スクナビコナとネズミ馬④―怪しい老婆!いったいどんな秘密が!!―

「…ふーっ……」

『…はあー……』


 スクナビコナとチュルヒコは部屋の木の床の上に寝そべりながら、ため息をつく。


『…それにしても今日は本当に疲れたよね、スクナ』


 チュルヒコはスクナビコナに声をかける。しかしスクナビコナはぼんやりと天井を眺めたまま、返事をしようとしない。


『…スクナ、僕の話を聞いてるの!』

「…ん…、ああチュルヒコ、なんだ?」

『もう!何ボー、っとしちゃってるんだよ!』

「うん、あのおばあさんのことを考えてたのさ」

『おばあさんのこと?』

「ああ、やっぱり僕はあのおばあさんは怪しいと思うんだ」

『まだそんなことを考えてたの?』


 スクナビコナの言葉にチュルヒコは呆れる。


「そうさ。どう考えても、絶対にあのおばあさんは怪しいのさ」


 なおもスクナビコナはおばあさんが怪しい、という主張を繰り返す。


『…はあー…、もう僕は何も言えないよ……』


 スクナビコナの頑なとさえ言える態度に、チュルヒコは完全に呆れ返る。


『…じゃあ、悪いけど僕は先に寝るよ。今日はさんざん歩き回って本当に疲れてるんだ。お休み……』


 チュルヒコは考え事にふけっているスクナビコナをほっといたまま、先に眠りについてしまう。


「…ああ、お休み……」


 こうして一人と一匹の夜は更けていくのだった。



 ガタン。


 隣の部屋から聞こえた物音でスクナビコナは目を覚ます。


 昨晩はチュルヒコが眠ってしまったあともしばらくの間は考え事にふけっていたが、昼間の疲労のせいもあり、いつの間にか寝入ってしまっていた。


「…隣の部屋が明るい……?」


 スクナビコナが戸のあるほうに目を向けると、戸の隙間からわずかに光が漏れている。


「おい、チュルヒコ。起きろよ!」


 スクナビコナは隣の部屋に気づかれないように細心の注意を払いながら、チュルヒコの体を揺すって起こそうとする。


「おい、チュルヒコ!起きろよ!眠ってる場合じゃないぞ!」


 スクナビコナは何度もチュルヒコの耳元で声をかけ、その体を揺する。


『…ちゅー……』


 しかしいくら耳元で訴え、体を揺さぶろうともチュルヒコが深い眠りから目を覚ますことはない。


「クソッ、どうなってるんだ!」


 スクナビコナはついにチュルヒコを起こすことをあきらめる。


「なんで目覚めてくれないんだ!」


 スクナビコナはチュルヒコが死んだように眠ったままであることに頭を抱える。


「…こうなったら……」


 自分一人で隣の部屋の様子をうかがうしかない。


 そう覚悟を決めたスクナビコナは意を決して、光が漏れている戸に近づく。


 戸のそばに近づくと、戸がスクナビコナがのぞけるくらい、わずかに開いていることに気づく。


「ハハッ、ついてるぞ!」


 喜んだスクナビコナはさっそくそのわずかな隙間から隣の部屋の様子をうかがう。


「…あれは…、昨晩のおばあさんか。…何やってるんだ……?」


 戸の隙間からは老婆が囲炉裏の前に座っているのが見える。


「…まったく、昨晩やって来た小僧。…あんなに小さな体で気味が悪い!しかもネズミなんか連れて…。いったいどんな子供なんだろうね!」


 老婆はスクナビコナとチュルヒコを口汚く罵る。囲炉裏の火に照らされた、そのしわだらけの顔は醜くゆがみ、もはや昨晩の老婆とは違う人間なのではないか、とさえ思えるほどである。


「…ククク、まあこれであいつらも終わりだけどね……」


 そう言うと、老婆は右手に持っていた木の棒で囲炉裏の灰をかき回し始める。

 さらにその灰の上に米の籾種もみだねをパラパラとまく。


「…なんだ、あれは!」


 すると驚いたことに種はとんでもない速さで成長し、あっという間に稲穂になってしまう。

 老婆はその稲を刈り取り、さらにそこから手早く団子を作って、用意してあった木の皿の上に次々と置いていく。その手並みは信じ難いほど鮮やかなものである。


「…クックックッ、できたできた。これを明日の朝、小僧どもに食べさせれば……」


 老婆は実に愉快そうに、顔に不気味な笑みを浮かべながら言う。


「…さてと、…明日の朝までにはまだ時間がある。それまでこの婆も眠るとするかねえ……」


 そう言うと、老婆はおもむろに立ち上がって部屋の戸を開け、別の部屋へと去っていくのだった。



「…あれはなんだったんだ……?」


 スクナビコナは部屋で仰向けに寝そべりながらつぶやく。すぐ隣では相変わらずチュルヒコが深い眠りに落ちている。


 隣の部屋での老婆の〝怪しい行動〟を見たあと、スクナビコナはこの家から逃げ出すことも考えた。

 しかし肝心のチュルヒコが一向に目を覚ます気配がない。スクナビコナは老婆が部屋から去ったあとも、なんとかしてチュルヒコを起こそうと試みたのだが、まったくの無駄骨だった。

 チュルヒコが目覚めない以上は、スクナビコナとしては自分一人だけでここから逃げ出すわけにもいかない。

 そこで結局、スクナビコナは今晩の間はここにとどまることにしたのである。


 そして今、スクナビコナは先ほどの老婆の行動の意味について考えている。

 もっともいくら考えようとも、この問いに対する明確な答えは出せそうもない。

 だがそれでも一つだけはっきりと断言できることがある。

 それはあの老婆に対して、決して心を許してはならないということだ。


 スクナビコナは初めて老婆に会ったときから、何か〝怪しい〟とは思っていた。

 しかし先ほどの様子を見た後では、もはや老婆は〝怪しい〟程度の存在ではない。

 あの老婆ははっきりと自分やチュルヒコに対して〝悪意〟を持っていると言い切ることができる。

 もはやスクナビコナの中では老婆は〝疑念〟を抱く対象から、〝警戒〟すべき対象へと完全に変わっているのである。


 おそらく明日の朝、老婆は自分たちに例の団子を振舞うことだろう。

 しかし自分は絶対にその団子を口にしない。

 無論、チュルヒコにも団子を食べさせないことは言うまでもない。

 そうなると昨晩も何も食べることができなかったうえに、明日の朝も空腹に耐えなければならないわけだが、そんなことを言っている場合ではない!


 スクナビコナはこう固く決心する。

 すると不思議なことに、そのすぐあと、スクナビコナは強烈な睡魔に襲われる。

 そうして、そのままスクナビコナは深い眠りへと落ちていくのだった。

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