第59話 よそ者

 それから一週間程して、ようやくビトーの宿の修繕の話が進み始める。


「駄目だな、ここらへんは木が腐ってやがる」


 それはそうだ、50年近く誰も住まないまま放置した家が、良い状態で在るはずもない。それでも話によると柱になってる木がだいぶいい素材らしくベースは大丈夫だと。壁材などが崩れたりしているのを直したりとそういう修繕に成るのだろうか。今回の責任者のカムログはブツブツと文句を言いながら建物のチェックをしていた。



「俺たちは今の間取りで問題ないので。一人部屋が4つ確保出来れば嬉しいです」

「良いんか? 奥さんと同じ部屋じゃなくて」

「え? いや、あの、まだ、正式には……」

「ったく。そんなノンビリしてると逃げられるぜ。なあ、姉ちゃん」

「大丈夫ですよ。私は逃げませんから」

「おおう、あっつあつだなあ~。先生!」


 バシン! とカムログが笑いながら俺の背中を叩く。まいったなあ……。


 ドゥードゥルバレーという街自体が、元々はギャッラルブルーとホジキン連邦の他の主要都市を結ぶ街道沿いに在るため宿場町としての意味合いが強いようだ。人の住んでいない家の中には同じ様な宿を思わせる建物も在るが、現在営業している宿は無い。

 ほかの宿と比べてもこの宿はそこまで大きい宿ではない。個室が何室かと、雑魚寝用の大部屋が1つあったようだ。俺たちが下宿する以外に宿として営業するつもりも無いようだが、ヤーザックさんからは、今回来たように連邦の要人等が来たときの為、一応全ての部屋を修繕するように頼まれているという。

 それなら問題なく自分達の部屋は貰えそうだ。


 ある程度話が決まった頃に、ふとカムログが何かを思い出したように言う。


「あ、そう言えばよ~。先生」

「はい、どうしました?」 

「ちょっと身元が分からねえらしいが、冒険者が昨日この街にやってきたらしいっすよ」

「冒険者が???」

「へえ、この街じゃ宿もねえしギルドもねえ、居場所もねえって事で冒険者が寄り付く場所じゃねえんすがね」

「あ、ああ……もしかして」

「ん~。そうっすね。先生が目当てって事も在るらしいんで気をつけたほうが良いかもしれねえって話っす」

「わ、分かりました……」


 チラッと横を見ると君島も厳しそうな顔で話を聞いている。一応先日のシドの件から小太刀は常に腰に下げるようにはしているが、実際戦いを求められた時……俺は受けることが出来るのだろうか。


「あ、あのう……」

「ん? どうした?」


 話を聞いていたビトーがおずおずと話しかけてくる。


「……その人昨日うちに来た人かも」

「昨日? ここに?」

「宿はやってるか? って。やってないって断ったけど」

「んー。どういう人だった?」

「なんだろう。ニコニコして。危険な感じじゃ、無いかも」

「お。悪い人じゃなさそうか……」


 少し安心かと思った瞬間、ジロリとカムログがこっちを見る。


「いつもニコニコして、突然斬りつけてくるようなやつだって居るぞ」

「んぐ……」


 ……油断はしないようにしておこう。

 


 しかし、そんな話を聞いてしまうとのんびりとビトーの家の補修計画の話を聞いているのも気がそぞろになってしまい、どうも具合が悪い。

 話はあらかた終わっていたため俺たちはとりあえずその冒険者の情報を聞こうと、州軍の詰め所に向かった。



 詰め所に行くと丁度ストローマンさんがヤーザックさんの部屋から出て来たところだった。


「あ、先生。良いところに」

「良いところって、この街に来てる冒険者の話です?」

「ああ、もう話は聞いていましたか。そうですね。その話です」

「ど、どうなりました? やはり目当ては……」

「いや、それが良くわからないのですよ」

「わからない?」


 男は昨日夕方くらいにこの街にやってきたらしい、その後俺のことを探すでもなく泊まれるところを探して無いことを知ると、街の適当な広場でビバーグしたという。そして、朝になると、道路修理に出る州軍に一緒についていかせてくれと言ってきて、そのままついて行ってしまったらしい。


「一応、どういう人間かも知りたかったので同行を許したんですけどね。ですのでまだ状況が分からないのですが」

「なんで州軍について行ったんですかね?」

「なんでも食糧を捕りたいと言ってまして、連れていた騎獣もあまり騎獣として使っているのを聞いたことのない珍しい騎獣でして、そっちも大喰らいだという話です」

「へえ、自前の騎獣ですか」


 ううむ。どういう人なのか全くわからない。


「まあ、いずれにしても帰ってきたら兵たちにその冒険者の事など聞きますのでそれまではなるべく宿舎の方に居てもらったほうが良いかもしれません」

「そうですか」

「私も今日は宿舎の方に泊まるようにします」

「すいません」


 ヤーザックさんやストローマンさん等はこの村に自宅を持っている。1年経っても帰郷の打診が無い家屋などで、痛みが少ないものを修繕して少しづつ家族の居る州兵などを住まわせたりしているのだが。チノンさんとパノンさんの双子も空いていた鍛冶屋の工房をそのまま使わせてもらっているのは同じだ。



 この街を取り戻して戻ってきた人々には共通点がある。

 生活に苦しむ者。だ。モンスターパレードで周りの州などに逃げ込んだ人々の内、その地で生活の基盤が出来それなりに安定した生活を営むようになった人達は今の生活を捨てて故郷へ帰るなどという選択はしない。

 ジャングルリーフ達も、復興間もないこの地にはギルドの支部もなく、冒険者としての生活も難しい。


 そうなると、ビトーのように頼るものもなく、在る種の望みを掛けてやってくる者や。多くの兄弟の中で親から譲られる土地などの目処が立たぬもの。そういった者が、なんとか街に集まっているような状態だった。


 州軍としては、現場の兵隊たちが食べる野菜などが必要になる。

 その為早い段階から農地は、家とセットで農業を営むものを募集し、そういった枠に関してはそれなりにすぐに埋まったという。農奴の様に大きな農場に雇われてなんとか食いつないでいた者などが、家族を引き連れ引っ越してきている。


 そして問題は一般的な商売を営む者だ。残念ながらこの街には1人も居ない。

 この街は人も少なければ豊かでもない。商売をしようにも売れる場所でもなければこんな辺鄙な場所までやってくるものは居ない。在庫を仕入れるための輸送ルートにもお金がかかる。日用雑貨等はたまにやってくる行商人で十分まかなえていた。


 ちなみに、この街に住んでいる住人たちは、俺たちや州兵達が獲ってくる魔物の食用肉は無料で受け取れる。住民確保のための施策らしいが、食事の心配が無いだけでも十分幸せと思えるような人たちがポツポツと暮らしているだけというのが現状だった。



 そんな街に、ふらりと冒険者がやってくれば。否が応でも目立つ。

 天位との置き換わりを狙って戦を挑んでくる者から距離を取りたい俺からすれば、意外と住みやすい環境なのかもしれない。

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