第10話 協力
「兎に角、何か手はないんですか?」
「本来であれば、こうなる前に停止処理が施されるんじゃが、既にその段階を超えておってのぅ」
「とはいえ、止めることはできんが、遅らせることはできる」
おやっさんは機械へ向き直ると、素早く何かの操作を行う。
そして、明らかに押すな!というようなカバーの付いたボタンを力強く押し潰した。
すると、巨大な筒の中にある核と思われる物に、銀色の覆いが成された。
掌程のサイズだろうか。
程なく、鳴り続いていた地響きが収まった。
「重力遮断特化の【
モニターに映し出された炉心全てで、同じことが起こったようだ。
重力炉の重力を遮断したようだった。
……それって、都市が落ちるのでは?
「それって、都市が落ちたりしませんか?」
「そりゃあ、動力源からエネルギーが供給されんのじゃから、落ちるじゃろうな」
「じゃが、メインリアクターが停止した場合、サブリアクターが作動するように設計されておる」
「ほれ、周りを囲っておる筒がそうじゃ。流石にサブでは都市を浮かし続けることは無理じゃから、地上や海上へ不時着させる他ないじゃろう」
「じゃあ、後はさっき【UM】で覆った核をどうにかすれば、大丈夫ってことですか?」
「……海上都市はな。空中都市は高度があり過ぎるんじゃよ」
「サブでは一時的な補助は出来ても、長時間の補助は無理じゃ」
「住民に被害が無いように緩やかに降りておれば、地上に着く前に落ちてしまうじゃろう」
「かと言って、落下速度を速めれば、都市を救えても、住民が生き残ってはおらんじゃろう」
「それじゃあ……」
「じゃが、もうメインは停止させた。どうなろうとも、その責任は儂にある」
「それにじゃ、今のままではメインが再び暴走を開始するまでの時間稼ぎをしたに過ぎん」
「……空中都市が地上に落ちるとどうなりますが?」
「地上に落下すれば、大量の土砂を巻き上げ、長期間空を覆い続け、日の光を遮るじゃろうな。それに大規模な地震じゃな」
「海上に落下すれば、数百、若しくは千メートル級の津波が生じるじゃろう。地上も只では済まん」
「…………」
メインの核だけなら、何とか出来ないことも無さそうだが、空中都市を不時着させるのは、俺では無理だ。
優先すべきはメインの核だが、空中都市を放っておいたら、地上も不時着した都市も津波の餌食になってしまう。
積んでる……。
世界を救えても、この星の生き物は救えないだろう。
……いっそ【
いや、そんなことをすれば、無関係のモノを巻き添えにするだけだ。
【救世】は便利な力なんかじゃないんだ。
対象を選んだりはしない。
世界のあらゆるものを、無慈悲に、容赦なく、消滅させてしまう。
何も知らなかった時ならいざ知らず、今ではそんなことは出来ない。
「ごめん、おやっさん。俺にはおやっさんたちは救えそうにないみたいだ……」
「誰が、いつ、お前さんに救ってくれと頼んだんじゃ?」
「……え?」
「儂は言うておらんぞ。この場の誰も、そんなことは言うておらん」
「お前さんは、お前さんの好きな様にしたら良いんじゃよ」
「でも……」
「何でもかんでも背負わんで良い」
「責任なんてもんは、全ての出来事に対して持つもんじゃない。自分の行動にこそ持つべきじゃ」
「お前さんは、お前さんが行ったことに対してのみ、責任を負えば良いんじゃ」
「救えなかったモノに対してじゃなく、救えたモノに対して、な」
「…………」
上手く言葉が返せない。
おやっさんは、これから起こることを正確に予見したのだろう。
そして、覚悟を決めたからこそ、自ら決断を下したのだ。
判断を他に委ねず、自分の意志によって未来を選択した。
例えそれが、自らが助かる余地のない未来だったとしても。
例えそれで、たくさんの命が失われることになったとしても。
俺が、少しでも悩まずに済むように、そうしてくれたのだろうか。
いや、おやっさんの覚悟を、そんな風に捉えるのは失礼だ。
おやっさんが示してくれたように、俺は俺ができることに責任を持つべきなのだろう。
今、俺にできるのは、臨界寸前の核をどうにかすることだ。
空中都市を救う術は無く、その後に起こるであろう大災害にも対処できない。
あるいは、おやっさんだけでも、【転移】で他の世界に連れ出せば良いのかもしれない。
あらゆるものを置き去りにして、生き残ることだけを優先して。
……そんなことをすれば、おやっさんはもう二度と、以前と同じようには接してくれないだろう。
むしろ、俺を恨み、憎むかもしれない。
それでも、生きていて欲しいと願うのは、俺の我が儘なのか……。
悩んでいられる時間は、そう長くない。
そして、選択肢は、二つ。
・世界を救い、おやっさんが死ぬ
・世界を諦め、おやっさんを生かす
……くそっ。
……くそっ、くっそぅっ。
