第56話 ビトーの家の雨漏り
「驚かせてごめんな」
「大丈夫……です……天位様はなんでここに?」
「シゲト。で良いから。天位様はちょっと恥ずかしいんだ」
「シゲト、様」
「様もいらないよ。少し散歩をしていたんだ。ここらへんをね」
「散歩?」
「そうだ。この街に来て少し経つが、あまり街の事を気にしていなかったからな。時間が有ったから」
散歩……ギリギリで生活をしているような子に、そんな習慣も無いのだろう。不思議そうな顔で俺の話を聞いていた。
「ここは、君の家?」
「そう……です」
「すごいな。こんな広い家。もともとは食堂とかやっていたのか? 君のお爺さんは」
「そう。食堂と宿屋をやってたって。……です」
「です、も要らないよ。……そうか。宿屋もやっていたのか。……ここに一人で?」
「そう……」
少年は、です。と言いそうになりながら、言うのを飲み込む。うん。子供は素直が良いな。
「屋根の上で、何をやってたんだ? 雨漏りとか?」
「雨が降ると垂れてくるから……穴が空いていて」
「そうか……もしよかったら見てみようか?」
「え? でも……」
「まあ、あまり建物のことは詳しくないけど……何処から水が漏れるんだ?」
「……こっち」
中に入ると、とても人が住んでいるような状態ではなかった。その中で所々に生活の跡のようなものを感じ、少し陰鬱な気持ちになりながら子供の後についていく。子供はまっすぐ階段に向かいそのまま2階に登っていく。
「そういえば。名前は?」
「ビトー」
「そうか、よろしくな。ビトー」
「よろしく……シゲト」
2階にあがると廊下がズラッと左右に伸びている。そして5つほどの部屋が並んでいた。どのドアも外れて壊れたりしていたが確かに宿屋だったと言われれば納得する作りだ。
そのまま連れてこられた場所を見上げると、天井がない。ログハウスのようにそのまま材木を組んで屋根になっている。
ところどころに桶などが置いてあり、そこが水漏れしているのだろう。窓が開いていて、覗くとすぐ前にハシゴが掛けられている。先程はここから屋根に登ったのだろう。
……だが無理だ。
流石に2階の屋根に降りるなんて言うアクロバティックな真似はできない。想像しただけで冷や汗がにじんでくる。
「屋根は……どんな感じなの?」
「めくれたりして。多分そこから」
「なるほど……」
「ただ、俺は高い所が苦手でな……どうやらここから上には上がれないんだ」
「高い所が?」
「そうなんだ。手伝うとか言って何もできずに申し訳ない。なんとなく屋根裏とかで漏れている場所とか見れればと思ったんだけど」
「ううん。大丈夫」
「さっきは木の板を?」
「うん」
なんとなく、板を貼り付けて釘を打ち付けても駄目なような気がしてしまう。以前実家で雨漏りをした時、随分と直すのに苦労していたような記憶がある。
「ビトーは一人でここに?」
「そう、1階で」
「寂しくないか?」
「……わからない」
「そうか……う~ん……ちょっと州軍の人とかに相談してみるよ」
「州軍の?」
「なんかほら、鍛冶師の人が居たり色々な技術持っている人がいそうだからね。俺たちが住んでる寮だって、詰め所だって最近直した感じでキレイだし」
「……でもお金無いよ」
「う~ん」
お金かあ……お金なあ……まだ俺だって連邦軍に正式に加入しているわけじゃないし給料も無い。軍の食堂などで全てが無料だからなんとかやっているが……。
とりあえずいい案が無いか考えてみると約束し、ビトーと別れた。
「うーん……それでも風呂に入るか……」
何も出来ずに立ち去った事で、少し後ろ髪を引かれていたが、俺は風呂でさっぱりして寮に戻ることにした。
寮に戻るとラウンジで3人が談笑していた。俺が風呂上がりの様子をみると、君島が不機嫌そうに言う。
