153.サピエル法国VSプアボム公国連合軍3

 サピエル法国とプアボム公国連合軍が衝突を開始してから二日が経った。

 衝突と言っても、内容はそれほど激しいものではない。

 プアボム公国連合軍が先に出陣し、それに対応するようにサピエル法国が動いて防ぐ。そして軽く剣を交えては撤退し、どちらも深追いはしない。

 更に付け加えると、お互い出陣させる部隊は小規模なもので、それはまさに小競り合いと呼称するに相応しいものだった。


 ……しかし三日目は、その様相が大きく変わることになった。

 その日は、サピエル法国軍が先に動いたのだ。

 しかもその部隊規模は、ほぼ全軍という大規模なものだったのである。


 これを見たプアボム公国連合軍司令部に、衝撃と混乱が駆け回った。


「……敵の規模をみれば、ほぼ全軍を出撃させたと考えていいでしょう。そしてその先陣に立っているのは、教皇親衛隊の一人、『セリオ』で間違いありません」


 カールステンからの報告により、司令部内に更に動揺が走った。


「カールステンの話だと、敵は二日前からの小競り合いの裏で、陣地内の徹底的な除草活動をしていたらしい。敵はカールステンの存在に気付いていて、情報の漏洩を防ぐためにやっていると思っていたが……それと同時に今回の行動を隠すためでもあったというわけだな?」

「ええ、そう考えて間違いないでしょう」


 ヴァンザルデンの言葉をカールステンは肯定する。

 ……しかしカールステンの表情は、どこか納得していない様子だった。それに気付いたヴァンザルデンが、カールステンに詰め寄る。


「……何か他にもあるのか?」

「……ええ、実は少し腑に落ちないところがありまして。……セリオは今回の行動の裏に、一体何を考えているのでしょうか?」

「どういうことだ?」

「事前情報によると、セリオという男は主人である教皇を、のように慕い、絶対の服従を誓っています。セリオにとって教皇の言葉は何よりも優先されなければならず、その命令は忠実に実行するそうです」

「まさに、“狂信者”というわけか」


 ヴァンザルデンの例えを、カールステンは首を縦に振って肯定する。


「その教皇がセリオに与えた命令は、“自分が王都に戻るまでの時間稼ぎ”です。つまりセリオは、無駄な戦闘を極力避けて兵力を温存しながら王都を防衛し、別行動中の教皇が王都に戻ると同時にプアボム公国に一気攻勢を仕掛けるつもりです。

 先日、先走ったノウエル伯爵が処刑されたのは、その命令を無視したからに他なりません。……だからこそ、そんなセリオがノウエル伯爵と同じ、教皇の命令を無視するような“出撃”を選択した理由が分からないのです……」


 カールステンの説明を聞いて、一同は頭を悩ませたる。

 セリオの行動と教皇の命令。その二つに“矛盾”が生じている現在のこの状況を、正確に読み解けている者は誰もいなかった。

 ……そして誰も答えを出せずに、しばらく沈黙が続く。

 その沈黙を打ち砕いたのは、ヴァンザルデンだった。


「まあ、ここで悩んでても仕方ないな……」


 そう呟いて席を立ったヴァンザルデンは、そのまま司令部の天幕を出ようとした。


「ヴァンザルデンさん、何処に行くんですか?」

「……悩んでも答えが出ないものに時間を掛けるのは勿体ない。敵が何を考えているのか分からないが、出陣してから動きが無いところを見ると、どうやら敵は俺達が動くのを待ってくれているようだ。……そして敵がセリオである以上、万が一に備えて俺が先陣に立っておくのが得策だろう?

 カールステンは引き続き敵の動向を探りつつ、全体に指示を出してくれ。いざとなったら、パイクスとピークの二人も動かして全軍の指揮を任せるぞ!」

「――ッ!?」


 この時、カールステンに一瞬の迷いが生じた。

 ヴァンザルデンの主張は、現状の対局の表面だけを見れば正しい判断であった。……しかし今日の早朝、カールステンは作戦の要である援軍が、あと少しで到着するという情報を得ていたのである。

