第17話 嫉妬

 まさか。

 まさか、まさか、まさか。


 まさか、あの狼が俺と同じ【救世主きゅうせいしゅ】だったとは……。


 狼が使用した【救世きゅうせい】により世界が消滅する寸前に見た光景は、俺の時と同じ、白い光の柱が一瞬にして広がる様だった。


 その狼も、元の灰色から、白狼はくろうと呼び表せる姿に変じていた。

 そして、【聖衣せいい】と思われる羽衣までまとっていた。


 予想外にも程がある。

 あの狼は、【救世】と【暴食ぼうしょく】を最低でも有していたわけだ。

 そう、最低でも、だ。

 もしかしたら、【美徳びとく】のいずれかも有している可能性がある。

 女神の話では、【救世主】は元々【美徳】を有している傾向にあるらしいからだ。


 今や白狼となった奴は、元々長けていた攻撃力に、防御力と回復力が追加されたのだ。

 これで【神樹しんじゅ】相手に勝つことも難しくなくなっただろう。


 新たな懸念としては、【救世】を使用される恐れがあることだ。

 だが、こちらは可能性が低いように思われる。

 今しがた使われた後では説得力が皆無だが、【暴食】による飢餓感により、【救世】による消滅よりも捕食を優先させる公算が高いからだ。


 さっき【救世】を使用したのは、恐らく、俺が届かない位置に居続けた所為で、焦れた狼が発動させてしまったように思う。

 実際のところは、狼にしか分からないことではあるが。




 さて、この無明の闇に訪れるのも、もう三度目になるのか。

 一度目は俺が【救世】を使用し、俺の居た世界を消滅させた際。

 二度目はおやっさんの重力炉の暴走した炉心を捨てに、先述の消滅後の世界に渡った際。

 そして、今回。


 先の白狼の位置も最早分からない。

 当然、白狼自身はより混乱の渦中にあるはずだ。

 何せ、いきなりこの光も音も空気も無い場所に放り出されたわけだからだ。


 つまり、白狼を【転移てんい】させるなら、今こそが好機というわけだ。

 白狼は、この空間で動く術が無い。

 一方の俺はと言えば、【リング】の重力制御により、移動は可能だ。

 例え、白狼が視認できていなくとも、白狼を起点に重力落下すればいい。


 色々、想定とは異なっている状況ではあるが、白狼の混乱が収まる前に、事を済ませてしまおう。




 俺は【リング】の重力制御で白狼へと落下する。

 何処に何があるかは見えないため、最初に触れた箇所へと思いっきり抱き着く。

 すぐさま【リング】を外し、白狼と俺を巻き込むように装着する。

 そして仕上げに【転移】を行う。


≪転移≫


 急に光が戻って来た。

 目がくらみつつも、両者を繋いだ【リング】を外し、自身に装着しなおす。


 直後、下の方から重たい物が衝突する轟音と衝撃が伝わって来た。

【リング】の重力制御から外れた白狼が地面へと落下したのだろう。


 イメージどおりなら、【神樹】にほど近い樹海上空に【転移】できたはずだ。


 徐々に光に目を慣らしながら、周囲の状況を確認する。

 眼下では、樹海に大きな穴が空き、そこで白狼が木々から伸ばされた枝に纏わりつかれていた。


 動きの鈍い白狼の様子から、もうしばらくは、白狼の再起に時間がかかりそうに思える。

 今のうちに、【森の民】の村へおもむき、避難を呼び掛けておくとしよう。

 これから先、どのように状況が推移するか予想するのは難しいが、流石に無関係を決め込むのも気が引ける。


≪転移≫


【森の民】の村の上空に【転移】した。

 村に直接降り立たなかったのは、また囲まれたり、拘束されたりするのを避けるためだ。


 住民は、先の轟音と衝撃に対し、不安と焦燥にかられているようだった。


 何か御免なさい。

 でも、これからが本番なんです。


 そんなことを思い浮かべつつ、村の奥にある神殿へと向かう。

 神殿の中に足を踏み入れると、そこには前よりも人が集まっているようだった。



「一体何事じゃ!?」

「【神樹】がお怒りなのではないか!?」

「先だっての異邦人はどうなったのじゃ?」

「【巫女みこ】様、【神樹】は何と仰っておられますか!?」


 色々、混乱のただ中にあるようだった。

 その原因は俺だが。


「ハイ、皆さん、ご注目!」


 なるべく大きな声で、部屋の入口から声を掛ける。

 皆、一様に驚きに身を固めていた。

 驚愕きょうがくが収まる前に、言うだけ言って退散するとしよう。


「これから、この村へと大型の獣が襲来してきます」

「先程の轟音と衝撃は、その獣によるものです」

「程なく、【神樹】はその獣から皆さんを守るために戦うこととなるでしょう」

「ですので、皆さんは【神樹】から離れた、何処か安全な場所へと避難してください」


 言い終え、さくっと退散した。

 その背に聞き覚えのある老人や【巫女】の声が聞こえた気がしたが、俺は振り返らないし、足も止めない。

 神殿から出ると、素早く上空へと飛び、【神樹】から距離を取るように退避する。


 今は沈黙を保つ【神樹】を見やり、心の中で呟く。


 さて、報いを受ける覚悟はできてるか?




