【第1章】宇宙艦隊オッパリオン006話「アーリアの母乳」

【〇〇六 アーリアの母乳】


 レーダーでスタティアと敵艦の位置を確認する。

 まだ囲まれてはいないが敵は広がりつつあり、スタティアを確実に包囲する動きを見せている。ミストレアは優秀とは言えど六隻を相手にして長時間防戦を強いられているのはさすがに不安だ。

 しかし、こちらの状況も悠長にしていられるようなものではない。

 民間人の少女と負傷したZリーヌンス該当者を乗せているおかげで、コクピットに負荷のかかる動きはできない。それを知ってか、先ほどまでシャトルの周囲を警戒しているだけだった海賊機三機が執拗に接近を試みて来ている。


『右後方より敵機接近』

「わかってる!」


 警告を出すAIに返答し、アーリアは僚機の近くへと機体を移動させる。

 僚機――マーチャ機、セルシア機も敵機に翻弄されており、思うような援護ができないでいるのが現状だった。


「くっ、敵も戦い慣れてる……」


 アーリア機を撃墜する意志がないような動きをしているところを見ると、相手の目的はこちらの捕獲だろうと思った。

 この海賊はやはりZリーヌンスを狙っている、アーリアはそう確信した。

 スタティアもこちらに向かってきてくれてはいるが、合流まではもう少しかかるだろう。

 しかしこちらもスタティアも敵の攻撃を受け、思うように直進はできない。数で劣ってもいるので戦いが長引けばどんどん不利になっていく。


「……多少の無茶はしかたないわね。マーチャ、セルシア、敵機を振り切ります」

『了解です』

『了解』


 アーリアは機体を加速させる。


「うぅ……!」


 アーリアはどうということのない負荷だが、同乗している少女は体に来る圧迫感にうめきを漏らしている。

 気を失っているZリーヌンス該当者にも負担がかかっているだろう。


「くっ、やっぱりこれは無理ね」


 加速したのもわずか、アーリアは速度を落とさざるを得なかった。


『提督?』


 速度を落としたことを不審に思ったマーチャが通信を入れてくる。


「やはり無理ね。民間人にはこれ以上の速度は耐えられないわ」

『あたしたちが援護します』

『提督には敵を近づけません!』

「……ありがとう」


 マーチャとセルシア、ふたりのその気持ちは嬉しかった。だがこれ以上敵の増援が増えればいくらマーチャたちでも対応は厳しくなる。その前にスタティアに合流を果たさなければならない。

 加速を緩めたことで海賊機たちはすぐに追いついてきた。敵の三機も絶妙な連携を見せながらこちらへと迫る。


『せめて一機減らす!』


 セルシア機が突出してきた敵機に向かい加速していく。これで仕留めるつもりの踏み込みだ。


『セルシア、無茶はしないで!』

『おあぁああーっ!』


 セルシア機の急加速による反撃は敵も予想していなかったらしく、一瞬反応が遅れたように見えた。セルシア機はその一瞬を見逃さずに、接近戦用の剣を装備して敵機へと斬りかかる。

 アーリアがモニターでセルシア機を追うと、ちょうど敵機に肉薄したセルシア機が剣で相手の片腕を斬り飛ばしたところだった。


「セルシア!」

『深追いはしません!』


 セルシア機は相手を蹴りつけ、その反動で加速、アーリア機の援護距離まで戻ってくる。


「この状況なのに……まったく」


 セルシアの勇敢さと判断、そして技量にアーリアはひとり苦笑を漏らした。心強い仲間がいてくれたものだと。

 そのセルシアの一撃に怯んでか、敵機の追撃が一瞬遅れた。アーリアはその間に敵機との距離を取る。

 緩やかな加速ではあるが、少しでもスタティアに近づかねばならない。

 しかし敵機もそれは同じだ。瞬間の判断は遅れたものの、損傷した機体も共に再びアーリアたちを追撃してくる。一機が片腕を失った程度では追撃を諦めてくれることはなかった。


