第14話 樹海
テレビでしか見た事の無いような、否、テレビですら見た事の無い程の、巨木が乱立している。
前後左右は勿論、上を仰ぎ見ても、枝葉が雲の如く空を覆っており、日光すら遮られている。
周りが巨大過ぎると、逆に、俺が縮んでしまったような錯覚を覚えてしまう。
むせかえるような緑の中に、俺は居た。
より正確には、木の中に。
今現在、俺は木に食われかけていた。
地球にも食虫植物が居たのは知っている。
見た事は終ぞ無かったが。
だが、今、俺を食っているのは、樹木、だった。
ゲームに出てくる動く木と言えば、トレントを想像する。
木の幹に顔があって、根や枝を動かし襲ってくる奴だ。
まずこいつは、見た目が違った。
そもそもが高層ビルのような大きさを誇っているのだ。
その太いというより、壁のような幹から、触手のような枝が無数に伸ばされた。
当然、周囲は木々だらけ。
襲ってきた木は、一本ではなく、無数。
そして、伸ばされた枝は、更にその数十倍。
目下、周囲から枝に
別段、木々に対し、危害を加えたわけではない。
流石に、根を踏まないように注意したりはしなかったが、木の幹に触れたりもせず、木に蹴りをかましたり、小水を掛けたりなんか断じてしていない。
ただ、普通に木々の間の地面を歩いていただけだ。
この扱いには納得がいかない。
もっとも、人間と植物では、様々なモノが異なる。
人間には植物の行動原理など、理解の及ぶ筈もない。
木に対するならば、火が基本だろう。
しかし、残念ながら俺に火起こしの芸当は無理だ。
いっそ、魔法が使えれば……。
……いや、異世界なんだし、魔法ぐらいあってもおかしくはない。
というか、森と言えば、エルフ!
エルフは魔法も使えるし、美男美女だと地球では、最早常識だった!
そうだ、エルフに会いに行こう!
……とりあえず、現実逃避してみたが、状況に進展はない。
俺は仕方なしに繭の外へと【
すると
こうなれば、力技で突破するしかない。
【転移】直後、再び【転移】をする。
更に、1回の【転移】毎に、視界の先限界まで【転移】するように心がける。
これで行ってみよう。
……無理だった。
そもそもが、整備された林道などではなく、木が無秩序に生えている。
しかも、一本一本が巨大なわけだ。
結果的に、視界の大半は木が占めてしまい、遠くに【転移】すること自体無理だった。
これは地道に近場の【転移】を繰り返すしかないのか……。
いや、いっそ樹上に【転移】して周囲を探ってみるか。
……待てよ。
よくよく考えてみれば、【リング】の力は【転移】だけじゃない。
俺は宙を浮ける筈だ。
樹上を浮いて移動しすれば良いのだ!
今までの道程が嘘だったかのように、平穏な移動が可能となった。
この世界の樹木は、地上の生物に対し容赦が無いが、樹上を飛ぶ生物に対しては
この世界で地上を歩くのは無謀だということが、良く解った。
そうなると、この世界の植物以外の生き物はどの様に生きているのかと、疑問が浮かぶ。
鳥なんかは空を飛べるだろうが、とはいえ、羽を休める場所が必要の筈だ。
かといって、木に近づくと食われるだろう。
木が無い場所が何処かにあるのかもしれない。
陸上生物はどうだろうか。
あの枝を避けられる程の素早さを備えているか、または、樹木に察知されないような特性でも無い限り、生存する道はないのではなかろうか。
……どちらにせよ、この世界で陸上生物を見かけたら、樹木以上に用心する必要があるわけだ。
何せ、あの樹木をして捕食できない相手という
眼下には、相変わらず、木々の葉が
ともすれば、一面の葉が海のようにすら見えてくる程だ。
……成程、これなら樹海って表現があるのも頷ける。
まぁ、地球でこれ程の景色を見た人間が居たかは分からないが。
きっと、感性が豊かな人物だったのだろう。
と、その時、視界の遥か先に文字どおり天まで伸びる何かを捉えた。
薄っすらと見えるそれは、しかし、一向に近づく気配がない。
一体、どれ程遠くにあるというのだろうか。
【リング】の重力制御の出力を強める事にする。
今までよりも、目の前に向かって、落ちてゆく速度が上がるイメージを抱く。
おぉ、これは速い!
景色が凄い速さで流れてゆく。
目標物も徐々にその姿を
木だ。
眼下の木々とは比べ物にならない、天に届く巨大樹。
その威容は、幹の部分ですら雲を貫き、枝葉に至っては、視認できない。
木の周辺に影が差していることから、雲の上に広がった枝葉が日の光を遮っているのだろう。
いやいや、これ、マジで宇宙まで届いてるんじゃ!?
