電車の窓

泡沫の桜

第1話

 電車には大きな窓がある。七人がけの椅子のうち五人分の座席の後ろに広がっている窓が。

 両脇に、一両に計六つ。

 晴れている日の朝には爽やかな太陽の光を。昼には真っ青な青色を。夕方にはオレンジ色の太陽を。夜には建物、月、星々の輝きを電車の中に取り込む。

 客が目を外に向ければ、目前の景色は過ぎ去っていき、空は変わらない表情を見せる。

 

 しかし、今を生きる人々は誰がその移り変わりに目を向けるだろうか。人々が目を向けるのは自身の手の中にある機械のみ。その平たい、光を発する面に映るのは、常に目まぐるしく変わる情報。終わることのない娯楽の塊。そして、時節見せる誰かからの文字の羅列である。


 ある夕暮れ時のこと。おかっぱの女の子が電車に入ってきた。そのおかっぱの女の子は真っ赤なワンピースを履き、真っ赤なサンダルを履いていた。今どき、こうも原色な衣服を着ているのは珍しいが、誰も気にしない。

 女の子はスキップをしながら、座席の真ん中の列に座った。座ったと思ったら、もぞもぞして、窓の方に体を向けた。

 まだ駅に停車中の電車の窓の外には、別の路線のホームが見えていた。まだ明るいオレンジと水色の混じった空の中、ホームの細長い電灯は白く輝き、そこに並ぶ人々は影のように黒くなっていた。そこの人々は皆、下を向き、何かを必死に見ているようだった。何かを持った手の親指や人差し指は下から上へ、下から上へと動く。みんな一種の儀式をひたすら行なっていた。

 「あ、電車だわ」

 女の子が呟いた。夕日に照らされた電車が彼女の視界を遮っていった。と同時に、プシューッと彼女の乗る電車のドアが閉まり、電車が動き始めた。

 少し揺られたにも関わらず、女の子は席に座り直さず、窓の外を見続けた。

 目の前を過ぎる家と木と電柱。時節、遠くまで見えれば、目の前を厚い木が視界を奪う。太陽はいつまでも同じ場所から追いかけてくるし、反対方向には薄い月が動かず、お出迎えしてくれている。

「あ、虹よ!」

 女の子が小さく声を上げた。それを聞いても、誰も動かない。目まぐるしく変わる目の前の情報を処理するのにいっぱいなのだろう。その瞳に映るのは絶え間ない画像と字ばかりだけであった。

 空いっぱいに七色の虹が大きな弧を描いていた。淡い色合いで、太陽とは反対方向に、太い二本の枝を地面に伸ばしている。でも、そんな枝の終着点は誰も知らない。

 少女はひたすらにその虹を追いかけた。電車は真っ赤な太陽に向かってゆくが、少女の心はひたすらに虹の方向へゆく。

 ふと、少女は周りを見る。少女以外の周りの客はただひたすらに彼らの儀式を行っている。額が広く、髪がくるくるしていて縦縞シャツを着た眼鏡の男性。紺のスーツを着て、手を組む男性。皮のバッグを前に持って、足を閉じていない綺麗な女性。ブレザーの制服姿の女子高校生。学ランを着たマッシュヘアの男子高校生。みんな、瞳は何かに釘付け。 

 誰も喋らない。誰も周りを見ない。誰も指以外微動だにしない。誰も、誰も、誰も、、

 少女は震えた。そして、また虹を見ようとした。


 しかし、もう虹は消えていた。

 残るは宵の空。反対には真っ赤な太陽。


 不意に、電車の進行方向から、一風が吹き通る。

 それはもう、皆の儀式を取り止めようとするかのように。


 皆、はっと顔をあげる。しかし、何が起きたのかわからない。ただ、少女だけが、ふふっと笑って、






消えた、、





 

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