『警告。右前方距離四〇〇〇より敵機接近中。数、三』


 AIが敵の増援を告げる。

 進路を塞がれてしまうのは致命的と言えた。


「マーチャ、セルシア、このまま直進して突破します」

『了解です』

『了解。道を切り開きます!』


 頼りにはしているものの、後ろからの追撃もある。アーリア自身も最低限の戦闘はやむを得ないかと覚悟を決めた。

 その時、スタティア側から一直線に光が走った。


「シア?」


 シア機による狙撃が、前方から迫っていた一機を貫いていく。

 返信はなく、寡黙な狙撃手は黙々と狙撃を続ける。


「ありがとうシア。もう少しで……!」


 モニターには望遠でスタティアが確認できる距離まで近づいていた。スタティアも後続する海賊艦からの砲撃を受けてはいるが、巧みな回避運動で被弾はしていない。

 だがスタティアが主砲を使って応戦していないところ見るに、また機関部に異常を来しているのが察せられた。

 合流したとしてすぐに安心できる状況ではない。徐々に整いつつある包囲網も突破しなければならない。

 それを思うと早く合流しなければという焦燥感が起こる――が、アーリアは冷静さを失ったりはしない。常に冷静であれと自分に言い聞かせる。

 目下の不安であった進路を塞がれる恐れはシアが対応してくれたことで解決することができた。あとはとにかくスタティアへ急ぐことだ。

 増援の進行を妨げられても、アーリアたちを背後から追いかけてくる部隊は勢いを落とさなかった。必死だということがアーリアにも伝わる。


『スタティアよりアーリア隊へ。アーリア隊を捉えました。ハッチ開放、着艦準備は完了しておりますのでいつでもどうぞ』

「こちらアーリア機。了解したわ。マーチャ、セルシアは悪いけど引き続き外で援護を」

『了解しました』

『了解です。お任せを!』


 スタティアに近づいても追撃してくる海賊機は速度を緩めなかった。

 アーリアはスタティアを捉え、着艦すべく接近する。


「お待たせ、もうすぐよ」


 座席の後部にいるふたりを見て、言葉は通じていないだろうがそう声をかけた。


「ショウヘイ……」


 少女はZリーヌンス該当者の手を握り、名前らしきものを呼んでいた。


「ウィルギヌス、着艦シークエンスへ」

『了解しました』


 AIの自動操縦へと切り替え、アーリアは機体を着艦させる。

 外ではまだマーチャとセルシアが追撃してきた海賊機と交戦しているだろうが、とりあえず自分の使命はZリーヌンス該当者を艦に連れ帰ることだ。

 それが今、果たされた。


『アーリア機、ウィルギヌスの着艦を確認しました』

『敵機の接近を確認。対空機銃起動』


 艦橋からの通信がコクピット内に響く。アーリアは機体がケージに固定されると機体はスタンバイ状態にしたままコクピットハッチを開く。

「着いたわ。降りて」


 少女にそう言うと、言葉が通じていないのにも関わらず、少女は状況を察してくれた。

 アーリアがZリーヌンス該当者の肩を抱えると、少女も手伝ってくれる。

 コクピットの外には医療班が待機してくれていた。


「おかえりなさいませ提督。状況はどうですか?」

「Zリーヌンス該当者は回収したわ。でも腹部を撃たれてる」

「異星人の人体データはウィルギヌス経由でいただきました。我々の構造と大差はありませんので治療はできるかと思います」


 運び出された該当者は手早くストレッチャーに固定されていき、医療班が傷を確認する。


「思ったより消耗されています。この状態で助かるかは正直五割くらいかと思われます」


 医療班のリーダーは素早くそう決断した。

 状況が逼迫していることを察してか、同行の少女がおどおどしはじめた。

 艦全体にも時々揺れが起こる。外の戦闘も激化しているようだった。

 スタティアの状況も、Zリーヌンス該当者の状況も好ましくない。この該当者の容態を回復させ、自分も指揮なり戦闘なりに戻るのが理想だとアーリアは考えた。

 医療班の話を聞くに容態の回復は半々だと言う。それなら――と、アーリアの頭にはよぎる考えがあった。だが、果たしてそれが最善の手をなるのかどうか、わずかなためらいがある。