……いや、流石にそれは無いか。
地球ですら、そんな高さを誇る建造物はおろか、世界一の標高を誇る山ですら、宇宙なんて届く訳も無かった。
確か、火星になら、地球の3倍位の山が存在する、みたいな話を聞いた覚えがあったが、それでも宇宙には届かなかっただろう。
ゲームでいうところの世界樹ってやつか。
まさか、このクラスの木がこの世界に沢山あったりしないだろうな……。
それか、これ以上の巨大樹があったりとか……。
考えるだに恐ろしい。
まさしく、この世界を統べているのは、植物、それも樹木に相違ないのだろう。
思考する間にも、距離は縮まってゆく。
巨大樹の枝葉により日が差さない事が原因なのか、はたまた、栄養が巨大樹に摂られてしまうが故かは不明だが、巨大樹の周辺、影の差す辺りには、木々は生えていなかった。
巨大樹が作る影をなぞる様に、森が隙間を開けている。
それでも、とんでもない規模だ。
例によって、東京ドーム何個分みたいな脳内ナレーションでも再生されそうなやつだ。
すると、その木々の無い空間に、集落が見受けられた。
成程、ここに地上の生物は暮らしているわけか。
確かに、この広い空間なら、不用意に近づきさえしなければ、周囲の木々から捕食されることは無いのだろう。
そこでふと、疑問が浮かぶ。
この目前の巨大樹は、捕食しないのだろうか、と。
集落の位置的に、仮に、あの巨大樹が捕食するならば、存在してはいない筈だ。
何せ、木々の無い空間は、同時に、巨大樹の枝葉が作る影の面積に等しいのだから。
幹から伸ばされる枝が、それより短いということは無いだろう。
であれば、俺が現状考えられる可能性は二つ。
一つは、巨大樹は捕食を行わない。
もう一つは、巨大樹も捕食を行うが、あの集落の住民は、それを何らかの方法で防いでいる。
その答えは、衝撃を伴って行われた。
まだ、巨大樹の影にすら入っていない俺に対し、巨大樹の幹から枝が伸ばされていた。
……この距離ですら届くとは!?
しかも、枝が伸びる光景を視認できなかった。
異世界は、俺に視認できない出来事が多過ぎて困る。
巨大樹から伸ばされた枝は、俺を捕食するのではなく、弾き飛ばすことを選択したようだった。
鞭のように
俺の体が樹海へと撃ち出された。
衝撃波を伴って撃ち出される俺。
音速を超えたようだ。
【
樹海の枝葉を突き破り、地面へと激突した。
息をつく暇も無く、周囲の木々から枝が伸びてくる。
「またこの展開かよ!?」
思わず、独り言を叫んでいた。
繭に包まれながら、俺は視界に捉えていた集落をイメージする。
住民だけは襲わないのか、集落自体を襲わないのか。
前者だと、俺だけ襲われる筈。
後者だと、俺も襲われない筈。
≪転移≫
集落に【転移】した。
「……………………」
毎度毎度、異世界は死ぬ目に遭い過ぎではなかろうか。
【聖衣】と【リング】が無いと、一体何度死んでいることやら。
勿論、【リング】が無ければ異世界に来ることもないが。
ともあれ、だ。
これで、住人に、少なくとも、文明を有する知的生命体には会えるだろう。
目を
……できればエルフ、エルフ来い!
量子力学的観点から、事象は観測されるまでは可能性は等分、だったようなうろ覚えの知識を引っ張り出し自己肯定する。
目を瞑っている限り、可能性は50%もある!
これは久々のガチャだ、神引きを期待したいところだ。
集落のただ中に突然現れた全身真っ白の見慣れぬ人物。
何やら一心不乱に念じている様は、異様と言う他あるまい。
そんな客観的事実からは目を逸らし……実際は目を瞑っているが、第一村人との遭遇に備える。
……そしてその時は来た。
「……あの、どうかされましたか?」
掛けられた言葉は女性の声色だった。
頼む、ゴブリンとかいうオチは止めてくれ!