 眼下の村では、まだ避難は始まっていない様子だった。

 まぁ、俺にあんな話をされたぐらいで、一斉避難が始まるわけもないが。

 だがそれも、白狼が現れるまでのことだろう。

 流石に白狼を目撃すれば、避難を始めるだろう。


 と、派手な音と振動が響き始めた。

 ようやく白狼が活動を再開したようだ。


 上空からそちらを見やると、手数の多さに白狼が苦戦しているようだった。

 鬱陶うっとうしそうに、木々から次々と繰り出される枝を避けたり、薙ぎ払ったり、噛み千切ったりしている。


 すると、白狼が一際大きな咆哮を上げた。


共喰ともぐい


 途端に、木々が互いに滅ぼし合いを始めた。


 どうやら、白狼が【暴食】の力を使ったらしい。

 邪魔するものが居なくなったことで、遂に白狼が【神樹】を目指して駆け出してくる。


 眼下を見るが、まだ、状況が理解できていないのか、戸惑いを浮かべる人々の姿が見えた。


 樹海が途切れる辺りへと、白狼が迫ってくる。

 村からも、漸く白狼が視認できたようだ。

 方々ほうぼうから悲鳴が聞こえてくる。


 白狼が遂に樹海を抜ける寸前、【神樹】が迎撃を行った。


 幹から枝を伸ばすのではなく、樹上に伸びた枝を大地に降らせてきた。

 数も太さも規格外、巨大な杭となったそれらが、白狼へと殺到する。

 流石に食らうのを嫌ったのか、白狼が後ろへと飛びずさる。


 だが、幹から伸ばす枝とは違い、元より伸びている枝が更に伸びて殺到しているため、攻撃範囲が桁違いだった。

 白狼の逃げる先まで覆い尽くす程の量が、押し潰すように殺到した。


 地面へと叩きつけられ、轟音と衝撃が響き渡る。

 その後、僅かな停滞が生じる。


 白狼の姿は、無数の枝が天より地へと縫い付けられており、視認できない。

【神樹】も次の行動へと移らない。


 動いたのは白狼だった。


 木の破砕音が連続する。

 内側から食い破ったのか、枝の檻の中から、白狼が外へと飛び出してきた。


 槍衾やりぶすまに晒されたはずだが、【聖衣】の加護にるものか、白狼の体に傷は見当たらない。


 白狼の様子に、俺は満足気に頷く。

 この様子なら、【神樹】を倒しきることもできそうだ。


 すると、問題に気が付く。

 残った白狼への対応はどうしたものか。

 きっと、放っておけば、この星も食べ尽くしてしまうことだろう。


 んー、どうにも行き当たりばったりに過ぎる。

 軽く事態を動かし過ぎた気がしてきた。

 これ、本当に収拾がつけられるのか……。

 取り返しがつかない事態が起き始めているのではないか。

 焦燥感しょうそうかんつのり始めて来た。



 俺の思案を余所に、【神樹】と白狼の両者は争いを続ける。


 迫る白狼に対し、【神樹】の幹から枝が突き出される。

 更に、上からは先程の樹上の枝が突き下ろされる。

 止めとばかりに地面からも根が突き上げられる。


 三方から迫る脅威に対し、白狼は攻撃の来なかった後方へと跳躍ちょうやくする。

 しかし、後方からは樹海からの攻撃が殺到した。

 白狼は避けるそぶりすら見せずに攻撃を食らう。


 樹海の攻撃は【聖衣】を破ることはできなかった。

 白狼は無傷のまま、【神樹】の攻撃をやり過ごし、その身へと迫る。


 遂に、白狼が初めて樹海を越えた。

 木々の無い空間へと躍り出る。

 白狼の目が【神樹】から足元の村、その場で身をすくめた人々を捉える。

 地面をすくい取るように、地面に顎を付け、口を開きつつ、人々へと迫る。


