インタールード A-2

救世主きゅうせいしゅ】を追いかけた先の世界には、【世界の敵】そのものは存在しなかった。

執行者しっこうしゃ】の兜に付与された力の一つ、【識別】により能力の判別が可能となる。

 普通は能力自体を有してはいないため、必然的に検知されるモノは【聖者】や【世界の敵】だけとなる。

 勿論、未だ把握していない能力を有しているモノも存在する可能性はある。

 だが、今回はそうはならなかったようだ。


 この世界に居るのは、【世界の敵】に影響を受けた人間が複数存在しているだけだった。


【救世主】の所在地も同様に確認した。

 眼下にある、銀色に光る都市に滞在しているようだ。


【世界の敵】の【眷属けんぞく】と化した人間に対処したいところだが、【救世主】が何時【救世きゅうせい】を発動させようとするか不明だ。

【世界の敵】の影響を排除すれば、この世界の終末期は、元の期間へと修正される筈だ。

 にもかかわらず、安易に【救世】を使われては、世界からしてみれば些細な違いかもしれないが、世界に存在する生命にとっては死活問題だ。

 出来得る限り、生き永らえたいと願うことだろう。


 今は、目に見える異変は感じられない。

【救世主】の一挙手一投足に注視しつつ、【世界の敵】の【眷属】にも注意を払っておく。

 幸い、この中空からでも、【救世主】の様子を観察することは容易だ。

【執行者】の兜に付与された力の一つ、【選定】により、指定した対象の状況を把握することができるからだ。




【救世主】が事を起こさぬままに時は過ぎ、遂に異変は起きた。


 眼下の都市が、銀色から赤色へと突然色を変じた。

 都市の様子を観察した限りでは、重力異常が発生している様子だ。


 どうやら【世界の敵】の【眷属】が何かを行ったようだ。

 恐らく、この異変により、この世界の終末期が加速度的に早まったのだろう。


「この場に留まり、引き続き状況の監視を頼む」


 青年騎士をその場に残し、自分は【世界の敵】の【眷属】の元へと【選定】を併用して【転移てんい】を行う。

【選定】と【転移】を併用することで、対象の傍へと【転移】することが可能となる。

 幸い、突然現れた自分の存在に気が付いた者は居なかったのか、騒ぎは起きなかった。


 すると、自分よりも先に【救世主】がその場に居た。

 まさか、【世界の敵】の【眷属】を察知したのかとも思ったが、聞こえてくる会話に耳を傾けていると、どうやら重力異常を察してこの場へ来たようだ。


【世界の敵】の【眷属】たちは、動くつもりもないのか、ボーっとその場に佇んでいる。

大罪たいざい】の【怠惰たいだ】に感染した影響だろうか、無気力状態の様だ。

 ひとまず、様子を伺うことにする。


 話から推察するに、【救世主】は人々を救う術を持たぬことに苦悩しているようだ。

【救世】を乱用する危険人物との懸念があっただけに、その葛藤は少なくとも常人のものに思えた。


 会話が途切れたところを見やり、【救世主】に言葉を掛ける。

 今、自分の存在に気が付いたのだろう、驚愕の表情を浮かべていた。




【救世主】との会話を終え、傍にいる老人に声を掛ける。



「それで、空中都市は何処に、幾つあるんだ?」


「……あぁ、ちと待ってくれ」



 流石に、いきなり現れた自分に対し、警戒心を抱いているようだが、【救世主】との応対で多少は悪印象が緩和したようだ。

 老人が機械で操作を行い、モニターに各都市の全容が映し出された。

 次いで、世界地図が表示され、都市の場所と思われる印が追加される。



「空中都市は全部で5つじゃ。場所はそこのモニターに赤く表示されておる印がそれじゃ」


「分かった。後は任せておけ」



【救世主】は別のモニターを凝視していたかと思えば、不意に消失した。

【転移】で移動したようだ。



 先ずはこちらを片付けるとするか。


 無気力に佇む、【世界の敵】の【眷属】たちに近付いてゆく。

 二本ある白と黒の剣の内、白い剣の方を鞘から抜き放つ。


 視界の端で、先の老人が慌てたようにこちらを止めようと動くのが分かる。


 それを待たず、白剣の力を発動させる。



≪失効≫



 斬り付けた対象の能力を消失させる力。

【眷属】たちを一閃にて全て斬り伏せ、【識別】にて能力の有無を確認する。

 この場の者たちから、無事【怠惰】の排除はできたようだ。

 当然、誰も斬り殺してはいない。

 文字どおり能力だけを斬って捨てただけだ。

 白剣を鞘に戻す。


 漸く老人が掴みかかって来たが、それを躱し、青年騎士の元へと【転移】する。



「先輩!【救世主】が【転移】をつか――」


「――【執行者】を可能な限りこの世界へ集めてくれ。空中に浮いた都市の落下を阻止する」

