第60話 ヒポッド

 その後、俺達は宿舎の中に籠もる。

 宿舎も無関係の人間が入ろうとすれば入れるのだが、州軍の設備であるだけに街の中ではそれなりに人目もあるし、良いだろうという考えだった。

 食事なども持ってきてもらい、宿舎のラウンジで4人で食べる。


「それにしても、これはこれで退屈ですね……」

「悪いな、お前たちを巻き込んでしまって」

「先生が悪いわけじゃないですし」

「そう言って貰えると……あ、ちょっとタンマ!」

「タンマってなんですか? 駄目ですよ」

「タンマは、待てだっ、おい仁科っ!」


 俺は、暇な俺達のためにストローマンさんが持ってきてくれた木製のパズルゲームで仁科と対戦していた。いわゆる立体4目並べなのだが、これがなかなか難しい。日本に居た頃たまに飲みに行くバーに似たようなのが置いてあったため、何度かやったことはあった。

 それもあり、はじめは俺が勝ちまくっていたのだが、しばらくするとグングン仁科が強くなってくる。

 大人の威厳を見せたいところだが……その試みはだいぶ怪しくなって来ていた。


「もう、先生。危険な人が来ているっていうのにそんな遊んでばかりで」


 実際君島の言うとおりなのだが、なんとなくストローマンが言うのを聞く感じだとそんな危険な感じの男では無いというし。うーん。あの逃亡劇で俺の危機意識が麻痺してしまっているのだろうか。


 ……いや。違うな。


「だが、その冒険者がここに居座った場合、そう何日もここで隠れているわけにはいかないだろ?」

「そうですけど……」

「なんとなく、いざとなったら戦おうって思い始めているんだ」

「え?」

「自分が天位になりたいって、それだけで人に刃を向けるような人間のために、俺だけじゃなくお前らの自由まで奪われるって考えたらな……少しムカつく部分は在るんだよ」

「先生……大丈夫なんですか?」

「う~ん。やりようは在ると思う。以前パルドミホフさんに力を見てもらったことがあっただろ?」

「はい」

「普通に戦って負けることはまず無いだろう。そう言われたんだ」

「先生は強いのは分かりますが……」


 君島の心配はわかるが、この世界でこうやってこれからも生きていかないといけないんだ。人の生死にも関わることも出てくるだろう。あとは俺の覚悟だけだとも思うんだ。


「まあ、でもだからといってホイホイと出ていくつもりはないよ」

「はい」

「その冒険者が問題なさそうなら、明日はまたお前たちの階梯上げに行こう。メラの食事だって必要だろ?」

「そう……ですね」


 なんとなく、俺の話を聞いて君島も少し肩の力を抜いてくれる。うん。俺のためにあまりストレスを溜めないで欲しい。


「だからまあ、君島。とりあえず俺のカタキをとってくれ。……仁科が強すぎる」

「ふふふ。任せてください」


 君島が俺の隣に座り、不敵な笑みを浮かべる。




 その日の夕方に、帰ってきた冒険者の情報を持ってストローマンがやってくる。作業員や州兵達の評判は悪くないということだった。実際に素材の買取を出来るかと詰め所にやってきたその冒険者とも話をしたという。


「おそらく問題は無さそうです。ヤーザックさんもそこまでの警戒はしなくて良さそうだと判断していました」

「おお、良かったです。じゃあ、明日からまた外に出ても?」

「はい。一応私もついていきますが、階梯上げですよね?」

「そうです。宜しくおねがいします。メラも生肉食いたがるんで」

「ははは」


 その日はそれでも俺の隣のブースでストローマンも寝ることになった。いつもは1つ奥のドアで仕切れる区画で女性陣が寝ているのだが、なんだかんだとふたりとも俺の近くのブースを使っていた。

