スクナビコナと腰折れスズメ④―アマノジャク、無理やりスクナビコナたちのつづらを開ける!…だが…?―

「いやあ、本当によかったな」

『うん、そうだね。贈り物ももらったし、スズメたちとも仲良くなれたし……』


 先ほどまでのスズメたちとの出来事の余韻よいんに浸りながら、スクナビコナとチュルヒコはアマノジャクたちが住んでいるという一軒家を目指す。

 実はスクナビコナたちはスズメヒコに自分の代わりに、アマノジャクたちに無断で米を食べてしまったことを謝ってほしいと頼まれていた。

 それはもっともな頼みだった。

 もし仮にスズメヒコが再びアマノジャクたちの前に現れれば、即座に石を投げられかねない。アマノジャクとドブヒコはそれくらいのことはやってもおかしくない性格の持ち主である。ゆえにスズメヒコが直接謝るよりも、スクナビコナたちが代わりに謝ったほうがよいというわけである。


「…ええと、スズメヒコの話によると確かこの辺りだったと思うけど……」

『うん、そうだよね……』


 スクナビコナとチュルヒコは話をしながら辺りを見回してみる。周囲は田んぼに囲まれた典型的と言っていい田園地帯である。


「…ひょっとして、あれか?」


 スクナビコナは一軒の建物を指差す。それは周りにほかの建物もなく、一軒のみでぽつんと建っている木造の高床式倉庫である。


『うーん、確かに他にこの辺りに当てはまりそうな建物はないよね……』


 スクナビコナやチュルヒコがいくら周囲を見回したところでこの倉庫以外に建物は見当たらない。


「…まあ、とりあえず行ってみるか……」

『そうだね……』


 スクナビコナとチュルヒコが倉庫の入り口に近づこうとしたその時である。


『あ、あれは!』

「ああ、間違いないな!」


 倉庫の入り口から小さな人影とネズミらしき影が話をしながら出てくる。


『いやー、それにしても今朝は不届きなスズメのやつを懲らしめて気分がよかったですねえ!』


 ドブヒコは愉快そうに話を切り出す。


「ふん、そうだな」

『もっとも俺たちの米は基本的によその田んぼから盗んだものばかりで、本当は自分たちのものではな…、グハッ!』


 話している途中で突然ドブヒコはアマノジャクに殴られてしまう。


『…そ、そんな、正しいことを言ったのに……』

「正しくなどない!」


 痛さのあまり頭を抱えてうずくまっているドブヒコにアマノジャクは言い放つ。


「他の者がアマノジャク様の物を盗むのは決して許されんが、俺が他の者の持ち物を盗むのはいくらでも許されるからだ!フッハッハッハッ!」


 アマノジャクは自慢げに高笑いする。


『…さ、さすがアマノジャク様。すごい理屈だ……』

「ハハッ、これぞアマノジャク様の〝掟〟だ!」


 アマノジャクは自らの〝信念〟を自画自賛する。


「…ふう、初めて会ったときから思ってはいたことだが…、本当にふざけたやつらだな……」


 アマノジャクたちから少し離れた位置から話の様子を見ていたスクナビコナは呆れながら言う。


『…うん、僕できることならあいつらと会いたくないんだけど……』


 チュルヒコもアマノジャクたちに対する嫌悪感をあらわにする。


「そういうわけにもいかないだろ。さあ、行こうぜ」

『…うん、わかったよ……』


 スクナビコナはあまり気が進まない様子のチュルヒコとともにアマノジャクたちに近づいていく。


「おい、お前ら!」

「ゲッ、なんだお前ら!」

『そうだ!お前ら何しに来たんだ!』


 アマノジャクとドブヒコはスクナビコナたちに対する不信感をあらわにする。


「勘違いするな。別に喧嘩を売りに来たわけじゃないよ」

「何を言ってやがる!」

『そうですぜ!どうせこいつらまた何かくだらない手を使ってこちらを騙そうという魂胆に違いないですぜ!』

『…チュー、僕たちよっぽど信用されてないみたいだね……』

「…そうだな……」


 相変わらず信用しようとしないアマノジャクとドブヒコに、チュルヒコもスクナビコナも呆れ果てる。


「じゃあ、何しにここに来た!」

『チューッ、そうですぜ!』

「僕たちがここに来たのはスズメヒコから伝言を頼まれたからだよ」

「伝言だと?」

『スズメヒコって誰だ?』

「お前たちが石をぶつけてケガをさせたスズメだよ」

「ああ、あのスズメか……」

『そのスズメが俺たちになんの伝言を?』

「スズメヒコは米を勝手に食べてしまって申し訳なかった、って言ってたぞ」

「ふん、謝ろうという気持ちくらいは持ち合わせていたのか。だが……」

『直接面と向かって謝ろうとしないのが気にいらねえ!』


 アマノジャクとドブヒコはスズメヒコが直接自分たちに謝ることにこだわる。


「もしスズメヒコが直接謝りに来たらお前たちにまた石を投げられるだろ」

