第74話 嫌な感じ。

 ――なんだろう?


 君島は、なんとなく変な感じを感じていた。

 その感覚は、あくまでも「なんとなく」できっちりした確証もない。どこからか見られているような感じだ。

 今までも異性からのねとつくような視線は感じたことは有ったがそれとは違う、なんとも不安になるというしかない、わけのわからない感じだった。


 歩きながらも時々立ち止まって周りを見渡すが、何か居るわけでもない。特に君島は「気配察知」の様なスキルがあるのか、周りに何かあれば察知が出来る自信はあった。だが、それにも何かが引っかかるわけでもない。ただ嫌な感じだけが心の片隅に居残っている。そんな感じだ。


「どうしました?」

 

 ガジェルムがちょこちょこと振り返る君島に気が付き、声をかける。だが君島もなんて答えていいか悩む。


「いえ……ただ、なんか見られているような」

「ふむ」


 ガジェルムも立ち止まり周りを伺うが、特に何かを感じることは出来なかった。


「でも、多分気のせいなんです。この世界に来てすぐにギャッラルブルーに転移して、そこから逃げてきたトラウマもあるので」

「なるほど。でも、もしかしたら本当に何かに見られているのかもしれない。そういう感覚は大事にしたほうが良い」

「そう、ですね。ありがとうございます。少し気をつけてみます」


 話を聞いていた桜木や仁科も周りを伺うが、特に何かを感じることは出来なかったようだ。


 重人と君島の2人で逃げてきた時と違い、堂々と街道を歩いているためペースも速い。道中現れる魔物もブライアン達3人がすぐに始末をしていく。ブライアンとキース、ミックの3人共が前衛職でパーティーとしてバランスが良いのかは分からないが、確かに上級の魔物で階梯上げをすると言うだけはある。特にブライアンの動きは3人の中でも群を抜いて洗練されていた。

 仁科はそれを見ながら、彼らが牙を向いたら自分では太刀打ちできないなと感じていた。




 その日の夜、皆が寝静まる中。夜番に起きていたブライアンが何かを悩みながら小さい紙に何かを書き込んでいる。


 ~ディクス村に近づいたら偵察を俺が名乗り出る。そのまま村にいるハイオーク共をトレインする。おまえたちはその間にこのグループから逃げろ~


 それを書き終わると、夜番の交代の為にキースを起こす。


「……もう時間か?」

「ああ」


 眠そうに答えるキースにブライアンがそれとなく紙を握らせる。それに気づいたキースはなんの素振りも見せずにそのまま夜番につく。

 ブライアンが眠りに着くのを横目で見ながら、そっと紙に目を通す。キースはじっくりとその紙を見つめる。


 その後、キースの当番の時間が終わると、今度は同じ様にミックを起こし、紙をそっと手渡す。ミックも夜番をしながらその紙に目を通す。そしてそのまま丸めて飲み込んだ。


 



 ギリッ……

 

 3日目。現地が少しづつ近づく中、アムルは手詰まり感を感じていた。2日前の夜、ガジェルムが言っていた「天位が奥地に階梯上げに行っている」という話。このままディクス村まで行っても天位が居る保証もない。

 むしろディクス村がハイオーク達に占領されているなら、通常はそこを避けているだろう。ハイオークは厳密には中級にカテゴライズされている魔物だ。それでもかなり上級に近い上のクラスとして扱われているが、それより問題は集団行動をするということだ。

 一匹では余裕でも集団で襲われれば、個人ではどうしようもない。


 ここまでの道中で会えないのであれば、更に奥にまで足を運んだというわけだ。それに居たとしても、ブライアンという男が邪魔になる。なんとかしなければならない……。


 チラリとガジェルムを見る。この男も97位というかなりギリギリだが天位だ。だが……魔法士との置き換わりはなかなか難しい。自分なら魔法使いなので戦いを挑むことも考えるが……ガジェルムは天位だけの男じゃない。賢者の称号を持つ男だ。

 

 ――無理だな。


 そう思うしかなかった。




 道中に出てくる魔物の強さも次第に強くなってきて、ブライアン達もだんだんゆとりが無くなってくると、州兵らや、君島たちも少しづつ手伝うようになっていた。何があるかわからないからと仁科の提案で、君島と桜木の2人は魔法を使わないようにしている。今の所、出てくる魔物も3人の攻撃は十分に通じる。5階梯になったこともあり、魔力も充実してきている。それでも集団での行軍だ。3人で一匹に対峙するくらいの感覚で十分だった。


 やがて一行は少し道の開けた場所に出る。そこで君島が気が付く。


「ここって……」

「先輩?」

「あ、うん。その……天位の人と先生が戦った場所なの」


 焚火の跡のように黒くなっている所などはあったが、人の死体などの跡は見当たらない。魔物たちが食べてしまったのかもしれない。武器などの鉄の物もあったはずだがそれもない。


 横で話を聞いていたスペルセスが、一行を止め、ヤーザックと相談を始める。先頭を歩いていたブライアンも何事かと戻ってくる。


「どうしたんだ?」

「ここで、カートンがやられたようだ」

「ここで?」

「ああ。その前にこの場所で10匹ほどのハイオーク達とカートンが戦っていたらしい。もうディクス村まですぐだろう」

「なるほど……まあ少し日も翳ってきているがどうする? このまま村まで行くか?」

「どうするか……」


 ブライアンに聞かれたヤーザックもどうするか悩んでいる。

 その時、あたりを探っていた州兵の1人がメダル状のバッジを見つけヤーザックの元に駆け寄ってきた。


「ヤーザックさん」

「ん? これは……ドーソンの」


 州兵の階級的な物を表すバッジであった。カートンについて行った州兵の責任者であったドーソンが身に着けていたものだった。ヤーザックはそれをしばらく見つめて、鞄の中にしまう。


 結局その場で3日目の野営を取ることにする。

 ここからは村までは見えないが、それでも周りの木々の陰で、街道の先にあるディクス村から見えにくいと思われる場所に焚火をおこし食事の用意などをする。贅沢といえば贅沢だが、軍隊の行軍など味方が多い場合はこうして派手な事も出来る。

 おまけにロック鳥まで居れば、強気にもなる。


 食事をしているとガジェルムが君島の近くに寄ってくる。


「ユヅキ、まだ嫌な感覚はあるのかい?」

「そうですね、ずっと同じくらいの感じで感じています」

「そうか」


 すると横で食事をしていた行商人の護衛の男が気になったのか聞いてくる。


「ん? どうしたんだい? 何か魔物の気配でもするのか?」

「え? えっと、昨日くらいからずっと誰かに見られているような感覚があって」

「見られている?」


 男は不思議そうにあたりを見回すが、何も感じられないようだ。

 探るのをあきらめたのか、ジッと君島を見つめる。


「良くわからんな。気配なのか? それとも視線?」

「その、私も良くわからないんです。ただ何となく嫌な感じがあって……」

「うーん。ま、俺はよく行商人とか旅の護衛をすることが多いから、周りの気配とか探るのが得意なんだけどよ。とりあえず問題なさそうな感じがするぜ? 気のせいじゃないか?」

「はい、気のせいなのかもしれませんが、でもちょっと気になって」

「……そうか。まあ、あまり気にすると寝不足になるからな。良く寝た方が良い。明日は村につくっていうしな」

「はい、そうですね」


 男は再びジッと君島を見つめる。見つめられた君島はちょっと困惑するが、すぐに男は手を振って君島から離れていく。

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