第31話 強欲

 国境が突破されたとの報を受け、屋敷の室内は混乱を極めた。


 圧倒的なまでの戦力差を、一体どうやって覆したのか。

 敵の戦力の規模は、その進軍速度は、如何程だというのか。

 こちらの予想を上回る戦術や兵器の類でも用意していたのか。


 報告には続きがあった。

 敵戦力に鉄の巨人のような存在を確認、大砲の直撃を物ともせず、車両を一撃で粉砕してみせた。

 また、例の怪物どもを大量に捕えていたらしく、それらを解き放ち、前線は混乱を極めたとのことだった。


 まさかの報告の連続に、場は騒然となる。

 文明レベルの劣る二国が、この国を上回る兵器を用意していたこと。

 そして、あろうことか、国難ともいえる怪物どもを戦場に投入してみせるという暴挙。


 やはりと言うべきか、今回の一連の事態は、女王を確保できなかった場合も想定した上でのことだったようだ。



 くだんの巨人に敵わないまでも、流入してきた怪物への対処は現戦力でも可能なはずだ。

 そして、その巨人に対しては、俺が【転移てんい】で何処ぞに捨ててくれば済む話である。


「女王様――いえ、お嬢は怪物と騎士たちへの対処を。巨人は俺が何とかしてみます」


「……そなたに可能なのか?」


「まぁ、高い所から落としてもいいし、それこそ空気の無い場所に捨ててきてもいいので」


「……何とも、話を聞けば聞くほどに、そなたの方が余程質が悪いな」


「それはあんまりな評価じゃないですかね……」


「いや、済まぬ。ではそちらは頼むとしよう。その他に関してはワシらに任しておけ」


「はい、分かりました」


 そうして、女王との話を終え、取り敢えずは国境の砦へと【転移】を行う。


≪転移≫


 眼下では怪物どもに人々が襲われていた。

 統制などできていないのだろう、敵の騎士も、軍の兵士も、誰彼構わず怪物どもに襲われているようだった。


 俺は嫌な記憶を思い出しながらも、今すべきことを考える。

 流石に怪物どもの数が多過ぎる。

 俺が対処できる物量ではない。

 やはり、当初の目的どおり、巨人に標的をしぼる他無いか。


 どうやらこの辺りには、もう巨人は居ないようだ。

 ということは、より街に近い場所へと移動しているということに他ならない。


 俺は高度を上げながら、街へと向かう。

 流石に対空兵器を有してはいないかもしれないが、例の砦の砲台もある。

 もしかしたら、鹵獲ろかくされた砲台もあるかもしれない。

 今は、余計な横槍を入れられている場合ではない。

 速やかに巨人を捕捉し、迎撃せねば、被害が拡大する一方だ。




 予想以上に街に近い場所で巨人の姿を捕捉した。

 道中の砦は全て突破されてしまっていた。


 巨人とは呼ばれていたが、精々が全長3メートル位の代物だった。

 巨大な甲冑を想像していたが、視界に映るそれはSFモノのパワードスーツのように機械的な造形をしていた。

 あの二国の何処にこんなブレイクスルーが可能な技術があったと言うのか。


 理由はともあれ、やるべきことは変わらない。


≪転移≫


 俺は巨人の傍に現れ、その表面に手を触れる。


≪転移≫


 すかさず、上空へと【転移】した。

 巨人は重力に引かれて落下してゆく。

 そして響く轟音と衝撃。


 余程頑強な作りをしているのか、巨人の表面に変化は見られない。

 とはいえ、中身は人間のはずだ。

 あの高さから落下して、無事で済むはずは無い。



 クレーターの中心に居た巨人が起き上がる。


 マジですか、あれで動きますか。

 俺は驚きを隠せない。

 あれは見た目以上に常識の埒外らちがいの代物のようだ。


 巨人の顔がこちらを向く。

 そして両腕がこちらに伸ばされる。


 明らかに嫌な予感しかしない。

 俺は結果を見届けずに【転移】を行う。


≪転移≫


 巨人から離れた位置に現れた俺の視界に、光の柱が天へと伸びた。

 あろうことか、巨人がビームを放ったらしい。

 マジであれは何なんだ!?

 何処かの古代の遺物的なヤツですか!?


 俺が居ないことに気が付いたのか、巨人の頭が周囲を見回す。

 見つけた俺目掛け、ビームを放ったままに両腕を回してきた。


≪転移≫


 食らう前に【転移】で避ける。

 これは下手に地上に降りられないな。

 避けることは容易いが、周囲の被害が甚大だろう。

 今のところ、あのビームは宙に向けて放たれているだけだが、あれが地上を襲った場合、どれ程の威力があるのか試してみるわけにもいくまい。



 頑丈なのは理解できたので、今度は空気の無い場所に連れて行くとしよう。


≪転移≫


 俺は巨人に手を……触れられなかった。

 身体が動かせない。


 俺が驚愕に固まる中、巨人から声が響く。


「やはり、貴様だったか」


 この声、まさか、オッサンか!?

 一国の王が自ら出て来たのか!?


「……どうやら、動けんようだな?」


 こちらに巨人の顔が向けられている。

 俺の動かない様子を見て、そう察したようだった。


「まさか瞬時に移動してみせるとはな。報告は受けていたが、この目で見るまでは信じられなかったが」

「しかもこの【魔術機甲まじゅつきこう】までも共に移動させてみせるとはな」


 それ魔術で動いてるのかよ!?

