第30話 会議

 城の外壁の外側に車は停車した。

 城壁内は馬車等を想定した造りとなっているため、車両には対応していないのだそうだ。


 思えばこの国の城の外見を見るのは、これが初めてだ。

 外壁の外側には堀があり、城へは跳ね橋が下ろされている。


 先日、城内に侵入を果たすことになった地下通路は、この堀の下を潜るために深さを有していたのだろうか。

 それとも、更に下水道のようなものもあり、その下まで続いていたのかもしれない。


 女王に付き従って城門を潜る。

 女王の護衛はおらず、従者は俺一人だ。


 城に入って早々、件の騎士団長と魔術研究所所長に出くわした。

 女王の傍を同道する俺を見て、両者共、驚愕の表情を浮かべている。


「……わらわの連れに何かありましたか?」


 あぁ、公式の場ではその口調なんですね。


「……いえ、何も御座いません。失礼致しました」


「……左様ですか。では、案内を」


「ハッ、某が務めさせて頂きます」


 そう言って、騎士団長が案内を務める。

 俺たちはそれに従い、廊下を進んでゆく。


 正面階段ではなく脇道に逸れたので、謁見の間ではなく、別の部屋へと通されるようだ。

 まぁ、玉座に三国は座れないし、会議には不向きか。


 今度は階段を下りてゆく。


 ……何かおかしくないか?

 地下で会議するとか、普通在り得なくないか?

 よしんば密談ならいざ知らず、怪物による襲撃という、言うなれば国難への対処なのだ。


「……あの、会議の場って地下にあるんですか?」


「え、えぇ、実はお恥ずかしい話なのですが、昨日さくじつ、城内に賊の侵入を許してしまい」


 ん?

 それって俺のことだよな。

 それと、何の関係があるんだ?


「一時は捕えることに成功したのですが、油断を突かれ、あろうことか逃亡をも許してしまったのです」

「そのため、より外部からの侵入が困難な地下に、会場をご用意させていただきました次第です」


「……賊の侵入とは、あまり愉快な類の話ではありませんわね」


「ハッ、誠にお恥ずかしい限りです」

「ですが、警備を地上は勿論のこと、地下にも動員できる限りの数を投入しております。会議への乱入は万に一つも叶いません」


 何か、俺が侵入した件を上手いことダシに使われた感が否めないのだが。


 いや、そうだ、おかしいのだ。

 何せ、俺が【転移てんい】で逃げたところを目撃していたのは、他でもない、この騎士団長なのだ。

 そんな相手に対し、警備の数を増やしたところで対処のしようも無いことは、騎士団長も解っているはず。

 にもかかわらず、そんな台詞を、あろうことか、その侵入者本人を目の前にして言ってのけたのだ。

 俺が侵入したこともそうだが、当の本人がこの場に居合わせたのは、誤算だったに違いあるまい。

 さもなくば、【転移】できる相手を前に、警備上の都合で地下の部屋を用意したなどと言うはずが無い。

 言い訳を一つしか用意していなかったのだろうか。

 確かに、アドリブが得意そうには見えない。


 つまりは、これは罠なのだろう。

 目的が不明だが、俺を、というより、この国以外の国王を標的としているのだろうか。


 何はともあれ、会議の場では女王の傍を離れない方が良いだろう。

 いざという時は、女王を連れて【転移】することも視野に入れておこう。




 案内された会議室は、出入口が一つしかない小部屋だった。

 用意されていたのは円卓で、扉付近には、目尻の下がった気弱そうな印象のオジサンが座り、その隣に美形の若い男性が座り、部屋の奥側に女王と俺が座った形だ。

 当然、先の二名こそが、この国の王と、露店のおばさんが言っていた、イケメンの王なのだろう。


 部屋に入ってからというもの、オジサン――もとい、この国の王の視線が妙に気になる。

 女王に向ける視線もさることながら、俺にも時折視線を向けてくる。

 俺が先日の侵入者と聞いて、警戒しているのだろうか。


 そんなことは余所に、会議は進む。


 どうやら、他国でも怪物の目撃例、及び、被害報告が上がっているらしい。

 しかも、この国では、少なくない数の被害者が出ているようだ。

 国土の規模に反して、警備に当たれる騎士の数にも限りがあるのだろう。

 その数少ない騎士を、今日は城の警備に全て当ててしまったわけだ。

 怪物の対策会議のために、被害が増えてしまっては、何とも本末転倒な話だった。


 草原地帯の国では、騎馬隊の活躍もあり、国民への被害は出ていないようだ。

 騎士との散発的な戦闘があるとのことだった。


 この若い国王の様子も、どこかおかしい気がする。

 妙に落ち着かないというか、気もそぞろというか。

 会議以外の何かを気にしているように感じられる。


 そして、穀倉地帯の国王に対して、俺は既視感をつのらせていた。


 声だ。

 この声には聞き覚えがある。


 そう、あの馬車の主人であり、あの屋敷の主人でもある、あの仮面で顔を隠していた人物。

 屋敷から城へと通じる地下通路の存在といい、これはビンゴだろう。

 道理で視線を感じるわけだ。

 屋敷で殺されているはずの俺が、何食わぬ顔でこの場に居るのだから。


 となると、あの馬車が街道を道なりに進んでいたと仮定するならば、草原地帯の国が目的地だったということになる。

 三国間の会議を控えている矢先に、国王がお忍びで他国に向かっていた。

 では、その目的とは何か?

