【第1章】宇宙艦隊オッパリオン007話「次元破断砲」
【〇〇七 次元破断砲】
「こ、ここは?」
奈菜と木星を見ていたらシャトルがトラブルに見舞われて、そうかと思ったら部屋に突然黒ずくめたちが入って来て、奈菜が連れて行かれそうになったところに女性が乱入してきて、それで助けてもらって部屋から逃げ出して……。
翔平は記憶を整理しつつ、周囲を見る。
広い空間に人が集まっており、皆驚いた顔で自分のことを見ている。
「翔平!」
「うおっ、奈菜?」
なぜか泣いている奈菜に抱きつかれた。
そういえば奈菜をかばって撃たれたような。あれからどうなったのだろうか。
「体の痛みはないかしら?」
自分たちを助けてくれた、ほぼ全裸のような格好をした女性が優しく問いかけてきた。
「なんとも。ここ、どこなんですか? あの黒ずくめたちは……」
「あら? 翻訳機を入れてなかったけど……言葉、わかるのかしら?」
女性は驚いたように目を丸くした。
「え、ええ、普通に聞こえますが……」
「母乳の効果かZリーヌンスの効果か……不思議なことも起こるものね。わたしはアーリア。アーリア=シエル=テスラネス。この艦の提督よ」
「俺は丹澤翔平。で、こっちは桃乃瀬奈菜」
「翔平? この人の言葉わかるの?」
顔を上げた奈菜は不思議そうな顔をしていた。
「なんだか普通に聞こえる。奈菜はわからないのか?」
「全然……」
「なんだろう? 俺も普通に日本語を喋ってるだけなのに……」
「それはたぶん、母乳の効果かZリーヌンスの効果ね」
「母乳? Zリーヌンス?」
「それは――」
アーリアと名乗った女性が言葉を繋ごうとした時、激しい揺れが起こった。
「な、なんだ?」
「詳しい話はあとのようね」
『艦橋より提督へ。至急艦橋へお戻りください』
切迫した様子のアナウンスが流れると、アーリアの表情が険しくなった。
「艦橋って、ここは艦の中なのか。大きいな……」
まるで大きな建物の中にいるかのような空間だと、翔平は認識していた。
だとすれば、記憶はないが自分たちはあのシャトルからこの艦へと移動してきたということだ。
「ショウヘイとナナもついてきて。歩けるかしら?」
「大丈夫です。奈菜も行こう」
「う、うん」
「ありがとう。ではこちらへ――あら?」
きびすを返したアーリアの体が、突如ぐらりと揺らいだ。倒れるかと思ったが、アーリアはその前にバランスを取り戻す。
「大丈夫ですか!?」
アーリアのそばにいたひとりの女性――医療関係者に見える――がアーリアに駆け寄る。
「ええ、大丈夫よ。ちょっと驚いたけど」
「提督、無理なさるから……。しかしこの人の傷を治すだなんて……それはまるで聖乳の力……どうして提督が?」
「ふふ、どうしてかしらね。さぁ、とりあえず今は艦橋へ向かいましょう。あなたたちも持ち場に戻って」
「りょ、了解しました」
「ショウヘイ、ナナ、こちらへ」
「は、はい」
「ど、どこへ行くの?」
「この艦の艦橋に行くらしい。なんで俺たちがそんなところへ行くのかはわからないけど、今は言う通りにしておこう」
「う、うん」
変わる状況に奈菜は不安さを隠しきれていなかった。
翔平にも状況がまるでわかっていない。なんとなく察するに、状況はあまりよくない、ということくらいだった。
「ねえ翔平、体、本当にもう大丈夫?」
「ああ、もうどこも痛くないし、苦しくもないよ」
「そう、それならよかった」
「さあ、こっち。急いで」
「は、はい!」
アーリアに急かされるように、翔平たちは艦内を進んだ。
移動中に周囲を見ると途中、何度か慌ただしく動いている乗組員たちにすれ違った。
そこで気付いたのだが、この艦の乗組員は全員が女性ということだった。
進んでいる最中も、艦は何度か揺れる。
「着いたわ。中では静かにしていてもらってもいいかしら」
「それはもちろん。邪魔しないようにします」
「ありがとう」
アーリアが扉を開くと、中では数名の声が飛び交っていた。
「お待たせ艦長」
「あ、提督。そちらがZリーヌンス該当者ですね?」
「ええ、そうよ。ショウヘイというわ。一緒にいるのはナナ」
「ショウヘイ、ナナ、わたしはこのスタティア艦長のミストレアです。よくぞ来てくださいました」
艦長と呼ばれたミストレアという女性はそう丁寧に挨拶をした。
「翔平です。助けてくれてありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
