本当は怖いエルフがいる世界
夜想庭園
エルフの脅威から救う使命
第1話 プロローグ
退屈な午前の講義を終えた七瀬美奈は、新作スイーツ告知が出されていた大学近くのカフェに急ぎ足で向かっていた。
新設された地下鉄駅前付近はビル再開発が進み、客寄せ目的で誘致した飲食店が好評だった。
長い信号待ちにまだかまだかと焦れていると、斜め前方から運搬トラックが猛スピードで突っ込んでくるのが見えた。突然の暴力的な光景に硬直し、もはや手遅れであることを悟った。
「あ、これだめかも」
あたりに悲鳴が聞こえる中、引き伸ばされたような時間でこれまでの平凡な人生が走馬灯のように流れていく。
「せめて恋人くらい欲しかったな」
そんなことを考えていると、ものすごい衝撃とともに意識を失った。
◇
気が付くと何もない宇宙空間に漂っていた。幾千幾億の星々が煌めく様は美しく、都市部ではついぞ見られないパノラマ星景を私は満喫しつつ、なぜこのような状況に身を置いているのか不思議に思った。
「目が覚めたかな?」
このような異常な環境でありながら、やけにクリアに聞こえた声の方向に意識を向けると、眩しい光の塊が在った。
(これはなんだろう?)
そう考えたところ直ぐに回答がなされた。
「私はこの宇宙の集合意思で最近は生命が生まれる惑星の創造に勤しんでいる存在だよ」
どうやら此方が考えることは相手に伝わるようだ。思うだけで齟齬なく伝わるなんてまるで神様のようだ。
「君の記憶にある神様という存在は一つの惑星という非常に狭い範囲を管理する存在のようだが、範囲が宇宙全体と少し広いだけで似たようなものだ」
スケールが全然違うような気がするが、どちらにせよ理解できないという意味では似たようなものかもしれない。
そのように自己完結すると、今度は当初の疑問が再燃してきたので、聞いてみることにした。
(私はなぜこんなところに居るのでしょう)
「実は新しく創造した惑星で君らの世界でいうところのファンタジー世界を再現してみたんだが、エルフという長寿で魔法力の強い種族が他の種族を絶滅に追い込むようになってしまったので、バランスを保つため人族を強制的に進化させようと思って、進化遺伝子を組み込んだ新人類の素体におろす死後直後の魂を呼び寄せたんだ」
情報過多で混乱したが、どうやら私は死んでしまったらしい。あぁ、新発売のスイーツ食べたかったな。
(はぁ、察するに新人類としてファンタジー世界を再現した惑星にいって・・・いってどうするんです?)
「そりゃ、優良遺伝子を以って産めよ増やせよ、だよ?それが一番手っ取り早くて環境への影響が少ないからね」
えぇ!まだ結婚したこともないのにそんなこと考えられない。
「だからこそさ。そんな若い身空で人生終わりじゃかわいそうじゃないか」
どうやら比較的やさしい神様らしい。でも、エルフといったら美形で自然を愛し世俗と隔絶した心優しい種族なのだろうし、わざわざ対抗しなくても仲良くするよう神託でもすればいいのではと思わなくもない。
「最初はそう思っていたんだが、時が経過して進化の過程が終わり寿命や魔力に大きな差がつくと、現実はそうはならなかったんだ」
話を聞くと、造形が圧倒的に美しく寿命も長くて知恵もあり魔力も上の人族がゴブリンを害獣扱いするのと同じように、木を伐採し焼き畑農業をして自然破壊をする人族を害獣扱いするようになるのは自然な成り行きだったようだ。
おかげで、創造した惑星では人族絶滅計画が絶賛進行中で、既に3割の人口が減ってしまい、絶滅も時間の問題らしい。
(いやぁ~さすがにそんな直ぐ死にそうなところに行きたくないんですが)
そう答えると、自信満々な様子が伝わってきた。
「大丈夫だ。魂を下す素体は人類が超進化を果たすために半端ない身体能力と魔力保有量を誇っているから、ちょっとやそっとでは死なないから安心してほしい」
でも人海戦術で来られたり寝込みを襲われたら生物である限り死ぬのでは。
というか、現代社会に馴染み切った私がファンタジー世界にいって食事はまともにできるのだろうか。
「魔法もイメージするだけで使えるはずだから絶対大丈夫だよ。慣れるのは時間の問題さ!」
(というより、増やすなら男性の方がよいのでは?)
