第57話 食堂にて
先に食事をしていた3人も、まだ食べ始めたばかりという感じで、うまそうに肉に齧りついている。少しづつ雑談から始まり段々と話が核心に近づく。
「それで、ヤーザックさんに聞いたところ、君も連邦軍を希望しているらしいね」
パルドミホフが俺の横にいる君島をじっと見つめて話しかけてきた。
「はい。でも、先生と一緒に居られるならと思ったので……もしほかの州とかに行かなければならないのであれば……」
「うんうん、そこも聞いているよ。君は樹木魔法に秀でた精霊をお持ちのようだね。今回ギャッラルブルーからの逃亡劇も君の能力が無ければ成し遂げられなかったと聞いている。能力的には決して連邦軍は断らない人材だと思うよ」
「ありがとうございます」
パルドミホフは視線を俺に移し、話を続ける。
「今朝も言ったように、連邦軍としては天位の者はその存在だけでも助かるんだ。そして天位の者は時としてその命を狙われる立場となる」
「は、はい」
「私も同じでね。だからこうして常にシドが私のそばにいる……まあ、裏方の仕事をやるには少しばかり行動に問題があるがね」
「パ、パルさん。ちゃんとやってますって!」
シドは焦ったようにいうが、パルドミホフはチラリとも見ずに話を続ける。
「常に一緒にいる都合上、コイツのように私の弟子というある程度親しい立場の人間がその警護につく。シゲト……先生でいいかな? 連邦軍所属として行くのであれば。私どものルールとして警護を付ける必要があるんですよ」
「私に、警護が?」
「特に貴方の能力はかなり尖ったものだ。なるべく早く階梯をあげて、もっと抜刀出来る数を増やす必要もあるのですが、その前に警護は付けなくてはならない」
「はい……」
「そこで……出来ればユヅキさんにその任に就いてもらうことで、ユヅキさんの希望を満たすことが出来るのではと」
「君島が???」
「そうです。連邦軍に所属して、かつ常にシゲト先生と一緒にいられる……」
突然のことになんと答えて良いのか分からなくなる。生徒に俺を守ってもらう? いやいや。そんな危険な――
「分かりました。やります」
「きっ君島?」
「ふむ……君なら責任を持ってやってくれそうだね」
「い、いや。駄目ですよっ。そんな生徒に俺の盾になってもらうような仕事はっ」
「しかし、本人はやるつもりですよ?」
「はい! 連邦軍に入らなくても私はずっと先生と一緒に居るつもりですし」
「ちょっちょっ! だって。まだ君島だってこっちに来たばかりで」
「もちろん今の実力では厳しいでしょう。ですからしばらくの間は本部から人間を寄越しますので、ユヅキさんを一流の戦士として育てようと思います」
「一流の戦士って……そんな危険な」
「お願いします!」
「おおい、お願いしますって……」
いきなりとんでもない方向に話が流れる。困り果てた俺は助けを求めるように仁科に視線を送る。
……だめだ……仁科も目をキラキラさせている。
「パルドミホフさん! 俺も先生の警護やりますっ!」
「ちょっ! 仁科お前までっ!」
「私もやりまーす」
「桜木ぃ~~」
思わず頭を抱える。なんで生徒達を俺の危険に巻き込まないとならないんだ……。
慌てふためく俺をよそにパルドミホフさんは冷静に返す。
「うん。でも君たち2人は一応州軍の構成員だからな」
「駄目、ですか?」
「……ミキさんは天戴の守護を持っている。おそらくだが……ただ普通に階梯を上げていけば自然に天位に手が届く」
「え?」
「ミキさんもシゲト先生と同じ立場に成るんだ」
「私が??? ですか?」
「そうだ。そうなれば今のシゲト先生と同じように州軍の手に余るようになる。その時は出来れば連邦軍に入って欲しい」
「おおぅ」
「そしてその時は、横にいるタカトさんがミキさんの警護として横に居てもらう事もありじゃないか?」
「私を鷹斗君が?」
「俺が桜木の?」
パルドミホフの言葉に2人がびっくりしたように見つめ合う
……。
「はっはっは。しかし魔法使いの置き換わりはあまり無いから……そこまで心配しなくてもいいと思うがね」