「お風呂行くなら誘ってくださいよ」
「帰ってきて誰もいなくてさ。うん、まあ、悪い」
「良いですけど」
「君島はどこに行ってたんだ?」
「メラちゃんの食事で外に行ってたんです、2人も一緒に」
「そうか……外は魔物もいるしな、気をつけろよ」
「はい。でもこの近くだけなら大丈夫ですよ。先生、食事は?」
「いや、食事はお前たちが帰ってから行こうと思ってたから」
「ふふふ。じゃ。行きましょ」
そして4人で連れ立って食堂へ向かう。今更ながら食堂は詰め所に隣接している。ちょうど食事のタイミングが重なったのか、食堂はかなりゴミゴミとしていた。
「4人で座れるところあるか?」
「う~ん、あ。あそこは……止めたほうが良いですね」
仁科が見つけたテーブルには、ヤーザックとパルドミホフ、それとシドが3人で座って食べていた。流石に他の州兵たちも同じテーブルに座るのは遠慮しているらしく、広いテーブルに座る余裕はあった。
しかし3人も朝方のシドとの揉め事が頭にあるのか、止めておくか。という顔で俺の方を見る。
「じゃ、お前たち先に風呂でも入ってきたらどうだ?」
「そうですね」
あきらめて食堂から出ようとした時、ふとヤーザックさんと目が合う。俺は軽く会釈をしながら食堂から出ようとする。……と。
「シゲトさん! こっちどーぞ!」
ヤーザックさんが、立ち上がりこっちに向かって手をふる。後ろを向いていたパルドミホフとシドもこっちを向いた。
「げー」
「お、おい! 桜木!」
思わずつぶやく桜木に注意をしながら君島の顔を見る。君島もちょっと困った顔をしながら「しょうがないですね」と小声で言う。うん。しょうがない。
俺たちは、ゴミゴミしたテーブルの隙間を縫ってヤーザックさんのテーブルに行く。パルドミホフさんも立ち上がり俺たちを迎えると、慌ててシドも立ち上がる。
「えっと。よろしいのですか?」
「はいはい。どうぞ、ちょうど皆様のお話もさせていただいていましたので」
「ははは……」
俺たちの話ってなんだろう。嫌な予感も抱きながら俺たちはテーブルを使わせてもらうことにして、カウンターに食事を取りに行く。
今日は……肉を焼いたものか。ステーキなのか。ちょっとうれしいな。その他野菜などを4人で並んで、大皿に入れてもらっていく。
「野菜少なめでー」
「またかよっ」
「うん、美希ちゃんはもう少し野菜食べたほうがいいよ~」
「ですよね、ほら先輩だって言ってるじゃないか」
「む~」
カウンターでの3人のやり取りを見る感じ、あのテーブルに付くのは余り気にして無さそうだ。料理を受け取ると再びテーブルに向かう。皿を持ちながら……何処に座ろうかと逡巡する。
テーブルには片方にヤーザック、向いにパルドミホフその横にシドが座っている。俺はヤーザックさんの隣に迎えられたので、問題はシドの隣だ。君島は当然のように俺の隣にやってくる。仁科の方をチラッとみると、仁科はうなずいてすっとシドの隣に座る。そしてその横に桜木が座った。
「今日はお疲れさまでした!」
俺たちが座ると、ヤーザックさんが嬉しそうに声を掛けてくる。見る感じシドは思った以上に静かだ。
「今日の肉は、先日シゲトさん達が取ってきたダーティーボアらしいですよ」
「おお、自分達で獲った肉を食べるのって初めてかもしれないですね」
「ダーティーボアは人気ですからね、取れれば必ず食堂で出てきますよ」
「なるほど。ちょっとうれしいですね」
そうか、自分で取ったものを……って倒したのは生徒たちだけど、俺もちゃんと捌くの手伝ったから良いだろう。
なんか少し、日本じゃ考えられない体験に少し良いなって思える自分が居た。
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