今度は逆に意気消沈した様子が伝わってきた。
「未来分岐予測をすると、男性の魂を降ろすと途中まではうまく機能するんだけど、NBC兵器をイメージした魔法を使って、エルフのみならず自分と子孫ともども一つの大陸規模で消滅する未来になるんだ」
目の前にツリーダイアグラムが浮かび途中で大きな束ごと途絶える様子がうつされた。
「その点、君の場合はスタートこそ2~3人の子供ができるという緩やかなものだけど、300年、500年と時が経つと確実に可能性に満ちた未来に分岐していく」
先ほどの結果がいったん消え、今度は細い枝葉から派生したツリーダイアグラムが、大樹のように太く広く広がっていく様子が映し出された。
それにしても数百年スパンの視点とはさすが神様のような存在、随分と気の長い話だ。
慣れるまで大変そうだし、やはりここは断って輪廻の輪に戻してもらおう。
「いや、呼び寄せた時点でもう戻れないからあきらめて欲しい」
が~ん、どうやら選択肢はないらしい。
(では、せめて安全安心スタートアップのおまけを恵んでください)
「しょうがないなぁ。じゃあ分岐に影響ない範囲で結界魔法と材料を入れると自動で料理に変換して備蓄できるキッチン機能付きアイテムボックス・・・あとおまけで言語理解と毒を判定する鑑定をあげよう」
それならなんとかなる、のだろうか?衣食住を考えると食しか満たしていないような気がする。やはりいきなり野宿&葉っぱ衣装でスタートなのだろうか。
「一応、エルフに殺害されて持ち主のいなくなった山奥の民家に降ろす予定だよ」
山奥で潜んで暮らしていた夫婦の遺児という設定で、素体も遺児をベースにしたものだから死んだ両親の遺産を利用しても問題ないということのようだ。
(わかりました。あとは適当にやりますのでささっとお願いします)
「じゃあ送るね。新人類の始祖だから力加減はくれぐれも気を付けてね」
光り輝く存在はそう答えると、私を強烈な光に包みこみ意識が遠のいていった。
◇
目が覚めるとログハウスの前で倒れていた。周りに血が凝り固まったような跡が見られるのは気のせいだろうか。
山の中ということは、くだんの凶暴エルフの生活圏で襲われたのかもしれない。
そう思いいたると、さっそくスタートップにもらった結界を張ることにした。
周囲を覆って存在を隠す認識阻害を付与するイメージで魔法を使ってみる。
「結界」
キンッ!という音とともにガラス張りのような結界が張られた。
イメージだけで発動するというのは本当だったんだと少し感動してしまった。
「このままここで隠遁生活を送れば平穏無事に過ごせるのかしら」
そう思って周囲を見ると見渡す限りの山々。まるで長野県の山岳地域に来たようだ。
振り返ってログハウスを見ると、なかなか味わい深い造りをしていが、
「一生自然に囲まれて生活するにしては若すぎるわよね」
そう、いくら何でも寂しすぎる。街、少なくとも村くらいの集落で集団生活をしたい。
それに、人類は滅亡してしまうというのだから、子孫を残す必要があるのだ。
それに必要な営みを考えると少し顔が赤くなったが、当分先のことと割り切り頭の中から追い出した。
「よし!まずは衣服や生活用具を調べてから、食べ物を探しにいきましょう」
自分を元気付けるように両手をグッとさせると、ログハウスに踏み出すのだった。
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