話によると、近接職同士は正々堂々の勝負がしやすいが魔法で戦う場合はなかなか難しいらしい。それでも魔法職同士だとある程度置き換わりが発生するらしいが、魔法職が近接職に戦いを挑まれるような事はパルドミホフも聞いたことはないらしい。
……あれ。
しかしなんか、この2人……。
なんとなしに恥ずかしそうに仁科が視線を外す。桜木も同じ様に目が全然別の方向に向く。……これは2人が何かを意識した瞬間を目撃してしまったかもしれない。
「お、俺は……回復職ですよ? 戦えって言われれば……戦いますけど」
「そう言えばそうだったな……だが、タカトさんの守護精霊も上位精霊であるし、十分に力を付けられるはずだ」
「はい……」
何やら考え込む仁科をお返しとばかりにニヤニヤと眺める。横から視線を感じて振り向くとそんな俺を君島が意味ありげに見つめている。
「あ、いや……まあ。青春だよな?」
「私達だって、青春のつもりですよ?」
「ははははは……」
「また先生はそうやって……」
いずれにしても魔法のない世界から来た俺達のために魔法を使っての戦い方のエキスパートなどを紹介してくれるらしい。後は階梯上げにはここの土地はかなり恵まれているだろうから、続けるように言われる。
少しずつこの世界の事情に巻き込まれ始めているのかもしれない。
あ、そう言えば。ヤーザックさんなら……。
「あの、すいませんヤーザックさんよろしいでしょうか?」
「はい、どうしましたか?」
「そのう……大工さん的な、建築とかに強い州兵の方ってここにもいらっしゃるんですか?」
「建築ですか?」
「はい。この食堂とか、僕らの宿舎も割とキレイに直してあって、もしかしたらそういう専門家がいらっしゃるのかなあと」
「ああ、そうですねまあ、みな何かしらの仕事の技術を持っている者が多いですからね。どうしました?」
「えっと……あれ? 今日は居ないかな? 前にそこで皿洗いしていた子なんですが、爺さんが元々住んでいた家を頼ってこの街に来た子で……」
オープンキッチンの向こうを必死に探すが、今日はおばさんが皿洗いをしている。
「ああ、この街も余り仕事が無いので、働きたい人を日毎に交代で働いてもらう感じになってしまっていて……」
「なるほど……」
「その子の家が雨漏りとかが酷いようで、あと中も大分荒れてて、どなたか修理を手伝ってもらえたらなあ……なんて思って」
「なるほど……う~ん。流石に州兵を私用でというと厳しいですね」
「やっぱそうですか……」
まあ、それはそうだ。ゆるいとは言え、公私混同が過ぎれば厳しいか。ヤーザックがクレーム対応する営業マンのような実に申し訳ない顔で謝ってくる。
「帰郷の促進で建て替えなどは州政府の指導でやることはあったのですが……お役に立てずに申し訳ないです」
「いえいえ、こちらこそ、余計なことを」
「いや、ほんとに……ふう……」
ヤーザックさんはそれを部下に命じて良いのか、更に悩むような仕草で困っている。逆に申し訳なくなり、その話を終わりにする。
その後軽く雑談をしながら食事を終え、解散する。連邦軍の天位とドゥードゥルバレーの責任者の2人を前にして席を立つタイミングがなかなか難しかった。パルドミホフとシドはこのまま明日の早朝には街を出発するということで、別れの挨拶もこの場で済ませる。それにしてもシドが随分とおとなしくなった。
パルドミホフの横に居るというのも在るのだろうが、俺の実力をある程度認めてくれたのかもしれない。
食器を返すとそのまま宿舎の方へ向かう。
「先生、こないだの子供の家に行ったんですか?」
「ああ。散歩しててな。屋根の上に登って雨漏りの修理をしようとしていたんだが、やはりまだ子供だからな大人が手伝ってやらないとって思ってな」
「先生が手伝ったんですか?」
「うーん。いや、実は俺、かなりの高所恐怖症でなあ……無理だった」
「ああ……ま、僕は高いところ苦手じゃないから、もし何なら手を貸しますよ?」
「そうか? 悪いな」
「いえいえ。先生の気持ちは分かりますし」
そうだな。出来ることはしてあげたい。でも俺たちも素人だと思うとそれで何かが好転するとは思えなかった。
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