スクナビコナとろくろ首⑦―スクナビコナが見た驚愕の光景!空中を飛び交う五つの首!!―

『…さあ、行くぞ!…せーの!』


 チュルヒコの掛け声とともに大きな木の戸に取りついた百匹ほどいるネズミたちが、力を合わせて開けようとする。


『…みんな、がんばれ!』


 チュルヒコ自身も戸を持つ手に力を込めながら、他のネズミたちを鼓舞するべく声をかける。戸に取りついているネズミたちもそんなチュルヒコの言葉に答えるように懸命にその手に力を込める。

 すると、ガラガラ、という音を立てて少しずつ戸が開き始める。


『よしっ、いいぞ!その調子だ!』


 そしてついには一つの大きな戸が全開になる。

『やったー!』

『開いたぞー!』

『チュー!』


 戸が開いたのを見届けて、ネズミたちは口々に歓声を上げる。


『みんなよく頑張ったぞ!でも……』


 チュルヒコは開いた戸の先を見つめる。そこにはまた少しだけ開いている状態の木の戸が。


『…この家には戸がいっぱいあるからね。大変だろうけど頑張ろう!みんなで力を合わせればこんな戸なんてすぐにでも開けれるよ!』


 チュルヒコはネズミたちのほうを向きながらそう言うと、すぐに次の戸を目指して歩き出す。大勢のネズミたちもそのあとに続くのだった。



 チュルヒコたちが家の奥に向かっているころ、スクナビコナも馬小屋に向かって走っている。

 辺りは完全に夜の暗闇に包まれているため、スクナビコナは急ぎつつも足元にも気を配りながら、馬小屋への道を走る。

 そのときである。


「…話し声……?」


 スクナビコナの耳に何者かが話をしている声が入ってくる。


「…話し声はちょうど馬小屋があるほうから聞こえるな……」


 スクナビコナは声が自分が進んでいる方角から聞こえてくることを確認する。


「…ここからは慎重に進もう……」


 そうつぶやきながら、スクナビコナは前のほうを注視しつつ、今までよりは幾分ゆっくりと歩を進める。


『…まったくあの小僧ときたら!』


 そのとき前のほうから突然老婆のものらしき大きな話し声が聞こえる。


「うわっ、声に近づきすぎたか!」


 スクナビコナはすぐに辺りを見回す。

 するとすぐそばに林らしきいくつかの木を見つける。


「よしっ、とりあえずここに!」


 そうつぶやくとほぼ同時に、スクナビコナはすぐ近くにある木の陰に身を隠す。


「…ふう……」


 スクナビコナは安全と思われる場所でほっと一息つく。


「…これは!」


 そのすぐあとに自分が隠れた木の辺りを見回したスクナビコナは、木のそばには植物もずいぶん生えており、茂みになっていることに気づく。


「…これを利用すれば!」


 茂みで身を隠しながら声のほうにもっと近づくことができる。

 そのことに気づいたスクナビコナは茂みの中に身を潜ませながら、声が聞こえるほうへと近づいていくのだった。



 スクナビコナは茂みの中をできる限り声のほうに近づこうと進む。

 そしてもうこれ以上は茂みもなく身を隠せない、というところまで前進する。


「…これは……!」


 そこはもう馬小屋のすぐ前である。しかしスクナビコナが驚いたのはそのことに対してではない。

 今スクナビコナのいる位置からは馬小屋だけでなく、恐るべきものが確認できる。

 それは空中をビュンビュンと飛び回りながら話をしている五つの首である。


『…ふざけた小僧だよ!』


 首だけの老婆が飛び回りながら忌々しげに吐き捨てる。おそらく〝小僧〟とはスクナビコナのことではないかと思われる。


『へっ、まあいいじゃねえか。どうせあのガキはここに来るに決まっている』


 中年の男の首がやはり飛び回りながら老婆に言う。

 この場にいる五つの首たちは誰もスクナビコナがすぐそばにいることに気づく様子はない。


『フン!あたしゃ今すぐにでもあの小僧を形も残らないくらいみ千切ってやりたいよ!』


 老婆は怒り狂った様子で言い放つ。その姿はまさに〝鬼婆〟という表現がふさわしいものである。


『あいつは私たちの生活はめちゃくちゃにしようとしてるんだよ!せっかく今までうまくやってきたのにさ!』


 老婆は相変わらず憎しみを込めた調子で言う。


『まったくさ!この辺りに迷い込んだ子供たちを馬に変えてここで働かせたり、よそに売りさばいたりしてたのにさ!』


 老婆に続いて中年の女の首も憎々しげに言い放つ。もはやスクナビコナが最初に会ったときの穏やかさなどはも微塵みじんも感じられず、その顔は怒りと憎しみに歪んでいる。


『まあ、馬に変えても価値のなさそうなやつらは殺して持ち物を奪ったりもしてたけどな!』


 若い男の首は愉快そうにニヤニヤと笑いながら言う。


「…くっ、こいつら……!」


 やはり相当な悪党であったか、とスクナビコナは思う。


『…でもあの子供はヨモギとショウブの葉を身につけているのよ!もしここに来ても……』


 若い女の首が不安そうに言う。


『まだそんなことを言っているのか!あんな物は恐るるに足らん!何度言えばわかるのだ!』


 中年の男がおびえている若い女を叱り飛ばす。

 その後、五人の首たちは皆黙りこくり、場は静まり返る。


 その様子を見ながら、スクナビコナは考える。

 もし今すぐ自分が五つの首に勝負を挑んだとしても、勝てる可能性もそれなりにはあるだろう。

 何しろ自分はろくろ首が苦手としているヨモギとショウブの葉を身につけている。

 だが相手は五体、自分は体も小さい上にたった一人。

 数の上では相手が有利であり、実際に戦うとなると自分が考えもしていなかったことが起こるかもしれない。

 それゆえ今は無理に戦いを挑む必要などない。

 だいたい〝首たち〟はまだ自分がここにいることを知らないわけである。

 それなのに無理に決着をつけることに意味などない。

 決着をつけるなどその気になればいつでもできるわけである。

 何より今はチュルヒコたちが家のほうで〝計画〟を実行に移しているはずである。

 その〝計画〟が成功すれば首たちは死滅する可能性が高い。

 そもそも自分がわざわざこんなに危険を犯して、首たちの様子をうかがっているのは首たちを倒すためではない。

 ろくろ首の生態や悪事の実態を調べるためである。

 一応、クエビコからろくろ首のことについての情報を得ているとはいっても、クエビコがろくろ首の全てを知っているという保証はない。

 クエビコ本人の言うところによれば、クエビコも実際にろくろ首を見たことはないとのことである。

 まだクエビコも知らないろくろ首の特徴が様子を観察したり、話を聞いたりすることでわかるかもしれない。

 また、ろくろ首の話を盗み聞きしていれば、悪事の実態についても詳しくわかるに違いないのである。


 五体の首は相変わらず馬小屋の入り口の前で、静かに空中をユラユラと揺れている。

 そんな首たちの様子をスクナビコナはじっと見張り続けているのだった。

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