闇が日差しを照らせたときは、
@iseyumo
第一章 見定めるためが、試験▼1
「それではこれより、今年度のニムを採用する試験を開始したいと思います! お題は『この部屋の中で貴方達が最も地位が高いと思われる人に仕えること』。なにをもって地位を高いとするかは、各々次第でございます!」
黒いツーピースを身に纏っている白髪の老女が、瞼を閉じたまま、部屋全体がびりびりと震える声を上げる。
その迫力たるや。
単なる若者なジュはただただ圧倒されるだけでしかない。
「今日は一時間ほどここで談話してください。一時間が経過した後、今日は城内に泊まっていただきます。そこからはあなたたちの自由時間です。どうぞ来城なされた客人として、セゴナのお城でお寛ぎください。ニムがどのような仕事をするのか想起をして下されば幸いです。そして翌朝、前日までに決めておいた主人をお選びください。そこで試験は終了。誰を選んだかによって、判定が変わります」
説明が終了した……のもつかの間、いきなり老女が消えた、ように見えた。
目を凝らしてよーく見てみると、普通に扉を開けて部屋を出て行ったに過ぎなかった。
それだというのに、まるで瞬間移動をしたような消えっぷり。
一流のニムは空気よりも薄い存在感を必要とすると聴く。確かにこれは空気だ。人間の形をした、空気だ。
つい先日十四歳になったばかりの、まだ初々しさの塊なジュ=ヤミは、首をきょろきょろと回して室内を見渡す。
既に部屋を去った老女が着ていたものと、色が違うだけのツーピースの下半身、スカートがふわりと舞う。ジュは慌てて押さえた。編み上げ靴が露出しそうになったから。
危ない危ない、そんなはしたない行為、こんな真剣な場でやってしまったら。
ジュと同じ恰好をしている者は、ジュも含めれば五人。いずれもジュより年上と見られる女性のみで構成されている。大体十代後半から三十代の半ばくらいと、纏まりはある方。ジュはこちら側の組を、ざっくり『ニム候補』と呼ぶことにした。
そして、テーブルを挟んだ向こう側で、普段は主に政治家が腰を落ち着けるための椅子に座っている人間もまた五人。こちらはニム候補とは違い、老若男女、性別も年齢も服装もまるでばらばら。共通点らしい共通点も見受けられない。『お仕え候補』とでも呼んでおく。
この部屋で最も地位が高い人間。その人物を、この中から探さなければならない。
しかも談話のみで。
質問ではない。談話。
「……ふァ」
あまりの意味分からなさに、ジュは思わず、情けないうめき声を出してしまった。いけないいけないと、慌てて口を噤む。
しかし間に合わなかった。ジュの隣にいるニム候補以外の『八人』は一斉にジュへ注目した。
視線が痛い。
ああ、なんで自分はこんなにそそっかしいのでしょう……。しかし後悔しても、もう遅い。
ここは一度、自分の立場を確認しておこう。そうして心を落ち着けねば。すーはー。
「…………」
部屋の中……取り分けジュを含むニム候補の五人は、誰も声を発しない。互いに出方を伺っている。
それもそのはず。理想のニムとは、空気よりも薄い存在感を出せる人間のことを言うのだ。そのニムとなる試験で、目立っていいはずがない。
結果、こちらからは動けない。
先ほどの老女はニムというよりは、単なる試験監督としてジュ達の前に姿を現していた。本職に戻った途端、その姿を消失させた。
あれがニム。ジュは少し、寒気がした。
(わたし、あんな風になれる自信がありません……)
ここに居るのは場違いだ、という想いの槍が、脳天から脚元まで刺し貫いていた。
――しかし、同じ部屋に十人も集まれば、一人くらいは騒がしい人間もいるもの。
「湿っぽい空気は妾には似合わないし、ここは妾が空気を読まない立場を貰うとするわ。みなさん、自己紹介をしましょう。ほら、そこのニムもどきたち。あんたたちの試験なんだから自分から切りださないでどうするの。減点されても仕方ないのではなくて?」
お仕え候補の一人、腰まで伸びる蜂蜜色の髪が妙に目を引く、年齢がやっと二桁いったかどうかな少女が発言した。とても綺麗な少女だ。
ジュよりも年下であろうに、きっかりはっきりとした清澄で張りのある声は、この場にいる誰よりも精神年齢が上なのだと誇示する。
そのせいだろうか。少女の言葉に、ジュは「しなければならない」という使命感が燃えた。
「は、はい! わたしはジュ=ヤミと申します!」
後先のことも考えず、真っ先に自己紹介をしまう。
そしてそれは、すぐに過ちだったと気がつく。少女はジュの慌てぶりを見て、ニヤーっと嫌な笑みを浮かべた。そして次に、ケタケタ笑いだす。
「あははは! 使用人……じゃなかった、ニムに名前はいらないんじゃなかったっけー?」
うわあやっちゃった!
