたす事は無さそうだ。

 二人の実力は非常に拮抗しており、お互いに決め手を欠いていた。だからこそ戦闘の長期化に繋がっている。傍から見ている者達には、二人の戦いはそういう風に映っていた。


 ……しかし当事者の見解はそれとは全く異なるものだった。


(……まずいな)


 そう心の中で本音を漏らしたのはヴァンザルデンだ。


(奴の『聖域サンクチュアリ』については事前に情報は得ていたが、実際に対面するとこれほどまでに厄介だったとは……)


 実はヴァンザルデン達は、ユノの力で洗脳されたサピエル法国教皇親衛隊の一人で“特殊工作部隊”隊長だったリチェから、事前にサピエル法国のあらゆる情報を得ていた。

 その中には勿論、今ヴァンザルデンと対峙しているセリオの情報もあった。


聖域サンクチュアリ』。セリオが使用する独自の技である。

 その本質は魔力の操作と変質だ。『聖域サンクチュアリ』は自身の魔力を体外に放出して纏い、その性質を自在に変えることができる技だ。

 例えば魔力を剣に纏わせれば、刀身や強度や切れ味まで自由に変化させることができる。他にも鎧に纏わせれば攻撃を受け止める壁となり、身体の一部に纏わせれば身体能力を強化する補強具のようにもなる。

 更に、『聖域サンクチュアリ』で使用した魔力はそのまま体内に戻すことも可能なので、実質的に消費はゼロで無尽蔵に使用することが可能なのである。

 セリオはこの『聖域サンクチュアリ』を一瞬一瞬の状況に合わせて的確に使うことにより、攻守共に隙が無く完璧な“最強の戦士”となっているのだ。


(だが、隙が無いわけじゃない……。『聖域サンクチュアリ』は攻守において完璧とも言える技なのは間違いない。しかしその発動には、になる!

 ……つまり、奴が判断を下すよりも早く攻撃を当てるか、もしくは奴の意識外から攻撃を当てるかさえ出来ればいいってことだ)


 ヴァンザルデンは大きく深呼吸をして、体中に酸素を行き渡らせる。

 疲労が溜まっていた筋肉をほぐし、次の戦闘に向けて準備を整える。

 そんなヴァンザルデンの隙だらけと言える動きを見ても、セリオが動く気配はなかった。


(これほど隙を見せても動かないのか……?)


 セリオが先陣を率いて出撃して来た時、目障りな自分達を本格的に排除しに来たのだとヴァンザルデンは真っ先に考えた。

 しかしセリオのその後の行動は、ヴァンザルデンが思い描いていたものとはかなり異なっていた。

 その差異に疑問を抱いたヴァンザルデンは、その疑問の答えを導き出す為に単独でセリオに立ち向かったのである。

 そして今、ヴァンザルデンはこのセリオの反応に、ようやく先ほどまで抱いていた疑念の一つに確信を得た。


(俺達を本格的に排除するつもりなら、俺が出てくるまで待つ必要なんてない。だが奴は、俺が出てきてから動き出した。しかも折角率いていた軍を置いて、たった一人でだ……。

 その時は奴の本当の狙いが俺なのかとも思ったが、にしては奴の攻撃には本気の殺気が込められていない……。それにさっきの明らかな隙にも反応しなかった……となれば、答えは一つだ! 奴の真の狙いは……“時間稼ぎ”だ!)


 その結論に達したヴァンザルデンは思わずニヤリと笑みを浮かべてしまう。

 何故ならヴァンザルデンはこの時、ようやくこのセリオという男の事を理解した気持ちになったからだ。


「……何が可笑しい?」


 そんなヴァンザルデンの表情を見て、セリオは冷徹な目を向ける。


「いやいや、すまん。どうやらお前という男を勘違いしていたらしい」

「獣風情が……私の事を知ったような口を――」

「まあ、そう怒るな。どうせ目的は“時間稼ぎ”なんだろ? だったら少しくらいお喋りしてもいいじゃねか」

「……」


 セリオは否定も肯定もせず、ヴァンザルデンを毛嫌いするように睨み付けていた。


「話には聞いている。お前は教皇の命令に背くことは決してしない、立派な忠誠心を備えた一流の戦士だとな」

「……ちッ、リチェの奴め……!」

「だからこそ疑問だった。何故お前は教皇の命令に反するような出撃をした? 理由は簡単だ。あれは挑発だ、俺達を動かす為のな。サピエル法国が動いたことに反応して俺達が出撃し攻めて来れば、『反撃のため仕方なく出撃し撃退した』という立派な言い訳の出来上がりだ」