 やっぱりこうなったか……。

 俺は、苦い思いを噛み締めながらも、ある意味予想どおりの展開に溜息をつく。


 人々へと、白狼のあぎとが届く寸前、白狼の目に拳が突き立った。


 白狼は、痛みは感じなかっただろうが、反射的に飛びずさった。


 俺は、突き出した拳を収め、村から離れるように移動する。

 流石に、あらかじめ予想していなかったら、間に合わなかっただろう。

 とはいえ、かなり分の悪い賭けだった。

【聖衣】の加護は俺自身が一番理解しているのだ。

 俺の拳程度が通用するとは思っていなかった。


 だが、如何に防御に優れようと、それは所詮しょせん借り物の力にすぎない。

 纏う本体が、いきなり強くなったわけでは無い。

 痛みを感じないはずの攻撃に、しかし、反射的に動作してしまったわけだ。



 さて、これで俺も白狼に見つかってしまったわけだ。

 横目に村を見やれば、漸く人々は事態の深刻さを理解したのか、避難を開始していた。


 この事態を招いた責任は、俺にもある。

 伊達にこの数日間で幾つもの修羅場を潜り抜けて来たわけでは無い。

 せめて、村の人が避難できるぐらいは凌いでみせようではないか。

 精々、死なない程度に。


 俺の背に何かが当たった。

 そう思った瞬間、俺は白狼へと撃ち出されていた。


【神樹】が枝を突き出し、俺を背後から攻撃したのだ。

 そりゃそうだ、敵の敵は敵ですよね。

 元より、【神樹】をこそ倒そうと思っていたのだ。


 待ち構えた白狼の開かれた口に入る寸前、俺は地面に向けて【リング】で加重した。

 あごの下を抜け、そのまま下腹へと滑り込む。


 流石に【転移】が使えない場所でやり合うのは分が悪過ぎる。

 何とか樹海側へと向かいたい。



 しかし、そのいとまもなく、【神樹】が俺と白狼を襲う。

 周囲の地面から根が、上空からは枝が、杭の形状で突き出してきた。

 が、向かった先は、俺たちではなく、周囲で根と枝が互い違いでぶつかり合う。

 すると、俺たちを閉じ込める檻が出来上がる。

 僅かの隙間も無い、ドーム状の囲いとなっていた。


 当然、閉じ込めるだけでなく、あの鋼鉄の処女アイアン・メイデンのように、内側に尖った杭状の枝が生成される。

 間を置かずに、一斉に内側を杭が伸び貫いた。


 俺は、白狼の下に居たお蔭で、大半は食らわずに済んだ。

 一方、白狼はそのほとんどをその身に受けている。

【聖衣】を突き破りはしなかったようだが、そこに加えられた力は健在だ。

 白狼が地面へと押しやられ沈み込む。


 俺はあわや潰されそうになりながらも、白狼の下から飛び出した。

 だが、この檻を脱出する術がない。

 まだ、樹海の外側に居るため、【転移】は使えない。

 ここは白狼に何とかして貰うしかないが、この狭い空間の中で、俺が襲われずにそれを無事遂行できるかは疑問だった。


蟒蛇うわばみ


 白狼が何かしかの力を発現させたのか、檻に噛みついた。

 途端、檻が白狼の口の中へと吸い込まれてゆく。

 檻の形状が歪んでゆき、程なく破砕した。


 俺はその機を逃さず、樹海へと一目散に飛び出す。


 巨大な質量が頭上から落ちてくるのを感じた。

 目線だけを向けると、先程の檻ごと潰すつもりだったのか、檻の直径の数倍はある巨大な杭が振り下ろされてきていた。

 俺も、まだ範囲内から抜け出せていない。


 迫る巨大杭に気が付いたのか、白狼が上向きに口を開ける。