 俺の思ってた魔術と大分違うんですがね!

 俺の期待を返して頂きたい!!


「だが、そんな貴様も、この【魔術機甲】の前では止まったはえに等しいわ!」


 巨人の両手が俺を抑えつける。


「何故動けんか不思議そうな顔だな? フハハハッ、どうだ、魔術の力は偉大じゃろう?」

「この【魔術機甲】の周囲に、あらゆる物を静止させる力場を形成しておるのだ」

「あまり多用できるモノでもないが、貴様相手ならば致し方あるまい」


 くそっ、初撃で仕留められなかったのは痛かったな。

 その力場とやらが張られていては、【転移】に巻き込めない。

 白狼はくろうの時みたく、【リング】を拡張させようにも、動けないのではそれも叶わない。


 とはいえ、接触することが難しいだけで、俺は【転移】可能なままだ。

 しかも、今はわざわざ巨人の方から俺に接触している状態だ。


 ……しかし、【転移】は発動しなかった。


「……どうやら、先程の移動もできないようだな?」


 この口振りから察するに、これも巨人の魔術とやらなのか?


「この両手には行動疎外の魔術が仕込まれておる。効果の程は、その身で味わったことだろう」


 つまりは近づくのも、手に掴まれるのも駄目だったわけか。

 俺との相性が悪過ぎないか?


「これで貴様を始末してしまえば、私を邪魔できる者も居なくなる」

「そうすれば、あの女王も、あの兵器も、あの国も、全て私のモノだ!!」


 オッサンの口から次々と飛び出す欲望の数々。

 それに比例するかのように、俺の中に肥大化してゆく不快感。


 ――【強欲】。


 そんな言葉が頭に浮かんだ。


 成程、こいつが【強欲の眷属】だったわけか。

 随分と最初期に会ってたんだな、畜生が。


「そうなれば、草原の国も私には逆らえまい。あの国諸共に、あの若造の女共も私がいただくとしよう!!」


 鬱陶うっとうしい高笑いが続く。

 思っていた以上の、いや以下の屑だったようだ。



 まぁ聞くだけ聞けたし、もういいか。


【リング】の加重を最大にする。

 巨人の両手から俺の身がすり抜け、地面へと落ちた。


 やはりか。

 魔術で宙に浮けないとか言ってたから、そうではないかと思った。

 どうやら魔術では、まだ重力には干渉できないらしい。


 あとは、どうやってこの巨人を始末したものか。


「っ!? 何だ!? 何が起きた!?」

「貴様、まだ何か力を隠し持っておったのか!?」


「あんたの方はもう隠し事はないのか? この際、全部話してスッキリしておいたらどうだ?」


「貴様ぁ! 調子に乗るでないわ!!」


 巨人の両腕が振るわれる。


【リング】を反重力にセット。

 巨人が吹き飛ばされる。


【リング】で足止めぐらいはできそうだが、決定打に欠けるな。

 相変わらず、俺には攻撃力が足りていない。


 巨人が身を横たえたままに、両腕をこちらに向けた。


 咄嗟とっさに避けようと身構えるが、背後に人の気配。

 思わず後ろを振り返ると、敵国の騎士たちが慌てて射線から離れようとしているところだった。

 ここで俺が避けると当たる、か。


 光線が放たれた。

 俺に直撃する。


 どうやら【聖衣せいい】を破る程の攻撃力は無いようだ。

 敵の攻撃を防げるのはありがたい。

 ただ、これ以上の攻撃を持ち合わせていないとも限らないのだが。


 光線が止む。

 巨人が立ち上がっていた。


 まったく、このオッサンにとっては、オッサン自身以外は眼中にないらしい。

 こういう輩が権力を握ると、本当に禄でもないな。


「私に敵う者など居ない! 誰も私には逆らえない! この世界は全て私のモノだ!」

「私の邪魔をする貴様は、この世界に存在してはならないのだ!!!」


 一刻も早く、ご退場願いたいね。

 最早、見るのも聞くのもウンザリだよ。






 瞬間、辺りがまばゆい光に包まれる。






 気が付くと、辺りの景色は一変していた。


 どこかの室内。

 周りには夥しい数の怪物の群れ。


 壁の一つだけガラス張りになっており、そこには人間が数人、こちらを見て驚きの表情を浮かべていた。



 何がどうなったんだ?

 俺は【転移】させられたのか?


 と、怪物の群れの中に、忘れるはずの無いモノが居た。


 イヌザルだ。

 やはり怪物の一種だったのか。


 ここは何処なんだ?

 まさか、穀倉地帯の国の魔術研究所とかいう場所なのか?

 だとすれば、怪物どもを生み出していたのは、あの国だったのか?


 俺の頭の中を疑問が埋め尽くしてゆく。

 状況の理解が追い付いていない。

 落ち着かなければ。


 だが、怨敵とも言うべき存在が目前に居るのだ。

 冷静ではいられない。

 いられるわけがない。


 この怪物を生み出したヤツを、俺は許すわけにはいかない。


 俺の世界を消滅させたのは、俺だ。

 だとしても、あの怪物が来なければ、そう思わずにはいられない。


 俺の世界の全てが俺をこそ恨むとしても、俺だけは怪物を恨まずにはいられない。


 思いがけぬ形での遭遇となったが、ここで決着といこう。

 この場から、誰も、何も、逃しはしない。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る