 三国の内、二国間で何かしかの密談が行われていたとしたら?

 若い国王の落ち着かない様子は、それを裏付けているのではないのか?


 疑惑が益々深まってゆく。

 俺は、会議の内容から頭を切り離し、この場の動きにのみ集中する。




 果たして、動きがあった。




 突然扉が押し開かれ、騎士たちが雪崩れ込んできた。

 俺は、待ってましたとばかりに即座に反応し、女王を片腕で抱き寄せ【転移】を行う。


「キャッ!?」


≪転移≫


 車の停車していた位置へと出現するが、そこには幾人もの騎士が配置されていた。

 同乗してきた男連中の安否も分からない。

 ……っていうか、さっき可愛いらしい悲鳴みたいな声が聞こえたような?


≪転移≫


 すかさず、鉱山の国の屋敷まで【転移】を行った。

 流石にあのまま他の人を助けている余裕は無い。

 優先すべきは女王の身の安全だろう。


【転移】の連続により目まぐるしく場所を移動したためか、女王の反応が無い。


「女王様、大丈夫ですか? 御加減を悪くされましたか?」


「…………」


 声を掛けても反応が無い。

 まばたきはしているし、気絶しているわけではなさそうだが。


「女王様? 大丈夫ならお返事ください」


「…………」


 返事が無い。

 大丈夫じゃないのか?


 ひとまず、屋敷内へと連れ込み、使用人を呼ぶ。

 すぐさま駆け付けて来た使用人に、軽く説明して女王の身を預ける。


 流石に、この屋敷の使用人まで敵に寝返っていたら洒落しゃれにならないが、どうしたものだろうか。


 すると、ようやく意識を取り戻したのか女王の声が聞こえてきた。

 使用人を振り解きつつ、何かを言っているようだ。


「……んて」


 何だって?

 良く聞こえないんだが。


「……なんて」


 まだ良く聞き取れない。



「いきなり抱き寄せてくるなんて!!!」



「うぉっ!?」


 いきなり大声を出してきた。

 思わずビックリして声が出た。


「何なんじゃいきなり!? おぬし、ワシに欲情しおったのか!?」


「アホか!」


「アホとは何じゃ、アホとは!?」


「あの会議は罠でした。俺たちを、というより、女王様を捕縛するつもりのようでした」


「そんなことは言われんでも分かっとるわ! 何故いきなり抱き寄せてきたんじゃ!?」


「何故も何も、襲撃から咄嗟とっさに逃げようとしたんですが……」


「もっとこう、別の手段ぐらいあったじゃろ?」


「……もしかして、照れてるんですか?」


「っ!? ば、馬鹿を申すでないわ! ワ、ワシが照れておるとか、そんなわけなかろう!!」


 乙女か!

 あーもう面倒臭い。


「アー、ハイ、ソウデスネ。スミマセンデシタ」


「おぬし、本気で謝っておらんな!?」


「……それで、これからどうしますか? 向こうに車ごと同乗者も置いてきてしまいましたし、二国が今後どう動くか分かりませんよ」


「あやつらなら問題ないわい。あんな弱卒共相手に遅れは取らん」

「二国の今後の動きじゃが、これは現時点では何とも言えんのぅ」


「……結論は?」


「直ちに国境を封鎖し、他国の侵入を阻止する」


「残してきた人たちについては?」


「あやつらならば、走ってでも戻って来られるわい」


「そう……ですか?」


「うむ、心配無用じゃ。それよりも、あの二人は一体何をしたかったんじゃ」


 確かに、女王を拘束して、何をしたかったのだろうか。

 オッサンの方は、どうにも身体目当てな視線をしていたように感じた。

 俺を殺そうとしたり、女王をかどわかそうとしたり、あのオッサンは要注意人物だな。


 一方、若い国王は何が目的だったのか。

 女に苦労する顔でも立場でも無いだろうし、国土や軍事力が目的だったのだろうか?

 軍事力ならば、情勢から考えると、むしろオッサンの国の方が欲しがりそうではあるが。


「怪物どもへの対処はどうしますか、女王様? 国境に戦力を集中させると、一般人への被害が増えそうですけど」


「……その呼び方は止めよ。ここは屋敷の中じゃしな」


「……え? えぇ、分かりました、お嬢」


「うむ、それで、怪物への対処じゃったか。一時的に民衆を一か所に避難させ、集中的に守るしかあるまいか」


「そうですね。できればその方が良さそうです」


「では、迅速に行動すべきじゃな」






 こうして、鉱山の国は他の二国と緊張状態へと移行した。


 国境では、砦を中心として軍が配備され、他国の侵入を阻んでいる。

 国民に関しては、街のスタジアムを避難所として利用し集まってもらい、その周辺を軍で警備している。


 この国の戦力ならば、他の二国を相手取ってもお釣りが来る。

 騎士や騎馬に対して、大砲や車両があるのだから。


 だが、連中もそれぐらい理解しているはずだ。

 それでも尚、侵攻してくるのだとしたら、こちらの想定外の戦力を有しているか、戦闘以外でどうにかできる勝算があるのか。

 どちらにしろ、油断しないに越したことは無い。



 そして、国境からの報告が届いた。


 その内容は、国境を突破されたというものだった。





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