第54話 試し

 俺の腕を見せてもらうということで、俺達はセベックと言われる騎獣で一気に奥地へ向かう。君島たちも付いて来たがったがとりあえず我慢してもらった。


 セベックと言われる騎獣はたてがみのように後ろに撫でるような角が付いている。その角のせいで騎乗した時に刺さったりと危ない気がしていたのだが、実はこの角は柔らかく、俺がイメージしていた角とは材質が違うらしい。

 性格も至っておとなしく、初心者でもまたぐことは出来るのだが……いざ走らせてみるとなかなかに難しい。ゴツゴツと揺れるのだ。その揺れもランダムな感じで体が大袈裟に揺れてしまう。


「シゲト様、セベックの揺れを覚えてください。パターンさえつかめばそれに合わせて脚や体で衝撃を吸収できると思います」

「うわぁ。兄さんセンス無い――」

「シド」

「なんでもないっす」


 だんだんと、シドの軽口には慣れてきた。どうやらこの男は思ったことをなんのフィルターも無しに口から出しているようだ。十年も教員をやっていれば色々な生徒を目にする。そういうタイプの生徒を見たことがないわけじゃない。

 要は気にしなければよいのだ。


 1時間もセベックに乗っていれば、それなりには慣れてくる。その様子を見ながらパルドミホフはセベックのスピードを少しづつ上げ始める。


「何処まで行くんですか?」

「特に考えていないが……ある程度強めの魔物で見てみたいと思っています。報告ではギャッラルブルーからの移動で何匹かの上級を倒したとあったので」

「その、実は魔物の名前なども分からないので、本当に上級なのかは分からないのですが……」

「間違いなく上級でしょう。時間的に余り奥まで行けないようでしたら、中級の魔物を倒すところを見させてもらうだけでも良いんです。その、種族特性の様な物が見られればと」

「なるほど……」


 そういえば、先程ドゥードゥルバレーでも種族特性の事を言っていたな。


「種族特性ってどういう物なんですか? 僕の場合は種族的なものでなく持ち込みのスキルだと思うのですが」

「ああ、そうですね……例えばカミラ将軍は知っておられますよね?」

「あ、はい」

「将軍はモリソンという世界からの転移者の末裔なのですが、特に数の少ない純血でしてね、この世界で産まれた方なのですが、種族特性をお持ちなのですよ」

「ほ、ほう……」

「簡単に言えば鬼化と呼ばれるスキルをお持ちなのです」

「お、鬼化?」

「そうですね……ヒューガー公国はご存知で?」

「イルミンスール大陸の?」

「そうです、その建国の父、ヒューガー公は最も有名なモリソン人でしてね。元々はジーべ王国の英雄として知られておりました」

「はい」


 その昔、ジーべ王国がホジキン連邦、厳密にはまだ連邦として成り立つ前のリベット州と戦争になったことがあった。当時のリベット王国には時の大天位ウェルドといわれる猛者が陣頭に立ち猛威を奮っていた。そこに現れたのがジーべ王国のヒューガーだった。

 当時のヒューガーのランキングは150位付近、対するウェルドは8位。誰がどう見ても敵わないと思われた。しかし、ヒューガーは少しも怯むこと無くウェルドの前に立ち……鬼化した。


「鬼化というのは、命を削るような負荷があると言われ、そうそう行うスキルでは無いらしいのですが、激しい戦闘の末、とうとうヒューガーが大天位を堕とすという前代未聞の置き換わりが行われたのです」

「す、すごいですね……それ」

「基本の身体能力、魔法適正などから算出されるランキングとは違う要素が、世の中にはあるのです。モリソン人も自分のランキングは通常時の能力から算出されるので、その順位を大きく超える能力を持つ種族として見られております」

