第96話 追跡 4

 ガタゴトと揺れる魔動車の荷台で桜木は目の前に座る銀髪の男を睨みつけていた。男はその目を嬉しそうに見つめ返す。

 その男の癖なのだろう、ビリビリと自分の親指と人差指の間に電撃を走らせながら、ニヤリと笑う。


「希望を持つことは良いことだ。見ただろ。州軍の精鋭たちはもう死んだ」

「……」



 魔動車の荷台には、桜木とビトーを含め、二人を攫った人達が4人座っている。そして運転席にも1人居る。目の前の男はナハトと名乗った。ナハトは銀髪の、すこし癖にある髪に尖った耳が飛び出ている。おそらくエルビス人であろうことは桜木にも分かった。


 まだ20歳になったくらいの若者だったが、この中ではかなり偉そうにしている。もう一人の壮年の男がこのグループのリーダーらしいが、ナハトはそのリーダーにさえも高慢な口調で話しかけ、リーダーもそれに対して何も言わない。


 

 あの日、カプトで襲われ。とっさにシャイニングアローで相手を倒した桜木だったが、ビトーが人質に取られ抵抗できずに魔道車に乗せられた。

 ビトーは放すように懇願するが、人質としての価値を見入られたのだろう、一緒に荷台に押し込められ、桜木の横で小さくなっていた。


 カプトの街を出てすぐに、州軍の兵士たちが追いかけてきた。二人はホッとしたのもつかの間、一方的な虐殺が起こる。


 それをやったのは、すべて桜木の目の前に座る男だった。

 荷台の幌を捲くると、まくった幌を他の男達が抑える。追ってきた兵士たちが抜刀し「止まれ!」と叫ぶのをニヤリと受ける。

 と、その瞬間、男の両の手からまばゆい光とともに雷撃が飛んだ。それを受けた四人と騎獣はなすすべもなく感電し、次々と騎獣から落ちていく。 それを見ると魔動車を止めるように指示をし、腰から抜いた短剣をクルクルと弄びながら、感電し、悶絶している兵士たちに近づいていった。


 あとは……あまりの光景に目をそらしてしまう。

 鼻歌交じりに戻ってくる男は、目に涙を貯めている桜木を不思議そうに眺めていた。


「なんで、泣いているんだ?」

「当たり前でしょ!」

「へえ、面白いなお前」

「な、なにが――ちょっ!」


 男は桜木の顎をぐっと掴むと、顔を寄せ、ペロッと桜木の涙を舐める。


「なっ……」

「光の神子も涙はしょっぱいか。くっくっく」

「変態!」


 兵士たちの連れていた騎獣の獣具を外していた男達が荷台に戻ってくると、再び魔動車は出発をする。


 その後、魔動車はどこの街にも止まらずに、そっと深夜に、手で押して街の城壁の横を通り過ぎていった。その度に銀髪の男はビトーにナイフを突きつけ、桜木が騒げないように脅しを繰り返す。


 桜木も首に魔法を制限する魔道具を付けられているため、思うように抵抗も出来ずに居た。両の手も縄で縛られてる。

 だが、少しずつ男たちの話からおぼろげに目的は推測できてきていた。


 男たちは、「エバンス」という組織の構成員だという。エバンスはいわゆるルーテナと言われる、魔物保護団体の一つだった。この世界は魔物の世界であり、人間たちは魔物の世界に侵略してきた厄介な間借り人と考えている人間たちだ。

 そのルーテナの中にも色々な団体があり、その中でもエバンスは過激な組織として知られていた。


 そのエバンスは、桜木を使って何かを計画しているようだった。


「ビトー。絶対に貴女だけでも逃げるのよ」

「お姉ちゃん……」

「大丈夫よ。こんな魔道具なんてあったって、私は魔法使えるんだから」


 男たちの目を盗んで、ビトーにそう言うものの、桜木はそのタイミングが分からないでいた。




 追ってきた兵隊たちを退けた事で、気持ちに余裕が出てきたのか、荷台の雰囲気も少し緩んでいた。

 それから数日経ち、もうじき国の国境を超えるという。

 更に気が緩む男たちに、桜木が自分を攫った目的を聞く。

 

「……光の神子ってなによっ」

「ん? まあ……餌だな」

「え、さ?」

「くっくっく。ちょっと使いたい魔法があってな。それに大量の光の魔力が必要なんだ」

「……私がそんなのに手を貸すと思うの?」

「ん? ビトーちゃんがお願いすればやってくれるでしょ?」

「っ……。ねえ。ビトーを放してあげて。そうすれば私はちゃんと言うこと聞くから」

「だって、そんなの。信じられないよねえ?」

「約束するからっ!」

「ははは。そんな可愛い顔して睨まないのっ。大丈夫。また一ヶ月もしないうちに連邦に戻ってくるから。ただ、まあそれまではさ。変に追われたりしたくないから共和国の隠れ家で我慢してよ」


 話を聞きながら桜木は情報を整理する。

 一ヶ月もしないうちに連邦に戻るということは、その何かをやるのが連邦の国の中でと言うことなのだろう。そしてそれまでは、自分もビトーも殺されることは無いだろうと。


 道中、ヌガーの様な携帯食しか食べさせてもらえていないし。トイレもあまり止まるつもりは無いということで、水分も少なめだ。

 狭い荷台の中に押し込まれ、段々と二人の体力も落ちている。


 ……。


 もう国境だと、荷台の男たちの気が更に緩んできた時、幌から外を見た男が慌てたように告げる。


「何か来る」

「なに?」


 男の言葉にナハトが反応する。


「セベックだ。2騎いる……あのスピードは……俺達だろうな」

「ちっ……また死にに来たか」


 男たちの注意が幌の外に向く。


 ――今。


 おもむろに桜木が立ち上がり、思い切りナハトのケツを蹴り飛ばす。


「ぐぁっ!」


 幌の端を掴んでいたナハトはギリギリ荷台からの落下に耐える。だが桜木のダメ押しのケリがもう一撃……。


「こ、このヤロウ!」


 ナハトは自分を支えようとした一人の男と共に、荷台から転げ落ちていった。




※次で仁科桜木編終わるので、また充電期間貰います~。 そしたらまた重人君島に戻しますので、主人公をお待ちの方もう少々お待ちください。

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