 しかしアーリアは思う。星の存亡を賭けた瞬間に、なにをためらうことがあるのかと。


「処置は施してみますので医務室へと運ばせてもらいます」


 移動しようとする該当者にすがり、同行の少女は泣いている。


「ショウヘイ!」


 そう聞こえるのが、おそらく彼の名前だろう。

 今ここでこの人物を救わねば、星の未来はない。それに、泣く少女ひとり救えずに星が救えるものかと、アーリアは確信した。


「待って」


 移動するストレッチャーに手をかけ、アーリアは医療班を引き留める。


「提督?」

「医療機器をはずして。固定用のベルトも」

「なっ、なにをなさるつもりですか?」

「今彼を救う方法はこれしかありません」

「提督!?」

「さぁ、早く」


 戸惑う医療班だったが、アーリアの気迫に圧されストレッチャーの上から医療機器やベルトを外していく。

 該当者が自由になるとアーリアは頭の方へと近づき、頭を抱き上げた。


「提督まさか!」

「提督! そこまでしなくても!」


 アーリアの思惑に気付いた医療班が口々にアーリアに制止の言葉を発する。

 しかしアーリアの覚悟の決めた視線に変化はない。


「この方法ならこの人を確実に救えるはず……!」


 ざわつく医療班に同行の少女は怯えたような表情を見せていた。そんな少女を見て、アーリアは声をかける。


「この人を救います。わたしたちオッパリオン人を信じて」

「エ? オッパリオン……?」


 その言葉に頷くと、アーリアはおもむろに自分の乳頭部を覆うニップルアーマーに手をかけた。


「提督!? なにをされるおつもりですか!?」

「わたしの母乳を使います」


 力強く発せられたその言葉とともに、アーリアは自身のニップルアーマーの片方を取り外した。


「提督!」


 露わになった乳頭部を見た医療班たちはざわつきながら顔を覆った。


「ナ、ナニヲ……!?」


 少女も驚きに目を見開いている。


「ショウヘイというのね。さぁ、口を開けて」


 アーリアはショウヘイと呼ばれた青年にそう呼びかける。だが当然のように返事はない。

 強制的に口を開けるように首下に手を置き、頭を下げる。するとショウヘイの口が開かれた。

 そこへ、アーリアは自身の乳房を近づけ、乳頭部をショウヘイの口へと突っ込んで行く。


「ああっ!」


 その光景を見た医療班たちがさらにざわめく。


「お願い……飲んで……」


 アーリアは祈るように言葉を絞り出す。

 しかしショウヘイは反応がなくぐったりとしてしまっているだけだった。


「提督! 無理です! おやめください!」

「いいえ! まだ手はあります!」


 アーリアはショウヘイの口から乳頭部を取り出すと、自らの手で乳房を掴み、自分の口へと乳頭部を近づける。


「口移しで、少しでも体に母乳が入れば――」


 アーリアは自らの乳首を口に含み、母乳を吸い出す。その状態でショウヘイの顎を押さえ、母乳を口移しするために唇を合わせる。


「ナッ!?」


 アーリアがなにをしているのかわからない少女は驚き極まった声を上げる。


「提督!」


 アーリアの大胆な行動に、医療班たちもざわめきを強めた。

 周囲のざわめきを余所に、アーリアはショウヘイの口に母乳を流し込んでいく。飲み込む力のないショウヘイだったが、口内に母乳が入った瞬間、体をびくんと痙攣させた。

 そして。


「くっ、かはっ!」

「っ!」


 息を吹き返したショウヘイに驚き、アーリアも口を離す。自分の母乳に他者を癒やす効果があることは知っていたが、口に含めただけで効果が出るとは知らなかった。


「ショウヘイ!」


 叫んで駆け寄ってくる少女を、アリーアは手で静止させる。


「まだ……傷を塞いで内臓を治さないと。そのためにも、もう一度――」


 アーリアは再びショウヘイの顔を抱きかかえると、自らの乳頭部をショウヘイの口へとあてがった。


「うっ、んむっ――」


 息はしているものの、まだ意識が朦朧としているショウヘイは口にあてがわれたアーリアの乳首を口に含んだ。


「さぁ、吸って。わたしの母乳を飲んで」

「……んむ、ぐっ――」


 乳首を口に含んでいるものの、ショウヘイはなかなか吸おうとしない。

 なので、アーリアはさらに乳房をショウヘイへと押し込むようにする。


「お願い……吸って……」


 周囲の医療班たちはもはや言葉もなく、ただただ驚いた面持ちでその光景に固唾を飲んでいた。

 そしてしばらくすると、ショウヘイが乳首を吸いはじめる。


「んっ……す、吸ってる……!」


 乳首を吸われると同時、アーリアは自身の母乳が出るのがわかった。機動兵器に乗っている時など、機械的な搾乳を受けることには慣れていたが、人に直接吸われるというのははじめてのことだった。


「んんっ――」


 乳首を吸われるという未知の感覚に、アーリアはかすかに足を震わせた。しかし他の者にそんなところは見せられないと思い、平静を装う。


「んくっ……んんっ……!」


 ごくりとショウヘイの喉が鳴るのがわかった。その瞬間。


「んっ! んぐっ! ぐはっ!?」


 ショウヘイに意識が戻り、体が跳ねた。

 アーリアの乳首を口から離し、身もだえするように体を捻る。


「うおぉおおおおお!」


 ショウヘイは体を仰け反らせながら叫ぶ。それに合わせ、ショウヘイの体から光りが広がった。


「なっ!?」


 突然のことに驚きつつも、アーリアは外していたニップルアーマーを付ける。


「ショウヘイ!」


 少女も予想外のことに驚きの声を上げている。


「うぉおおおおおお!」

「落ち着いて!」


 ショウヘイをなだめるように、アーリアは肩に触れた。その瞬間――。


「っ!?」


 ショウヘイの体が熱い。それに触れた肩から、強烈な力のようなものが発せられているのが感じ取れた。


「これが……Zリーヌンス!?」


 しばらくして光が収まると、ショウヘイはなにが起こったからわからないような表情でストレッチャーの上に体を起こしていた。

 アーリアも驚きならがその様子を確認すると、腹部に開いていた銃創は完全に塞がっていた。


「よかった……傷は治ったようね。それにこの力……やっぱり本当に存在したのね、Zリーヌンスは」


 アーリアはほっと、息と同時に笑みを漏らした。

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