俺は、おやっさんが死ぬことより、おやっさんから疎まれることをこそ忌避してる。
「……メインの核は俺が何とかするよ」
「……それをして、お前さんは無事に済むのか?」
「大丈夫。俺は大丈夫だから……っ」
「そうか。ならすまんが、頼む。世界を救ってやってくれ」
「……っ」
「……話は聞かせて貰った。空中都市のことは、自分たちが請け負っても良い」
「……は?」
重苦しい雰囲気に水を差すように、別の声が掛けられた。
声のした方へと目を向ける。
すると、何時の間に現れたのか、昨日、天界で見た、黒色の鎧を纏った騎士の一人が佇んでいた。
「なっ!?」
俺が思わず絶句していると、こちらの様子に構わず、騎士が言葉を続ける。
「【救世主】。お前がこの世界で【救世】を使用しないと誓えるのであれば、自分たち【執行者】が落下する空中都市もその住人たちも救ってみせよう」
驚愕が連続で襲い来る。
騎士たちこそが、元【救世主】の【執行者】だったのか、とか。
俺を追ってきたであろう【執行者】が、俺を手伝ってくれるみたいだ、とか。
いかんいかん、とりあえず、今は落ち着いて行動しなければ。
「……あんたたちなら、絶対救えるのか?」
「無論だ。【救世主】ではなくなったとはいえ、【聖者】ではあり続けている。命を救うことに否やは無い」
「それで、返答はいかに?」
「分かった。この世界で【救世】を使用しないと誓う。だから、頼む」
「言うまでもないが、万一、誓いを違えれば、その咎はお前の命だけでは償えぬと知れ」
「……誓いを破る気はないけど、おやっさんに何かする気なら、俺も容赦しないってのは覚えておけよ」
「誓いを違えねば、手出しはしない」
「…………」
結局、誓い破ったら、危害を加えるんじゃないかよ。
今の今まで、俺を監視していたんだろう。
タイミングを見計らって現れやがって。
【執行者】の連中にしてみれば、俺の手伝いをするメリットは無いように思える。
そもそもが、連れ戻そうとするなら、俺が寝ていた間に拉致すれば済む話だ。
目的が不明過ぎて、疑わしいことこの上ない。
だからといって、ここで俺を騙したところで、それに見合う利益があるとは思えない。
信用はできない、できないが……。
俺だけでは手詰まりなのは明白だ。
先程までの葛藤は何だったのかとの思いはあるが、珍しいことに、事態は良い方向へと動いたようだ。
言うだけの力があるなら、これで後顧の憂いは断たれた訳だ。
となれば、さっさと取り掛かるべきだ。
手遅れになっては、まさしく救われない。
おやっさんに何かを話しかけている【執行者】を横目に、俺は行動を開始する。
巨大な筒の傍にある機械群の前へ移動する。
俺はモニターを凝視し、映し出されている、今は銀色に光る核の光景を目に頭に焼き付ける。
頭の中で、モニター毎に番号付けをして、区別してゆく。
一つ目。≪転移≫
巨大な筒の中に【転移】を行う。
目の前にある掌大の銀色の球体を掴む。
二つ目。≪転移≫
三つ目。≪転移≫
四つ目。≪転移≫
五つ目。≪転移≫
六つ目。≪転移≫
七つ目。≪転移≫
八つ目。≪転移≫
九つ目。≪転移≫
ラスト。≪転移≫
最早、両腕に抱えるように持った十個の球体。
後はこれを処理する必要がある訳だ。
ふと、このまま巨神の所へ【転移】してやろうかという考えが頭を過ぎる、が。
流石に、【執行者】の手を借りた手前、不義理に過ぎる。
当初の予定どおりに済ませるとしよう。
≪転移≫
無明の空間。
自宅のマンションをイメージした先は、やはり、目に何も映しはしなかった。
分かっていたこととは言え、気分が沈む。
誰もおらず、何も存在しない。
自分の所業を思い出すも、しかし、できることはない。
両腕を広げ、球体を手放す。
目を開けているのか、閉じているかも判別できないまま、只漂う。
しばらくそうして佇んでいた。
突如、世界に光が溢れた。
今、覆いを破り、臨界を迎えたのだろう。
凄まじい光量に目を焼かれながらも、【
光は衝撃を伴って広がってゆく。
それらを見やりながら、俺の身体も押し流されてゆく。
無事、と表現するのは微妙だが、処理し終えたことを確認し、戻ろうとする。
しかし、このまま戻って大丈夫なのか疑問が残る。
恐らく俺は、とんでもない量の放射能に曝露されている筈なのだ。
【聖衣】が俺への影響は防いでくれているのは分かるが、放射能で汚染されているかは不明だった。
不用意に戻って、周囲を被爆させては、申し訳ないでは済まされない。
【転移】で処理する案は悪くないと思ったのだが、放射能は盲点だった。
戻る前に気が付いて良かった程だ。
誰かガイガーカウンターを持ってきてくれたりしないだろうか。
……さて、どうしたもんか。
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