翔平がお礼をしたのに合わせ、言葉がわからないながら奈菜も挨拶をした。
ミストレアはそんな奈菜に微笑んで見せた。が、その笑みはすぐに消え、冷静な表情に戻る。
「敵艦に包囲されつつあります。機動兵器は防衛に善戦していますが包囲を突破するには敵艦の撃沈が必要かと思われます」
「撃沈ね……」
アーリアが顎に指をかけて思案すると、ミストレアはなにかに気付いたように目を開き、アーリアの方へと体を向けた。
「提督には出撃を控えてもらいます」
「どうしてかしら?」
「体調が優れないように見受けられます。その状況で母乳機関を使うのは危険です」
「……さすがミストレアね。わかったわ」
アーリアは苦笑を返していた。
翔平に母乳を与えたことで、アーリアは自身も想定していなかったくらいに疲弊していた。
機動兵器の運用には母乳を消費するため、これ以上の搾乳は危険だと判断されていた。
「艦長、提督、機関室より報告です。機関出力、高水準で安定中とのことです。現状で一〇〇%の運用が可能とのこと」
「了解したわ。機関室へよくやったと伝えて」
「勝機を見出せるわね。このスタティアがフルで動かせれば、包囲も突破できるわ」
アーリアが口元に笑みを浮かべる。
「機関室よりさらに報告。出力さらに上昇。想定出力を上回る出力が可能になっているとのことです」
「どうしましょう提督?」
「……次元破断砲を使ってみるしかなさそうね」
アーリアが口にしたその単語にミストレアは一瞬表情を変えた。そして艦橋内の空気が変わるのが翔平にもわかった。
なにかすごいことをやる、そういうことらしい。
「あれは理論上の完成だけでまだテストもしていませんが」
「なら今がそのテストをする時よ。攻撃部隊を編成できない今、敵艦を撃沈できるのはあれだけよ」
「ですが――」
ミストレアが反論しようとしていると、艦が大きく揺れる。
「被害状況を上げて」
「敵艦砲被弾。フィールドにより損傷はありませんが捕捉された模様。さらに追撃が来ます」
言葉通り、艦はさらに揺れる。
「翔平――」
さすがに不安になり、奈菜が翔平の腕に抱きつく。
「大丈夫、なんか策はあるみたいだし」
「本当?」
「たぶん……」
翔平も祈るようにアーリアを見る。そのアーリアはまっすぐに艦橋中央にある大型モニターを見ていた。
中央のシンボルがおそらくこの艦だろう。周囲に大きい三角シンボルが六つ、取り囲むように展開している。その周囲を小さい丸のシンボルが動いている。
詳しくはわからないが、さきほども言っていたように取り囲まれている状況らしかった。
「艦長、反論はあるかもしれないけど次元破断砲を使わせてもらうわ。Zリーヌンスがこちらにある今、失敗はないはずよ」
その言葉を受け、ミストレアは一瞬翔平を見た。そして頷く。
「わかりました。わたしもZリーヌンスを信じましょう。機関出力が上がったのもZリーヌンスがこちらにあるからかもしれませんし」
「ありがとうミストレア」
「全艦、次元破断砲発射用意」
「りょ、了解! 機動兵器各機へ通達――本艦はこれより次元破断砲の発射準備に入る。繰り返す――」
「提督、照準は?」
「左舷側外から二番目の艦を狙います。そこに照準を」
「了解しました。目標敵艦〇五に固定。艦首回頭急げ」
「了解」
ミストレアの命令が発せられると艦橋内は一気に慌ただしくなった。
「発射終了後に最大艦速で包囲を突破します。機動兵器の収容も発射終了後即時に行うように伝えて」
「わかりました。――機動兵器各隊は次元破断砲発射後に帰還させて」
「了解。機動兵器各機へ通達――」
「敵の機動兵器の状況はどう?」
アーリアが尋ねる。
「現在フィールド中和領域には侵入させていません。護衛部隊も善戦していますが、シア機、マーチャ機、セルシア機がいい動きをしてくれています」
ミストレアが速やかに答える。
「さすがこの艦の部隊ね」
「母乳機関出力最大。エネルギー、次元破断砲チャンバー内に充填開始します。エネルギー充填率一五%に上昇。す、すごいエネルギー出力です!」
報告を担当している乗組員も驚きの声を上げている。
「くっ……」
翔平は自分の心臓が大きくドクンと脈を打つのを感じ、胸を押さえた。
「翔平?」
「大丈夫。なんか、ドキドキしてるのかもしれない」
奈菜にはそう言ったが、胸の高鳴りとはまた違った感覚が翔平に込み上げていた。
