短編集【SF】
寺沢シロ
無価値な人間を投票で殺すセカイ
西暦20XX年、世界は人口増加による食糧不足に陥っていた。各地で紛争が多発し、第三次世界大戦がすぐ一歩手前まで迫った頃。
各国の首脳会議にて、悪魔的提案が挙がることになった。
「無価値な人間を殺していったらどうだ?」
はじめは誰もが懐疑的で、鼻で笑うものもいたわけだが、それは会議を重ねるごとに現実味を帯び始めた。
「必要か?犯罪者、反社会勢力、病気で動けない老人、あるいは社会不適合者、ニートなんかも」
「後半はともかく、犯罪者は要らんな」
「いま各地で起きてる紛争も、反社会勢力によるものですよ。鎮圧するにも金と資源を使うんだ。国家へのマイナスでしかない」
「我が国では生活保護というものがあるが、それも運営が厳しくなってきているな」
その日の会議は悪い方向へ流れていった。
生活保護を無くす。それは働ける者を戦力として加える反面、全く働けない者を見殺しにするということだ。
「こういうのはどうですか?今いる人類百億人の中から、最も無価値な人間、ワーストを決めるというのは」
「そいつを処刑するということか?」
「人類全体から決めるのは面倒だな、各国で決めていけばいいだろう、一人」
「一人でいいんですか?」
「たしかに、一人消した程度では各国合わせても二百人程度だぞ」
「ジャパニーズ雀の涙ってやつデスネー」
「毎月だ、毎月百人。いや千人くらいは殺さなければ変わらないか。各国の人間に投票させて、そいつらを処刑していく」
「待て待て。人口が少ない国で千人なんて殺されてみろ。0.001%程度でいい」
「まあそんなものか」
こうして人類は法の下での処刑を許すようになった。
そして一年後。
とある国の首脳がテレビを見て青ざめた。
「おい、これはどういうことだ!」
緊急で開かれた首脳会議にて彼は大声を上げる。
彼は国民投票で、次の処刑される人間に選ばれてしまったのだ。
毎月犯罪者が裁かれていく中、こんな制度を作り出した存在そのものが悪とする風潮が高まってきていた。
それは世界的な食糧不足に比べれば目を瞑るべき小事だったが。
たまたまその国は人口が少なかったため。
少数意見だとしても票が集まりやすくなっていた。
「で、どうするんだ」
「どうするってなんだ!私はこの国のトップだぞ!」
「我々が決めたことだ。ここで我々のために法を捻じ曲げるのはどうなのか、という話だ」
「殺されるべきは私か!?本当に」
「選ぶのは、選んだのは国民だ」
「そういうことじゃない!すでに私の国は、価値のある人間しか存在していなかったとしたらどうなる?」
「はは、それは自惚れですよ」
「いや、一理あるな」
「ほう?」
「一昔前なら、殺しは悪だとする人間が大多数だった。それが正義だっただろう?いま最も人を殺しているのは誰だ?」
「たしかに世界的に犯罪者の数は減った、それを作り出した我々そのものが悪だと?」
「そこまでは言っていないが」
「もう少しなのだよ」
「は?」
「もう少しで価値ある人間だけが生きる世界になると思わないか?」
おかしな演説を始めたのは、この制度を最初に提案してきた男だった。
「我々は世界を良くするために存在している。我々が死ねば、また戦争の時代に戻るだけだ」
「ジャパニーズミイラ取りがミイラデスネー」
「茶化すな」
今はおちゃらけている場合ではなかった。
「世界のために死ねっていうのか!!?」
「いや……」
彼は、一瞬間を置いて発言する。
「死んだフリをしろ。つまり表向きは処刑されたことにする」
結局は都合のいい不正、処刑が決まった彼にとっては、悪魔の提案だった。
こうして、その国の首脳は存在を消されることになった。
それとほぼ同時期に、少数国家は処刑する人間をセーブするよう法が改訂されたわけだが。彼の犠牲だけで、事が進むことはなかった。
次の首脳会議までに、世界中で各国のトップが処刑に選ばれた。
時には、嫌われがちな著名人が選ばれてしまうこともあった。
やがて、ほとんどの国のトップが死に、入れ替わることになる。
あくまで表向きだけは。
彼らが殺されたことにより、国民が上の人間に対して安易な投票をすることはなくなった。
このまま偉い人間を殺しても意味はない、この世界の仕組みは消えない。
それもそのはずだ。
世界の方針を裏で操っているのは、すでに死んだことにされた首脳たちなのだから。
実際に世界は良い方向に向かっていった。
犯罪は減少し、みんなが社会貢献をして徳を積むようになった。
金のある人間は、積極的に貧しい者へ支援活動をした。
あえて悪くいえば、偽善者ばかりの世界になった。
「おかしい」
毎日ゲームばかりしているニートの青年は思っていた。
「かつての国のリーダーはみんな死んだ。こんな狂ったルールを管理しているのは誰だ?」
彼はとても好青年とは言えないが、ずる賢く狡猾に生きていた。
大して人気もないゲーム配信で小銭を稼いで細々と生きていた。
「本当に死んだのか?」
彼は悪党ではないが、小悪党だ。
ネットで小さな炎上をしたときも、視聴者が増えると喜んでいたし、気にしていたのはアカウントの凍結くらいだ。
まだ彼は、次に選ばれる人間が自分だということを知らない。
一方、とある女性は思った。
「なんで私はまだ生きているんだろう」
彼女は先ほどの青年とは対照的な善人だ。
気配りのできる性格、故に気疲れしてばかりの人生を送ってきた。
こんな世界が訪れる以前から彼女はそういう人間だったし、
誰も知る由もないことだが、これまでの投票で彼女に入った票は一つもない。
それでも彼女は、「自分なんて」というのが口癖になっていた。
そんな彼女が世界の真実を知ってしまうことになったのは、つい先日。
実家が経営する個室の焼肉店を手伝っていたときのこと。
「政府関係者は金さえあれば処刑を免れるらしい」
彼女は意図せず客の会話を盗み聞きしてしまうのだった。
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