咲く海底

PROJECT:DATE 公式

型のみの瞳

今日。

昨日と大きく変わることなど

ないだろうと思っていた今日が来ました。

そんな浅はかな予想に反して

事実は大変奇妙な捻じ曲がり方をして

羽澄達の元へと辿り着きます。


羽澄「…。」


羽澄はと言うと変わらず

愛咲のいるであろう教室へと足を運び、

ちらと視線を送っては

失望して戻っていました。


愛咲が居なくなって早2ヶ月程。

この教室は愛咲のことを忘れてしまったのか

変わらない日々を送り続けているようです。

噂によると愛咲の机は

きちんと残っていると

耳にしたことがあります。

だって亡くなったという知らせが

あったわけではないのだから。

だから残すのは当たり前なのかもしれません。

けれどその配慮が嬉しかったのです。


そして美月ちゃんが居なくなって早2日。

深く関わっていたりだとか

長年関わり続けていたわけではありませんが、

知っている子が、

親しみを持って接していた子が

居なくなったと聞くと

心にくるものがありました。


羽澄「…。」


ちらと三門さんの姿が見えました。

今日はまだ花奏ちゃんは来ていないのか

1人で肘をついて机を見ています。

スマホでも弄っているのでしょうか。

羽澄にはそこまで把握できません。


そして、今日は陸上部の方々も見えません。

別の場所で話しているのか

将又移動教室だったのでしょうか。


1ヶ月経ても2ヶ月経ても、

羽澄の心は晴れることはありませんでした。

いつでもずっと愛咲の影が落ちるのです。

悲しい時は寂しい時は勿論、

楽しい時にだってそうなんです。

羽澄ばかり楽しんでいていいのか、なんて。

今は美月ちゃんも姿を眩ませた。

羽澄と関わった人は皆

いなくなってしまうのかもしれない、なんて。

そう思う日が重なっていきます。


羽澄「…あ。」


麗香「…。」


遠くに麗香ちゃんの姿が映りました。

偶々移動教室だからか

この通路を通ったのでしょう。

それか、麗香ちゃんも愛咲の影を探して

ここまで来たか、でしょうか。


ふと、1ヶ月程前のことが

まるで昨日カンバスに描いたかのように

思い出せたのです。





°°°°°





羽澄「待ってください!」


麗香「…。」


羽澄「麗香ちゃん!」


麗香「…。」



---



麗香「……何…。」


羽澄「…!」


麗香「…。」


羽澄「えっと…」


麗香「用事がないなら離して欲しいです。」



---



羽澄「…!麗香ちゃん、その手…」


麗香「っ…離して。」





°°°°°





麗香ちゃんは変わらず下ばかりを向いて

廊下を1人で歩いていました。

抱える教科書は命のよう。

落とさないよう大事に大事に運ぶのです。

もう、大切なものを無くさないよう。

そんな姿勢が見て取れる気がします。

段々と近づく彼女は

1度たりとも羽澄の方を向くことなく

真横を横切ってゆく。


麗香「…。」


羽澄「……麗…。」


呼び止めようとしましたが、

時間が流れているせいか、

時間が止まってくれなかったせいなのか

羽澄は…。

…。


呼び止めることをせず、

気になった彼女の指へと視線を動かしました。

すると、麗香ちゃんの指は

以前よりもぼろぼろになっている、

そんなふうに見えたのです。

ささくれをなりふり構わず

めくってしまうだとか、

爪を噛んでしまい深爪になるだとか

そう言った類のものだったという記憶。

今でも、否、今だからこそ

苦しんでいるのかもしれません。


麗香ちゃんは美月ちゃんが居なくなったことを

知っているのかどうか

羽澄には分かりません。

ただ、何がどう変わろうと

麗香ちゃんの元に愛咲が戻ってこない限り

麗香ちゃんはあのままでしょう。


真っ黒な瞳に微かな夏を添えて

生きていくのでしょう。

…。


…寧ろ、生きることを

辞めてしまわないか不安が過ぎります。


愛咲とは共に時間を過ごす中で

いつまでも一緒にいるような気がしていました。

まさかお別れがこんなにも早いなんて

誰も思ってもいなかったでしょう。


もう、愛咲は戻ってこない。

そんな空気感が流れているのも事実です。

だから皆懸命に人間の本能に任せて

忘れようとしているのです。

人間は便利なのですから。


きっと羽澄も形ばかりの目を

しているんでしょうね。


羽澄「…雨…。」


愛咲。

もう梅雨ですよ。

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