「なるほど……」

「モリソン人で素の能力値で天位に上がった例を見たことが無いですが、そんな者が居れば天曜にすら勝ってしまうかもしれませんな」

「すごい……ですね」

「何をおっしゃられます。シゲト様の置き換わりは、その時以上の衝撃を世界に与えているのですよ?」

「え? ……ははは」

「ホンマ、自覚ないんやな……」




 やがて舗装も直されていない道になるが、セベックは気にもせず進んでいく。その中で少し嫌な気配がまじり始めていた。パルドミホフも気がついたのだろう、セベックを止める。


「ん~。……ここらへんで良いでしょうか」

「なんや、もっと奥へ行かないんすか?」

「魔物……ですね?」

「ほう、わかりますか……」

「へ? なんや。魔物か???」


 気配を潜ませてじっと忍び寄る感じ。いつかの狼の魔物もそうだったが、感覚的にあれは集団で囲んでくる。左手で鞘を掴み集中度を高めてみても、魔物は一頭だけのようだ。セベックもいよいよ何か気配を感じているのか少しソワソワしはじめる。


 ……やっぱりここは俺なんだろうな。


 セベックから降りると、手綱をシドに持っていてもらう。チラッとパルドミホフの方に目をやると、見せてみろとばかりにうなずく。俺はそのまま右手を柄に添えながら魔物の気配が在る方へ進んでいく。魔物は俺の動きに警戒をするようにグッと殺気を濃くしていく。


 ……。


 スー。ハー。


 居合は見世物では無いが……味方になる人にはわかっていて欲しいというのもある。


 ススっと魔物は茂みの中を最低限の音で進んでくる。見事なものだ。だがギラギラとした殺気は隠しようもない。


 先の先を取ることが無いこともないが。楠木家に伝わる流派の拘りはあくまでも後の先。鯉口を切りつつ俺はスッと右足を浮かせ、そのまま力強く踏み込む。


 ダンッ!


 その音で張り詰めていた緊張の糸が切られる。ザッっと茂みが揺れた瞬間。真っ黒な巨大な猫のような魔物が弾丸のように飛びかかってくる。俺の目にはゆっくりと。スローモーションのように……。後は間合いを見極め、グッと引き寄せ……。


 斬るだけ。



 飛びかかる勢いのまま、2つに斬られた魔物はそのまま肉塊となり地面を転がっていく。ゆっくりと舞う血しぶきを避けながら残心をとる。

 うん。俺は懐から紙を取り出し刃についた脂を拭き取る。


「なっ……なっ……なに……」


 シドには抜刀が見えたのだろうか。居合の際の俺と周りには時間のズレが生じるようだ。速さを追求すれば同じ時間軸でも抜刀は見えにくい。そこに時間のズレが乗ればさらに……。


「カートンが殺られるわけだ……速い……速すぎる」


 心なしか、パルドミホフも顔を曇らせ俺を見つめていた。


「私の特性というか持ち込みのスキルなのですが、居合の際に全ての要素。魔力、筋力、感覚、それが一気に凝縮されるのです」

「力の……凝縮?」

「はい。ただ……僕の能力だと魔力が足りないんです」

「魔力が?」

「はい。刃にまとわせる魔力も自分の持ってる魔力を凝縮して乗せてしまうので」

「なるほど……今の抜刀を何回程?」

「5回ですね。6回目は多分魔力切れで倒れてしまいます」

「……ふむ……なるほど、わかりました。もう良いでしょう」

「もう良いんですか?」

「はい。表裏一体と行ったところでしょうか。それにしても、だいぶ尖ったスキルですな。……だがそれ故に危険です」

「自覚しております。僕を殺そうと思えば簡単に殺せる。そういう天位なんです」

「ここまで来てそうそうですが一度街に戻りましょう。今後のシゲト様への対応を考えないといけない」

「よろしく……お願いいたします」

「任せてください……その前に……シド!」

「は、はいな!」

「心臓摘出しておけっ」

「え……」





※昨日ホグロフスさんの名前をパルドミホフさんに変更させていただきました。登録商標だと問題があるかもとの指摘に対する変更です。ご了承ください。ほかにもあると言えばあるのですが、ちょっと様子を見させてもらいます。

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