第43話 メラ

「君島っ!」


 慌てて、外してあった刀に手を伸ばそうとする。


「待ってください!」


 すると君島が俺を止める。どういう事だ?

 なんだか変な体制で固まったまま、君島の膝の上にいる赤いヒヨコを見る。見たことがないが、まるで噂に聞くカラーヒヨコだ。それでいて、大きさはヒヨコの大きさじゃない。小さめの鶏くらいあるんじゃないか。


「気をつけろ……ちょっと突かれるだけで穴が空くんじゃないか?」

「大丈夫な気がします。殻が割れてこの子が出てきたときは、驚きましたが……」

「あぶなく……無いのか?」

「あんな火の中に居たのに、熱くないんです」

「熱くない?」


 鶏はそのまま君島の足の上で丸まるように首を羽毛の中にうずめてまったりしている。こうしてみると確かにまん丸な感じで可愛いのかもしれない。それにしても……熱くない?


 そっと、触れてみようと手を伸ばす。


 バチンッ!!!


「うぉおお! あぶねっ! やっぱ危険だ!」

「だめっ。ね。怖くないから」


 俺が手を近づけた瞬間、俺の手をくおうと嘴でつついてくる。慌てて手を引っ込めたところに君島がヒヨコを抱きかかえるように抑える。


「だっ……なんで? 大丈夫、なのか?」


 君島が触れると、ヒヨコは再び気持ちよさそうにまるまる。


 ……何なんだ、こいつ。


「前何かのテレビで見たのですが、刷り込み、というのかもしれません」

「刷り込み? ああ、卵から孵ったヒヨコが、初めて見た生き物を母親と……でも、魔物だぞ?」

「だけど、なんか私にすごい懐いているんです……可愛い……」

「かっ可愛いか? なんか、そいつ……妙にでかくて……俺の卵が……肉になった」

「たっ食べないですよっ!」

「あ、ああ……そうか?」

「当たり前です。食べません!!」


 そうか……卵は……無くなったか。ジーッと肉を見つめる。俺の視線に気がついた君島が肉を抱きかかえるように隠す。


 ……ん。まあ、女子は、こういう小動物みたいなのが好きなのだろう。ストラップみたいにカバンからさげたりしてな。……ううむ。魔物から隠れている時に鳴かれたら、とか考えると連れて行くのは不安だが、今の状況でこういうペット的な存在は心の拠り所に成るのかもしれない。


 君島が携帯食を少し砕いて手のひらに乗せると、ヒヨコはおずおずとそれをつまむ。その姿がまた君島の心を掴むようで、俺の見たことのないような笑顔でヒヨコを見つめている。なんとなく……複雑な心境にならないわけでもない。


 やがて、完全に暗くなると俺の横で君島はヒヨコを抱いたまま眠りについた。夜番をしている間、チラチラとヒヨコを見るが、ヒヨコは完全に安心しているかのように君島の腕の中で一緒に寝ていた。


 真っ暗な中、夜番をしながら、俺の順位が変なことになっている話を全くできなかった事に気が付く。






 翌日、しばらく道を外れていたが、そろそろ問題無さそうかと昼くらいから道沿いに歩き始める。

 君島を見れば、カバンにはいった赤いヒヨコが鞄の上蓋から顔をのぞかせ揺られていた。


「その鞄、生き物も入れられるんだな」

「だって、先生だって卵のままリュックに入れていたじゃないですか」

「そうか、まあそうだな」


 確かにそうだ。まあ中が広くなっているだけだから別に問題はないのだろう。それより、君島はほかのことが気になっているようだ。


「先生。この子に名前をつけようかと思って、何かいい名前無いです?」

「名前? ……アカ。とかどうだ?」

「……そのままじゃないですか」

「いや、ほら。日本でもシロとかクロとかつけるだろ? アカだって……思想が偏って思われるか?」

「思想?」

「いや、なんでも。まあ、こいつはお前を母親だと思っているんだろ?」

「ふふふ。うらやましいですか?」

「……いや、別に……」

「え~。こんな可愛いのに……」

「……だから君島がいい名前を考えてやればいい」

「う~ん……」


 名前はなあ。なかなか考えるのはむつかしい。


「ピヨちゃんとか、どう思います?」

「ピヨピヨ言ってるのはヒヨコの時だけだろ? 母親は俺より大きかったぞ?」

「え……あれだけの卵……ですもんね……」

「大人になればさすがに飼えないだろうけどな」

「う~ん……」


 結局、燃える火の中で卵が孵ったことから、「メラ」と名付けていた。

 少しだけ残念なネーミングにも思えたが、あえて触れない。





 やがて、道沿いにあまり見たくもなかった光景が目に飛び込んでくる。昨日逃げて行ったあの大男達の仲間が、惨殺されていた。昨日の戦闘を見る限り、あの3人では上級の魔物と戦うのは厳しかったのだろう。それでも、1匹、魔物の死体が転がっていたのを見ると、それなりに善戦したのだろう。

 そして、いつかの狼型の魔物が2頭、道の真ん中で食事をしていた。


「大丈夫か?」

「はい……」


 前方に魔物の気配を感じ、茂み沿いに現場を確認したが、君島は顔を青くしてショックを受けていた。鞄の中からメラも心配そうに飼い主を見上げている。


 ……。


 このまま食事が終わり、奴らが去っていくのを待つのか……。 いや先日のコイツラの動きを見る限り、匂いを感じ取るのか俺達より先に気がついていた。幸い今は、3人の血や、匂いがあるから気がついていないのかもしれないが、風向きによってはどうなるかわからない。


 ……行くか。


「君島はここにいろ。目の前で人が食われているのをただ見ているのはキツイからな……行ってくる」

「はい……気をつけて」

「うん」


 左手で腰の刀を握り、藪から出る。すぐに魔物は俺の方に気がついた。鼻のシワをグッと引き上げ、グルルルルと唸り声を上げる。一度殺った相手だ。怖くないとは言わないが、少しだけ心に余裕はある。

 近づいてくる俺を威嚇するように唸りながら、2頭が臨戦態勢に入る。俺は歩みのスピードを変えず、ゆっくりと近づいていく。


 ……。


 ここか。


 直感なのか、魔物の間合いを感じる。この線を超えたらおそらくひとっ飛びで襲いかかってくるだろう。その線の前で腰を落とし右手で柄を握る。小指と薬指で柄糸の感触を弄びながら、鯉口を切る。


 ……。


 間合いの直前で止まったことに魔物たちは一瞬戸惑ったように感じた。不機嫌そうに俺に向け一歩踏み出す。自らの足で間合いに入った刹那、2頭が飛びかかってくる。


 ライオン程もある巨大な狼がその顎を開くが、言ってみればそれだけなのかもしれない。人のように両の手を使うような技術を競う事もない。ゆっくりと確実に。その読める軌道を、読んだままに刃を滑らす。飛びかかる魔物の体が慣性のまま突っ込んでくるのを避けながら。一息で2頭を切り伏せた。



 ……。


 残念ながら、殺された3人を埋葬などする余裕はない。


「成仏しろよ」


 ただそれだけをつぶやく。


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