 その状況の中、今ここで総司令官のヴァンザルデンを最前線に行かせていいものなのか? 援軍の到着を待つまで動くべきではないのではないかと……。


 ……しかしその迷いは、ヴァンザルデンの目を見てすぐに吹き飛んだ。

 長い付き合いのカールステンだからこそ分かった。ヴァンザルデンの目は覚悟を決めた“戦士”の目だった。

 カールステンはほぼ直感で、ヴァンザルデンに何か考えがあっての行動だということを悟った。


「……わかりました。……ですがヴァンザルデンさん、決して無理はしないでください。私達の勝機は、もうすぐやって来るのですから」

「ああ、わかってるさ」


 本来であれば、カールステンはヴァンザルデンを止めるべきなのだろう。

 だけど、敵の先頭に立っているのはあのセリオであった。

 もし援軍が到着する前にセリオが動き出したら、物の数で対抗してもセリオを止めることができないのは明らかだ。

 それが出来るとすれば、プアボム公国最強の戦士“ヴァンザルデン”のみである。


 こうしてヴァンザルデンは、自身の部隊を引き連れて出撃したのであった。



 ◆     ◆



「セリオ様、敵が動きました」


 ダンからの報告を聞いて敵陣を凝視すると、敵がこちらに向かって進んでくる姿がハッキリと確認できた。

 その足取りはゆっくりと、だが整然としたものだった。


「ようやく出てきたか……」


 随分と時間が掛かったような気はするが、目論み通りに敵が動いてくれた事に取り敢えずは安心する。


「それで、敵の?」


 ダンは手にした望遠鏡を覗いて、こちらに向かって来る敵を確認する。

 答えはすぐに返ってきた。


「……セリオ様が予想した通り、マイン公爵軍元帥のヴァンザルデンが出て来ました」

「やはり……いや、当然だな」


 状況は、私の予想通りに動いていた。

 ノウエル伯爵の処刑で私が力の一端を見せたことにより、敵は私を数で倒すことは不可能だと理解したはずだ。

 だからと言って、対策に時間を掛ければ教皇様がお戻りになり、状況が絶望的になることも同時に理解している。

 それはこちらの作戦や動きが、敵の“植物もどきカールステン”によって調べられている事実から、簡単に考えられる。


 数で攻めることも、時間を掛けることも出来ない。

 ……となれば、敵が状況を打破するために取るであろう、もっとも確実な戦略は一つしかない。


 それは、教皇様が戻る前にこの私を、で討ち取ることだ。


 勿論その為には、私を倒せる程の実力の持ち主が、敵に存在することが大前提となる。……しかし幸か不幸か、敵にはそれを実行できる可能性のある力の持ち主がいた。

 プアボム公国最強と呼ばれ、魔獣と渡り合える確かな実力を持つ獣……。

 その獣が今、自慢の牙を研ぎながら私の首を狙いに来ている。


「……さて」


 私は鞘から剣を抜き、柄を握る手に力を込める。


「獣狩りといこうか」


 私はダンに軍の指揮を任せると、一人で獣に向かって歩き出す。

 向こうもそんな私の動きに気づくと、引き連れてきた部隊をその場に残してこちらに向かって来た。


 そして……私はそいつと対峙した。


 お互いに間合いギリギリの所で立ち止まり、じっと目を合わせる。

 私と同等の大柄の背格好。長剣と大剣という違いはあれど、同じ剣を使った近接戦闘を得意とする戦い方。

 ……そして、その内から溢れる圧倒的な闘志を感じれば解る。間違いなく、こいつも私と同じ『超越せし者』であると。


「……いいのか、私相手に一人で立ち向かって? 今なら、置いてきた部隊を連れて来る時間くらいは与えてやるぞ?」

「いいや、その必要はないさ。お前相手じゃ、あいつらは足手まといだ。……それに、折角の一騎討ちだ。誰にも邪魔をされない方が楽しめるだろう?」


 私の挑発を全く意に介していない。それどころか、こいつはこれから起こることを楽しみにしていると言う。


「……ふん、闘争を好むか。やはりお前は獣だ」


 少しは戦士の心得が有るのかと期待したが……こいつはどう足掻いても身体的特徴と変わることはないようだ。


 ――私は静かに剣を構える。

 獣と言えど、こいつの実力は間違いなく私と並ぶ強者だ。

 集中力を高め、己の中の油断を捨て、感覚を研ぎ澄ませる。


 そして、相手も剣を構えたのを見て、私は剣を振り抜いた――。

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