風食ふうしょく


 何処からか乾いた風と砂が集まって来た。

 それは巨大杭へと下から吹き上げる。

 すると、それを受けた巨大杭は見る間に風化してゆく。


 水気が無くなり、見るからにもろくなった巨大杭は、白狼の一噛みで破砕してしまった。


 俺は何とか樹海上空へと辿り着いていた。

 今なお、上空からは風化し破砕した巨大杭の破片が降ってきている。



 白狼は強い。

 白狼は【暴食】の力を行使しているのだろう。

 対して、【神樹】は自身の体や樹海の木々を操っているようだが、特別、【嫉妬しっと】の力を行使しているようには見受けられない。

 このままいけば、【神樹】が倒されることだろう。

 その後、白狼をどうするかが依然として問題なわけだが……。


 いよいよ、白狼がその牙を【神樹】の幹へと突き立てようとする。

 白狼の口が勢い良く閉じられた。

 響いたのは、白狼の牙が噛み合わさった音だけだった。


【神樹】は信じ難いことに、その巨大な幹を、複数に縦状に裂け、根からまるで花のように広がっていた。

 白狼は花の如く開いた幹の中に顔を突き出した形だ。

 白狼が顔を引っ込める前に、【神樹】の幹が元の形状へと戻る。

 白狼の顔が閉じた幹によって、首から先が挟まれていた。


 その様子はまるで、白狼が【神樹】に食べられているようだった。


【聖衣】を凌駕しているのか、白狼の体が苦しそうに藻掻く。

 閉じた幹に対し、前足の爪を立て何度も引き裂くも、【神樹】は頑なにその身を硬化させているようだ。

 今なお、幹の中心へと収縮し続けているのか、白狼の体の動きが激しさを増す。


 いきなり形成が逆転していた。

 何とか【神樹】の注意を逸らす必要がある。


 視界の端に、何かが地上で動くのを捉えた。

 視線を向けると、そこには何故か【巫女】が居た。

【神樹】へと駆け寄っている。


 それを認識した瞬間、血の気が引いた。

 あれは不味い。

 彼女に何かあれば、状況が更に悪くなる予感しかしない。


 すぐさま、【巫女】の元へ【転移】する。


≪転移≫


 何とか【巫女】の腕を掴んだ。


 突然現れたあげく、腕を掴まれた【巫女】はその身を硬直させていた。

 ここからでは【転移】ができない。

 仕方なく、【巫女】を連れて移動する他ない。


 すると、我に返ったのか、【巫女】が俺の手を振り解こうと身を捩る。


「離して、離してください!!」


「ここで何をしてるんですか!? 死にたいんですか!?」


 彼女の叫びに、俺も叫び返す。


「【神樹】の悲鳴が聞こえるのです!! わたくしがお鎮めして差し上げなければ!!」


「……っ!?」


 この状況で、自分の身よりも【神樹】の身を案じてるのか。

 俺が想像していた以上に、彼女の信仰心は強かったようだ。


「私が御許みもとへ参らねばならないのです!! ですから、その手を離してください!!」


「死ぬと分かっていて、行かせるわけにはいきません!」


 俺は手を離さず、【巫女】を引きずるようにその場を離れようとする。

 彼女は、尚も抵抗してくるが、状況は予断を許さない。

 速やかに退避しなければ……。




 彼女の上げた叫びを聞きつけたのか、【神樹】が俺を攻撃した。


 地面から突き出てきた根に押され、俺の体が宙を舞う。

 不意の衝撃に掴んでいた手が離れる。


 そこからの時間は、ゆっくりに感じられた。


 俺はともかく、彼女はこの高さから落ちたらひとたまりも無い。