「自分は先んじて、【世界の敵】の【眷属】たちの排除を行ってくる」



 青年騎士の返事を待たず、次の標的の元へと【転移】する。

 わざわざ、兜の【思念共有】で青年騎士が文句を訴えてくるが、取り合わない。



 素早く10都市全ての【眷属】化していた人々を【失効】にて、元の状態へと戻し終える。

 やはり抵抗らしい抵抗も見せなかった。

 時間が無いこの状況では、抵抗しない相手だったのは不幸中の幸いと言えるだろう。


 青年騎士の周りには、呼び寄せた【執行者】たちが集っていた。

 文句を言いつつも、命令を無事遂行したようだ。

 これで、自分を含めてこの場に居る【執行者】は25名となり、空中都市1つ辺り、5名で対処できる。


 かと思いきや、顔触れを良く確認してみると、ここに集ったのは【美徳びとく】を1つしか有していない者たちばかりだった。

【美徳】を2つ以上有している者は、自分以外、この場には居なかった。

 天界の戦力を減らしたくないとの思惑が透けて見える対応だ。


 これでは1都市に対し、5名では心もとない。

 仕方なしに、自分が1人で1都市を担当し、他4都市を6名づつで対応して貰う。


 各々に指示を飛ばし、自分は一番遠い都市へと【転移】する。




 見上げる先にある都市の威容は凄まじく、視界全てを覆ってしまう程に巨大だ。

 都市の底に手を添え、中空に足を踏ん張る。

 まったく減速させられず、体が下へと押しやられる。


 サブリアクターが停止してしまえば、星の重力に引かれて、今とは比べ物にならぬ程に、凄まじい重圧が加わることだろう。

 そうなる前に、超重量を支えられるだけの力を発揮しておく必要がある。


【美徳】の力を発現させる。

 それは耐え忍ぶ力。



忍耐にんたい



 すると、都市の落下速度が目に見えて緩まった。

 だが、まだサブリアクターが稼働していて尚、落下は継続している。


 更に【美徳】の力を発現させる。

 それは災いに見舞われた人々を救う力。



救恤きゅうじゅつ



 ピタリと都市の落下が止まった。

 それを待っていたかのように都市からの重圧が激増した。

 サブリアクターが停止したのだろう。

 ……危なかった、もう少し遅れていたら一気に地表へと押しやられていただろう。


【思考共有】にて、他の都市も保持できたことが伝わってきた。


 後は地上まで、都市を保持したまま、徐々に高度を下げてゆく。

 急ぎ過ぎれば、住人に被害が出てしまう。

 できるだけ速度を抑えながらの下降を心掛ける。




 数時間掛けて、5つ全ての都市を下ろし終えた。

 何れの都市も、幸い被害は出ていない。


 流石に【美徳】を二つも発現し続けたので、全身を疲労感が包んでいる。

 しかし、それをおくびにも出さず、駆け付けてくれた【執行者】たち、一人一人に礼を述べ、解散させる。

 するとそこに声が掛けられた。



「先輩、【救世主】のことなんですが……」



 青年騎士が顔色を曇らせ、言い淀んでいる。

 仕方なしに続きを促す。



「報告や連絡は簡潔、且つ、迅速に行え」


「はい。【救世主】が別の世界へと【転移】したと、天界の【水晶球】にて捜索していた者から連絡がありました」


「……?」



 この世界でなく、天界でもなく、また別の世界へ【転移】したのか?

 そもそも、あの炉心の核をどこに持って行ったのかを、自分は把握していなかった。



何時いつのことだ?」


「つい先程のことの様です。ですが……場所が問題でして」


「……何処だ?」


「【色欲しきよく】の居城です」


「っ!?」


「【魔王まおう】の反応が確認されています」


「すぐに向かうぞ。【執行者】の上位者を動員できるだけ、送らせろ」


「先輩!? 流石に【美徳】を長時間行使後に向かうのは自殺行為ですよ!」


「【執行者】の使命は何だ?」


「え? ……それは、【世界の敵】を討滅すること、ですけど……」


「それに【色欲】なら、尚更、逃す訳にはいかない。今度こそ」


「…………やっぱり、無茶ですよ」



 青年騎士の呟きを聞き流し、ひとまず天界へと戻ろうとする。

 流石に【選定】の力では、索敵ができない。

水晶球すいしょうきゅう】を頼る必要がある。



「天界に戻る。場所を確認次第、向かうぞ」



 声が硬質化しているのが分かる。

 だが、溢れ出んばかりの感情の激流を押し留め、まだ見ぬ相手へと殺意を必死に堪える。


 先程までの倦怠感を忘れたように、全身から力が迸る。


 永い……本当に永い時が過ぎた。

 絶対に逃さない。

 今度こそ、絶対に。





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