「……ふん、獣にしては予想以上に頭の回る奴のようだ。それとも、例の“植物もどき”の入れ知恵か?」

「どう取ってくれても構わないぜ」


 セリオの皮肉を、ヴァンザルデンは気にもしていなかった。

 その態度が余計にセリオを苛立たせる。


「……そうだ。お前の言う通り、お前達がコソコソと何か小細工をして来ても、私が直々に出て行くことは出来ない。だからこうしてお前という敵側の最強戦力を引きずり出すことで、私が動けるようにしたのだ」

「そしてあわよくば、俺を倒し、プアボム公国連合軍に精神的ダメージを与えるという訳か」

「ほう、そこまで理解していてわざわざ出てきたのか?」

「簡単なことだ。俺がお前の立場なら、俺もそうする。それが最も効率よくプアボム公国連合軍の士気を低下させ動きを封じ、教皇が戻るまでの時間を稼げる方法だからだ」

「……」


 ここまで散々、ヴァンザルデンを獣と称して見下していたセリオも、これには驚きを隠せなかった。

 数々の武勇伝を残し、その武力で今の地位に収められている獣。それがヴァンザルデンに対するセリオの認識だった。

 しかしその認識が誤りであったことを、セリオは認めざるを得なかった。


(……認めたくはない、認めたくはないが……こいつはただの獣ではなかった。こいつは確かな知識と経験を駆使して武器にできる『名将』だ! 元帥の地位は伊達ではなかったということか……)


 ヴァンザルデンに対する見方が変わったことで、セリオの心境に変化が起きた。

 先程まで抱いていた嫌悪感や苛立ちが、不思議なくらいスッと消えたのだ。


「――ふっ、どうやら私も、貴様という存在の認識を改めなければならないようだ……」

「ほぅ?」

「貴様は獣に違いはない。……だが同時に優秀な将であり、また一流の戦士でもある。それを認めなくてはならないようだ」

「サピエル教の従順なる信徒である男にそう言ってもらえるとは、光栄と思っておこう」

「ああ、盛大に光栄に思うがいい。――だからこそ、貴様を一流の戦士と認めたうえでその首、本気で刈らせてもらおう!」

「奇遇だな、俺もそろそろ準備運動に飽きていたんだ。――全力で相手してやるぜ!」


 明らかに二人の表情が変わり、場の空気が一転した。


全鎧フルアーマー聖域サンクチュアリ

真・獣化マグナビースト


 互いに剣を構え叫んだ二人に変化が起きる。


 セリオは全身の装備に『聖域サンクチュアリ』を纏い、神聖な光で輝きを放つ聖戦士と呼ぶにふさわしい姿になっている。

 一方でヴァンザルデンは体格自体は変わらないものの、全身が毛で覆われ、顔も獣の造りに近い造形へと変身し、より獣感が増していた。


「なんだおい、予想はしてたが、本当にそんな芸当ができるとはなぁ。眩しすぎて目に毒だぜ!」

「貴様こそ、その姿、人と呼べる部分が無くなったではないか。本物の獣に成り下がる決心でも付いたのか?」


 お互い軽口で煽りはしているが、油断はとっくに捨て去っている。

 セリオが『聖域サンクチュアリ』を全身に纏ったということは、本当の意味で攻守共に完璧となってしまったということだ。つまりヴァンザルデンが先程まで考えていた作戦はもはや意味が無く、新しい攻略法を考える必要に迫られていた。

 一方でセリオは、ヴァンザルデンから感じる闘志が変身前より別次元に大きくなっていることを感じ取っていた。それはセリオの予想を遥かに上回る事態であり、今のヴァンザルデンの戦闘能力は未知数でどんな戦いになるのか全く想像できなかった。


 しかし、そんな中でも二人の表情に曇りは無い。

 むしろこれから起こるであろう戦いに己の全てを投じれる戦士としての本能が高揚感を溢れさせ……笑っていた。


「「さあ、再開と行こうか!!」」

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