目を見開く前に、一際強く念じておく。
意を決して、遂に目を見開く。
「よっしゃー!」
俺は、思わずガッツポーズをしていた。
想像していたよりも、全体的に緑っぽい。
服装も、どこか農民の衣装を思わせる。
故に、最初はシュッとしたゴブリンかと思った。
だが、見紛うことなき、エルフがそこに居た。
特徴的な尖った耳。
|
俺のその様を見た女性は、ギョッとした表情を浮かべていたが。
「……あの、本当に大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫です。何も問題ありません」
「……そう、ですか?」
「無論です。心配していただき、ありがとうございます」
「ところで、つかぬことをお伺いしますが、この集落の住人の方でしょうか?」
「はい、そうですけど。……それが何か?」
「実は、少し事情があって、遠いところから、此処に来たばかりの身でして」
「できれば、色々とお話を伺わせていただけないかな、と」
「はぁ?……確かに、見かけたことの無い恰好でいらっしゃいますね」
「でしょう? 木々に襲われながらも、
「……………………」
「……ん? どうかされましたか?」
何故だろうか、突然、黙ってしまわれたのだが。
先程までの奇行はともかく、今は普通に接している。
……もしかして、違う種族だと訝しいがられているのだろうか。
俺が口を開くよりも早く、言葉が掛けられる。
「あなた、【
「誰かー!! 誰か来てー!! 侵入者よー!!」
おおっと、木に襲われた
また投獄ですか!?
女性の悲鳴を聞きつけてやって来たのだろう、周囲を男性エルフたちに囲まれてしまった。
ふむ、今のところ、エルフは美男美女揃いのようだ。
まだ子供や老人には出会っていないが、きっと見目麗しいのだろう。
少し感慨に
事を荒立てても仕方がないし、大人しく従っておこう。
「何者だ貴様!? 見るからに怪しい奴め!」
「その恰好は何だ!?」
「先ずはその服を脱げ!!」
……大人しく従うのは難しそうだった。
【聖衣】を解除すれば全裸になってしまう。
どうしてもと言うならば、致し方ないが、流石に集落のただ中で、衆目の面前での全裸は勘弁願いたい。
これは、はしゃぎ過ぎた俺への罰なのだろうか……。
「……危害を加えるつもりはありませんし、抵抗するつもりもありません」
「出来得る限り、要求には従いましょう」
「ですが、この服を脱ぐことには従いかねます」
「何!? 何故、服を脱げないというのだ!?」
「やはり、何か隠し持っているのではないのか!?」
「素性も知れぬ、怪しげな恰好の輩を捨て置くわけにはいかん!」
「この服の下には何もありません」
「貴様の言うことなぞ、信じられるか!」
「そう言って、何を忍ばせている!?」
「いえ、ですから、服の下には何も身に着けていません……」
仕方が無しに、続きを口にした。
「……全裸なんです」
「「「……………………」」」
場に沈黙が降りた。
皆、一様に目が
いや、俺もこんなこと言いたくはなかったよ!
強要しておいて、その反応はどうなんだよ!?
俺を変態扱いするなよ!!!
「……それを証明できるのか?」
一人のエルフが問うてくる。
俺は頷き、家屋の裏、人気のない場所を指し示す。
「逃げも隠れもしません。ですが、確認するならば、お一人で願います」
エルフも頷き返し、二人でそちらへと向かう。
「何とも面妖な。何処に衣服が消えてしまったのか」
「それに、お主の髪色まで変わっておったし」
「異邦人とは、皆、そのようになるのか?」
何か、色々と衝撃的だったらしい。
取り合ず、納得は得られたようだ。
同時に、俺への嫌疑――何かを持ち込んでいる疑惑は晴れたようだ。
「いえ、少し特殊な事情がありまして」
そんな言葉を返しておく。
流石に、この世界に他の人間が居るかは分からないが、要らぬ先入観は持たれない方がいいだろう。
変に思われるのは俺だけで十分だ。
「ふむ、とはいえ、お主の身元を確かめねばならん」
「この村の長たちに判断を仰ぐとしよう」
そう言って、先のエルフは周囲の者たちを解散させ、俺を
一応は信用を得られたのか、特に拘束はされなかった。
周囲は木でできた家々が並んでいる。
どれも平屋、つまりは一階建ての造りだ。
日本家屋的なものではなく、筒に三角錐の屋根を付けたような見た目をしている。
それこそ、小さな木のようだ。
そして、主要な道に沿うように、かがり火が焚かれていた。
確かに、巨大樹の影にあるため、日の光が差さず、全体的に薄暗い。
明かりは必要だろう。
集落の一番奥まった場所、巨大樹の一番近くに建てられていたのは、神殿だった。
日本的なやつではなく、ヨーロッパ辺りにあったようなやつだ。
これも木製のようだ。
神殿の周りには、柵が端から端まで延々と設置されている。
恐らく、巨大樹を囲むようにしており、目の前の神殿からしか、巨大樹に近づけないようにしているのだろう。
「さぁ、この中だ。……くれぐれも失礼のないようにな」
「特に、全裸にはなるなよ」
ならんわ!
俺の趣味嗜好じゃないわ!
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