スクナビコナとネズミ馬③―山奥の老婆、何か深い事情が?―

「さあ、こちらへどうぞ」


 老婆はスクナビコナとチュルヒコを家の中へと案内する。家に入って最初の部屋からさらに右の部屋へと老婆は進んでいく。


「…今晩はこの部屋にお泊まりください。この家で空いている部屋はここしかないので……」


 老婆はスクナビコナたちが泊まる部屋として、その部屋を勧める。部屋は全て板張りで、すでにたき木に火がついている囲炉裏いろりと、今入ってきた入り口の戸がある以外は何もない簡素なつくりである。


「うん、わかったよ」

「それでは私はあなたたちの食べる食事の用意をしてきますので…。少しの間お待ちくださいね」


 そう言って、老婆は一人部屋を出て行く。


『…意外に大きな家だよね……』

「…そうだな……」


 老婆が部屋を出て行ったあと、チュルヒコがスクナビコナに話しかける。


『…結構親切そうなお婆さんだったよね……』

「…まあ、そうだよな……」


 チュルヒコの言葉にスクナビコナは心ここにあらず、といった様子で返す。


『…どうしたの?何か気になることでも……?』


 スクナビコナの様子を見て、怪訝に思ったチュルヒコが尋ねる。


「…なあ、チュルヒコ。この家とあのお婆さん、怪しいと思わないか?」

『…怪しい?僕は別にそんなこと思わないけど……』

「だって考えてもみろよ。このやたら大きな家は周りに他の家はないし、そんな一軒家におばあさんが一人で住んでいる。なんかおかしいんだよな……」


 そう言いながら、スクナビコナは首をひねる。


『…そうかな……?』

「そうだよ!ひょっとすると……」


 そのとき、お待たせしました、という声とともに、老婆が戸を開けて部屋の中に入ってくる。


「…あのねえ、本当に申し訳ないんだけど……」


 老婆はその表情を曇らせながら、本当にすまなさそうに言う。


「…どうしたの……?」

「…ついさっき家の中を探してみたんだけど、あなたたちに今すぐ出せる食べ物がなくてね……」

『…ってことは……』

「…今晩は食べるものがないってことか……」

「…そういうことなのよ。ごめんなさいね……」

『…ああ、僕ももう腹ペコで死にそうなのに……』

「…うう、少なくとも明日の朝までは何も食べられないのか……」


 老婆の言葉を聞いて、スクナビコナもチュルヒコも心底落胆する。


「ごめんなさいね。でも明日の朝には必ずおいしいものを用意するからね……」


 老婆は申し訳なさそうに頭を下げながら、再び謝る。


『…うーん、しょうがない……』

「…じゃあ今晩はこのまま寝るしかないかな……」

「そうね。せめて今日の疲れをとったほうがいいと思うわ」

「そうだね。お言葉に甘えてそうさせてもらおうかな」

「…では、私はこれで……」

「ちょっと待って!」


 スクナビコナは部屋を出て行こうとする老婆を引き止める。


「…なんでしょう……?」

「おばあさんにいくつか聞きたいことがあるんだけど……」

「…まあ、何かしら……」

「この家にはおばあさん以外に家族は住んでないの?」

「家族?この家には私以外には私の息子夫婦と孫夫婦がいっしょに住んでいるわ。だから私も含めて五人でこの家に住んでいることになるわね」

「その息子夫婦と孫夫婦っていうのはこの家のどこに住んでるの?」

「…普段はこの家の一室にいるわよ。この家は結構大きくて部屋もいくつかあるから……」

「そうか…。じゃあ、なんでこの家は周りに家がなくて一軒家なの?」

「…それはね。昔は私たち家族もこんな山奥のわびしいところではなく、山のふもとで他の人たちといっしょに暮らしていたのよ……」


 老婆はその表情を曇らせ、うつむきながら話す。


「…じゃあ、何で今はこんなところにいるの?」


 老婆に対してスクナビコナは一切遠慮することなく、質問する。


「…それは、…とある事情でね……」


 老婆は悲しそうにうつむきながら、歯切れ悪く答える。


「…とある事情?」


 スクナビコナは老婆に対して容赦なく突っ込む。


「ええ、私たち家族はもともとこの山のふもとの村に住んでたんだけど、ある出来事が原因で私たちはその村にいられなくなってしまって……」


 老婆はなおもうつむきながら答える。その両目には涙があふれつつある。


「…その出来事……」

『やめてよ、スクナ!』


 さらに老婆に質問を浴びせよとするスクナビコナにチュルヒコが待ったをかける。


『おばあさんが泣きそうになってるじゃないか!せっかく僕たちに親切にしてくれてるのに……』

「でもな……」

『〝でも〟じゃないよ!おばあさんは道に迷っていた僕たちを泊めてくれてるんだよ!それなのになんでスクナはおばあさんを悲しませるようなことをするんだよ!』


 チュルヒコは強い口調でスクナビコナの老婆に対する言葉をとがめる。その非常に激しい剣幕に、さしものスクナビコナも何も言うことができずに、沈黙してしまう。


「…ふふふ、いえいえ私は何も気にしていませんよ……」


 スクナビコナが突然黙りこくってしまったことに驚いたのか、老婆はぱっと明るい表情に戻り、笑いながら言う。


「…では私はこれで…。今晩はゆっくり休んでくださいね……」


 そう言うと、老婆は黙っているスクナビコナとチュルヒコを残し、部屋から出て行くのだった。

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