ジュは周りも気にせず頭を抱える。
普通の使用人ならいざ知らず、特別に選ばれた使用人であるニムに名前が必要ないことは基本中の基本。それなのに緊張のあまり、頭から抜け落ちていた。
この国に住む国民なら誰もが知っていること(それこそ喋り始めた子供ですら)をポカしたジュを、お仕え候補の何人かまでがくすくすと笑った。
……まあこちらはまだいい。顔が真っ赤になって耳が熱くなるぐらいの代償で済むのだから。
後ろからチクチクと刺すこの視線。ニム候補は容赦なくジュを目だけで攻撃している。ジュはお仕え候補の方を向いているというのに、見えてもいない背後のことが分かる。それほどだ。
おそらく、どうしてこんな小娘がここまで残ったのかしら……という、妬みと疑問を混ぜたような感情だろう。
(ごめんなさいそんなのわたしも知らないんです場違いなんです)
……しかし、怪我の功名。ジュの失敗のおかげなのか……幾分か和らいだ空気は、お仕え候補を穏やかにさせた。
すっかりと緊張の解けたお仕え候補は、次々に自分の名を名乗る。
「ニヤク」「オーナ」「ヤイゴレ」「クコニ」
覚えきれませんそんな一度に言われましても。ジュは記憶力が弱い女の子でもあった。
(ま、まあ、名前は覚えられなくても、視えますし、性格も分かりますから、それでなんとかなりせんかね? 心を読めるのなら、それこそ試験を突破できそうですけれど)
そう都合よく考えることでしか、最早平常心を取り戻すことはできない。
そして焦っていたというのに、いや、焦っていたからこそ、あることに気が付いた。
もうすでにわたしは毒を食べた身ですから……。ああ、小父さん小母さん、御免なさい、わたしはここまで試験に残っておきながら、初歩的な失敗で落とされてしまうのです……。
などと心でむせび泣くジュは、皿の残る汚れすら舐め取る勢いで、怖いものなし、猪突猛進で、気になることを率直に口へと出すことにした。
「あの……そちらの方の、お名前は……?」
金髪の少女だけが、自ら口火を切ったというのに、黙ったままなのだ。
どうもこの少女、得体が知れない。顔を見ていても、全く性格が浮かんでこない。宝箱の埋まっている深い泥沼に、足を突っ込んだ気分。
「妾? ふふん、よくぞ聞いてくれたわ」
口調はごく普通の少女のものなのに、何処か尊大さを感じさせる話し方。
「いやいや、皆勝手に自分の名前を言うだけだからさー、いつ妾は名前を言おうか、ちょっと間を計ってたのよねー」
まだ成長の始まっていない胸に手を置き、やや背筋を反らして、たっぷり溜めた後……、
「妾の名前はミナヤ=クロック。……って言ったら、信じられる?」
そう、毅然と言いきった。
ジュはすやすや快眠している獅子を踏んでしまった感触と、非情に近いものを覚えた。
少女の一言により、ジュの意図していないで温めた空気は再び凍りつくはめになる。
なにせその名前は……この国なら誰もが敬愛している、神様の名前なのだから。
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