とにかく強く、熱い鼓動が心臓から起こり、体全体に伝わっていく。それが外に放出されているような感覚もあり、なにかジッとしていられない衝動が起こっていた。
だが、かと言ってできることはなく、現状では艦橋の動きを見守るくらいだった。
そんな翔平を余所に、状況は進んでいく。
「エネルギー充填率四〇%。出力は依然安定……いえ、増加していきます! エネルギー充填率五五%!」
「これがZリーヌンスの効果……!」
ミストレアも驚きの声をあげる。
「フィールド強度も上昇しています! 敵の艦砲を衝撃まで完全に遮断しています!」
乗組員たちは興奮気味に状況を伝える。
その声を聞きながら、翔平は内側から湧き上がるなにかが溢れそうな衝動を必死に堪えていた。
「エネルギー充填率九〇%に達しました!」
「照準、進路固定完了!」
「機関室より報告。母乳機関出力一二〇%に到達!」
艦橋にある窓からは時折まばゆい光が起こるが、先ほどから起こっていた揺れは起こらなくなっていた。
しかし、中央モニターを見ると敵艦を表していると思われるシンボルは自分たちの乗る艦に迫りつつあった。
「艦長、提督、機関室のミィアルーン博士から直接通信が入っています」
その報告を受け、ミストレアがアーリアに視線を送る。アーリアは迷うことなく頷いた。
「繋いで」
返事はミストレアがした。
「了解」
『こちら機関室のミィアルーン。艦長、提督、艦内にZリーヌンス反応を確認してから母乳機関の稼働率が急上昇している。スタティアの設計にかなり余力があったのはこのためだったんだな』
物静かそうな女性がモニターに映り、なにかに感心したようにそう言っていた。
『これは提案なのだが次元破断砲は二〇〇%の充填にまで耐えられる。最大出力のテストを兼ねてみたいのだが頼めるか?』
「どうしますか提督?」
「了解したわ。やってみましょう」
『ありがとうアーリア提督。どうやらこのスタティアはこの状態が本来あるべき状態なのかもしれないな』
「そうかもしれないわね。博士、引き続きそちらをよろしくお願い」
『任された。こっちの士気も上がっているよ。貴重な経験だ』
そう残し、通信は切られた。
「エネルギー充填率一二〇%! チャンバー内圧力上昇!」
「艦前方に出ている機動兵器をすべて後退させて。どんな威力で撃たれるか想像もつかないわ」
「了解。機動兵器に艦前方から下がるように伝えて」
「了解。機動兵器各機へ――」
艦橋内の慌ただしさに比例してか、翔平の胸の鼓動も強さを増していた。
「翔平? 苦しいの?」
胸を押さえ付けていた翔平の姿に奈菜が気付いた。
「な、なんか力が……なにかが溢れそうだ……!」
「しょ、翔平?」
「うっ……くっ……」
翔平は体を折り、うずくまってしまった。
「ショウヘイ? どうしたの?」
その様子にアーリアもすぐに気付く。
「医療班を呼びますか?」
「そうね。お願いするわ」
「うっ、あっ……あぁっ! うぉおおおあああああーっ!!」
「ショウヘイ!?」
「翔平!?」
翔平が体を仰け反らせて叫び声を上げると、翔平の体から強い光が広がった。
艦橋内にいた乗組員たちが一斉に翔平の方を振り返るが、翔平の体から光は続く。
「うぉおおおああーっ!!」
「か、艦長! エネルギー充填率が急上昇しています! 充填率一九〇、二〇〇、二一〇! なおも上昇していきます!」
「提督、これは……」
「Zリーヌンス波動ね。それに母乳機関が反応しているのかもしれない」
「翔平! 落ち着いて!」
奈菜が翔平をなだめるように抱きつく。
「あっ、あぁっ! くっ、か、体が熱い……!」
翔平はがくりと床に膝を突く。そこでようやく光がおさまりはじめていた。
「機関室より報告! 機関出力二五〇%! 限界値に近づいているとのことです!」
「次元破断砲エネルギー充填率二八〇%! 危険域に近づきます!」
「お願い。ショウヘイ、あなたの力を借ります」
「お、俺の……力……!」
「――艦長、発射の命令を。タイミングは任せます」
「わかりました。では、撃たせてもらいます。全艦、次元破断砲発射用意! 安全装置解除!」
「次元破断砲発射態勢へ! 安全装置、解除確認! 照準、前方敵艦〇五!」
「エネルギー充填率三〇〇%! 危険域です!」
「よろしいのですね、提督」
「お願い」
「スタティア、次元破断砲、撃てぇーっ!」
「次元破断砲、発射!」