 まあ、一応は反対したが、ドアで閉められるから大丈夫だと押し切られる形になる。




 翌朝、日の出とともに目覚めた俺たちはそれぞれ準備をして食堂に向かう。食堂ではすでに州兵たちが集まり朝食などを取りながらそれぞれのグループに分かれ予定を確認していた。

 今日は道路修理の仕事はないということだが、いつもと同じように整備済みの場所まで行ってから森の中を歩く予定だ。俺たちと同じように階梯を上げたり素材を集めるために他にも2パーティーが同行する。


 食事が終わると村の門に向かう。こうしていつも門の外に荷馬車につながれた騎獣が準備してある。冒険者と同じような組織だと言われるが、なかなかにちゃんと分業してあってストレスのないシステムに驚いたものだ。



 そして、実は荷馬車にも微妙に乗りやすさに違いが在る。椅子の幅や傾き、タイヤのすり減り具合が違うため、一時間も馬車に揺られるとその微妙な差が疲れの差につながる。今日は俺たちが一番だったので良さそうな荷馬車をチェックしてる。


 ……と。


「キャッ!」


 突然君島の悲鳴が上がった。その切羽詰まった声に俺は慌てて君島に目をやる。君島は一方を見つめたまま凍りついたように固まっていた。


 ゾクッ……。


 俺もすぐに同じ方向を向く。


 な……なんで……・


 それは俺の目にも映り込む。オレたちの記憶の中に恐怖とともに刻み込まれた魔物だ。


 荷馬車に繋がれたセベック達の奥に、一匹の魔物がいた。

 ギャッラルブルーで見かけた、あの6連の目のカバの様な魔物だった。


「なっ。なんでコイツがここに!!!」


 俺は慌てて腰の刀に手をやる。ここで奴が暴れれば大変なことになる。

 カバの魔物は俺達のこと等見向きもせずに、セベックの為に置かれている大きい木桶の水をガバガバ飲んでいる。

 いや、6つの目の1つは、ギロリとこちらの方を確実に見ていた。


「な、なんだあれ……」


 初めて見るのだろう。魔物に気がついた仁科は無防備にも近づこうとする。その手を慌てたように君島が引く。


「駄目っ!」

「え?」

「後ろにいろ!」


 左手の親指を鍔に掛けながら俺は一歩前に出る。危険だがすぐに斬れば問題ない。ギャッラルブルーでも、そうやって始末もしてきた。

 ぐっと体を沈め、気持ちを刀に集中する。俺の殺気に気づいたのかカバの魔物は不思議そうな目でこちらの方に顔を向ける。


 今。


 蹴り足がグッと大地を掴み。一気に魔物に肉薄する。そのまま俺は抜刀し一閃。


 ギャギィイ!!!


「なっ!!!」


 魔物を斬らんと鞘から放たれた刃が魔物に迫るその寸刻。その道を一本の剣が塞ぐ。耳障りな不協和音が、俺の刃が止められた事実を告げる。


 ……な、なんだ???


 停止する刃を前に、思考が滞る。


 止めたのは1人の男だった。

 青味がかった見たこともない不思議な色の剣で俺の刀を抑えながら。困ったような顔で俺を見下ろしていた。


「ちょっとちょっと。俺のジェヌインちゃんに何するのよ。いきなり斬りつけるなんて酷くね?」

「……え? 俺の?」

「そうそう。俺の騎獣なのよ。魔物じゃねえからさ。収めてくんない? その刀」

「あ……ああ……」


 なんだって??? ……止めた? 今の、打ち込みを?


 自惚れるつもりはないが、この世界で段々と自分の居合の鋭さというのは自覚していた。俺だけの圧縮された時間軸で、誰にも邪魔される事は無いんだと、そう思っていた。


 ……だが。


 完全に過信であった。


 男は伸ばしっぱなしの髪を無造作に後ろで縛り上げ。所々に穴の空いた粗末な服に身を包んでいた。その身なりとは不似合いな、華美に装飾の施された鞘を掲げると、スッと無駄のない動きで剣を収めた。

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