【リング】で彼女の元へと加重する。


 彼女の身は既に地面に程近い。

 焦りが全身を支配する。

 届け、届け、届けぇーー!!


 手を限界まで伸ばし、彼女へと迫る。

 俺の目の前で、手の届く範囲で、死なせてたまるか!!


 時間がコマ送りになったかのような感覚の中、遂に指先が彼女の服を捉える。

 すかさず、指先を曲げ引き寄せる。


 寸での所で、彼女を抱きかかえて、俺を下敷きにして地面に衝突した。




 危なかった。

 今のは危なかった。


 俺は今の出来事を振り返るのを中断し、腕の中の【巫女】の状態を確認する。

 ……意識は無いが、呼吸はしている。

 どうやら、助けられたようだった。


 安心した拍子に脱力しかけるが、まだここは危険のただ中だ。

 気を引き締め、この場からの離脱を図る。


 兎に角、【神樹】と白狼から離れよう。


 すると、眼前の地面が不自然に盛り上がり始める。


 またか!?

 咄嗟に横方向へ加重をかけ、それらを回避する。

 一瞬後に、先程の場所から尖った根が突き出て来た。


【神樹】は執拗に俺を狙っているようだ。

 いや、正確には【巫女】を抱えた俺、なのだろう。

 俺に【嫉妬】を向けているのか。


 だが、この場で【巫女】を離せば、彼女こそが死んでしまう。

 それが【神樹】には理解できていないのだろうか。

 それとも【嫉妬】に狂い、前後不覚になっているのか。


 明らかに、俺ごと【巫女】を殺す勢いで攻撃が繰り出され続ける。


 攻撃を避けながらだと、退避もままならない。

【神樹】からの距離が稼げないまま、攻撃の回避に専念する。



【神樹】が俺に意識を向け過ぎたのか、白狼が動きを見せる。

 幹に四肢を着き、全力の跳躍を行った。

 頭の脱出に成功し、白狼が宙返りをして、地面へと着地する。




 最悪だ。

 最悪のタイミングだった。


【神樹】の攻撃を回避した先に、白狼が着地してきた。


 俺は咄嗟のことに避けられず、何とか白狼に背を向ける形でぶつかるのが精々だった。


 白狼にぶつかり、宙に弾かれた俺を、白狼の目が捉えたのが分かった。


 白狼の口が開かれる。


 俺は【リング】で白狼とは反対側へと全力で加重する。


 頭を先頭にして離れ行く中、白狼が口を閉じた。




 激痛!




 次いで襲う、喪失感。




 俺は地面へと吹き飛ばされた。

 受け身を取ることもできず、勢いのままに転がりゆく。



 耳にキーンという音だけが響く。



 白狼の閉じた口は、俺の両腕を含む半身を食い千切っていった。



 激痛にあえぐ中、俺の視界にあるのは、両腕と胸から下が無くなった俺だけ。



【巫女】が居ない。



【巫女】は俺が両腕で抱えていた。



 だが、その両腕はここには無い。



 その両腕が抱えていた【巫女】の姿は無く、その痕跡すらも無い。



 視界の先、白狼の口が何かを咀嚼している。



 口の中には何があったのか。



 頭が状況を理解するのを拒んでいる。






狂乱きょうらん






 瞬間、世界が激震した。


 まるで叫び声のような地響き。


 視界が赤い光に包まれてゆく。


【聖衣】により治り始めた体を起こし、何も考えられない頭のまま、それを見やる。


【神樹】がその全身から赤色の光を放っていた。





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