ミストレアの命令に続き、乗組員が発射と宣言した。その直後、艦が揺さぶられ、外に直視できないほどの光が発生する。
「なんて出力……!」
ミストレアが思わず驚きの声を上げている。
「エネルギー充填率が二〇〇%を維持しています! 次元破断砲、なおも発射が継続されています!」
艦橋中央のモニターを見ると、この艦を起点に扇形の線が描かれていた。その中に含まれた敵艦のシンボルがひとつ消失するのがわかった。
そして扇形の線はさらに広がりを見せ、となりにいたシンボルをも巻き込み、消し去った。
「エネルギー充填率一二〇%……一〇〇%……徐々に減衰をはじめました」
「て、敵艦〇五と隣接していた〇六の消滅を確認!」
「隣接していた艦まで巻き込んだと言うの?」
「そ、そのようです」
「これがZリーヌンスの……スタティアの力……」
ミストレアが感嘆の声を漏らす。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫、翔平?」
「体が熱い……内側からまだ、なにかが溢れてるみたいで……」
「どういうことなの……翔平、どうなっちゃうの?」
「ショウヘイ、あなたの力を貸してもらったわ。ありがとう。星を救う力だというのは本当かもしれない」
膝を突く翔平に近づき、アーリアはそう述べた。
「星を救う?」
「あなたは伝説のエネルギー、Zリーヌンスの持ち主。わたしたちはその力を借りるために、オッパリオン星からやってきたの」
「Zリーヌンス……オッパリオン?」
「落ち着いたら詳しく話をさせてもらうわ。あと少しだけ、力を貸してもらいます」
そう言うとアーリアは立ち上がり、中央モニターに向き合う。
「最大艦速にて包囲を突破します!」
「スタティア最大艦速! 進路このまま!」
「了解」
「機関室より報告、機関出力依然高水準で安定。このままニュートレースジャンプが可能とのことです!」
「艦長」
「ええ、しましょう、ジャンプを」
「進路はどうなさいますか?」
「とりあえず追っ手を振り切ります。進路はこのまま、敵を突破しつつニュートレースジャンプをします」
「わかりました。全艦、ニュートレースジャンプ用意」
「敵艦〇一、進路に侵入してきます!」
「操舵をお願い。回避しつつジャンプするわ! なんとしてもZリーヌンスをオッパリオンへ!」
「了解です!」
アーリアの言葉に乗組員が直接返事を返した。
「機動兵器全機収納を完了。フィールド中和領域に敵機が侵入してきます!」
「対空防御急いで。ジャンプまでの時間を稼げればいいわ」
「了解」
「進路状況確認、機関出力上昇、ニュートレースジャンプ、可能です!」
「艦長、ニュートレースジャンプを」
「わかりました。全艦、ニュートレースジャンプ! 進路そのまま!」
「了解。ニュートレースジャンプに入ります!」
話の雰囲気から、翔平も奈菜も、この宙域から離脱するのだということがわかった。
めまぐるしく変わる状況の中でわかることは少ないが、ただひとつ、なにか大きなことに巻き込まれたのだということだけはわかった。
奈菜は不安げに翔平に身を寄せている。
そんな中、翔平はアーリアの姿を見ていた。
突然現れた、詳細のわからないこの女性。どこか懐かしいような雰囲気もある。だが今はそれより、自分の力と言われたZリーヌンスという力のことが気になっていた。
早く説明を受けたいと思うも、この状況を脱さなければそれも叶わないだろう。
そう思った時、艦全体が揺れ、体に負荷がかかった。
「スタティア、ニュートレースジャンプ開始。無事超光速航法に入りました」
乗組員のひとりはどこか落ち着いた声でそう言った。その声を聞き、艦橋内の空気がかすかに緩んだような気がした。
「包囲は無事に突破できたようですね、提督」
「ええ……これでひと安心、といきたいところね」
ミストレアにそう返したアーリアはマントを翻し、翔平の方を振り向いた。
「ありがとうショウヘイ。そしてもう少し付き合って欲しいの」
「俺たちは……どこへ行くんです?」
「目指すのはわたしたちの星、オッパリオンよ」
「オッパリオン……」
それは聞いたこともない星の名前だった。だが翔平はその響きに、アーリアの姿同様、どこか聞き覚えのある、懐かしさのようなものを感じるのだった。
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