『そうだよ。それに確かに最初に米を食べちゃったのはスズメヒコかもしれないけど、そっちだってスズメヒコにケガを負わせたよね』


 スズメヒコの直接の謝罪を迫る一人と一匹に対して、スクナビコナとチュルヒコは反論する。


『テメエら!グダグダ抜かしてないで!…ん……?』


 続きを喋ろうとするドブヒコを突然アマノジャクが制止する。


「まあいいだろう。この件に関してはもうこのあたりでよしとしてやってもいいぜ。ただし条件がある……」

「条件?なんだ?」

「まずはそのお前が持っている物。それはどうやって手に入れた?」


 アマノジャクはスクナビコナが両手で持っているつづらを指差しながら言う。


「つづらをどうやって手に入れたかを聞きたいのか?ああ、いいぞ。話してやる」


 スクナビコナはケガをしているスズメヒコを助けてから、その礼としてつづらを受け取るまでの一連の出来事をアマノジャクとドブヒコに話して聞かせる。


「…ふん、そんなことがあったとはな……」

「これで満足か?」

「いや、もう一つお前にやってもらいたいことがある」

「なんだよ?」

「そのつづらの中身を開けて俺たちに見せてみろ」

「これは僕たちがスズメたちにもらったものだ。お前たちにわざわざ見せるようなものじゃない」


 スクナビコナはアマノジャクの要求をきっぱりと拒絶する。


『ククッ、スクナよ、なぜ断る?何かやましいことでもあるのか?』

『そうじゃないよ!これはスズメたちからもらった大切な贈り物だから、お前たちなんかに見せたくないって言ってるんだよ!』


 ドブヒコの言葉に激高したチュルヒコが答える。


「ハハッ、もしお前らがどうしても見せたくないって言うなら、俺たちはやっぱりスズメヒコを許さないことにするぞ」

「…お前ら本当にしつこいな……」

『…そうまでしてつづらの中身を知りたいの?』


 スクナビコナもチュルヒコもアマノジャクたちがつづらの中身を見ることに執拗しつようにこだわることに呆れる。


「さあ、どうする?見せるのか!見せないのか!」

『さっさと決めやがれ!』


 アマノジャクとドブヒコはなおもつづらの中を見せるようスクナビコナたちに対して強硬に主張する。


『…スクナ、どうしよう……?』


 一人と一匹のあまりのしつこさに戸惑うチュルヒコはスクナビコナに決断を委ねる。


「…しょうがないな、わかったよ……」


 ついにスクナビコナはアマノジャクたちに、つづらの中身を見せることを渋々ながら了承する。


「けっ、クソが!初めからそう言やあいいんだよ!」

『まったくですぜ!無駄にもったいぶりやがって!』


 アマノジャクとドブヒコはようやくつづらを開けることを認めたスクナビコナに容赦なく悪態をつく。


(…くそ……)


 スクナビコナは内心じくじたる思いを抱えながらも、つづらを地面に置き、蓋を開けようとする。


「しゃらくせえ!俺がお前の代わりに開けてやる!」


 アマノジャクは突然そう叫ぶと、スクナビコナを強引に突き飛ばす。


『な、何するんだよ!』

「…くっ、お前らどこまで……!」


 いきなりのアマノジャクの横暴な行動に、チュルヒコとスクナビコナは憤る。


『ケケッ、お前がトロトロ蓋を開けようとしているから、アマノジャク様が代わりに開けてやろうってんだよ!感謝しろ!』


 しかし怒っている一人と一匹にドブヒコは言い放つ。


「フッハッハッハッ。さあてと、中には何が入ってるかな?」


 アマノジャクはさも自分がつづらを手に入れたかのように高笑いしたあと、乱暴に蓋を開ける。


「…これは!」

『ゲゲッ!』

『うわあ……!』

「すごい……!」


 その場にいた誰もがつづらの蓋が取り払われた瞬間、感嘆の声を上げる。つづらの中からは、夜だったら周囲を明るく照らさんばかりの強い光が外に向かって漏れているのである。


『クソッ!』

「うわっ、まぶしすぎて目が!」


 そのあまりの光の強さに目をやられてしまったアマノジャクとドブヒコは、うめきながらその場に倒れてしまう。


「おい、チュルヒコ!お前は大丈夫か?」

『うん、かなりまぶしいけどなんとか目は見えてるよ』

「そうか、じゃあなんとか頑張ってつづらに近づいてみるとしようぜ」

『わかった』


 スクナビコナとチュルヒコは意を決して、つづらのほうに向かって歩き始める。そしてつづらの中身から放たれる光のまぶしさに耐えながら、なんとかつづらのすぐそばにまで近づくことに成功する。


「…な、なんとかここまで来たぞ……」

『…な、中には何が入っているんだろう……』

「よし、チュルヒコ。いっせいのせーで目を開けるぞ!」

『うん、わかった!』

「いっせいのせーっ!」


 スクナビコナの掛け声と同時に一人と一匹は目を開ける。


「…これは!」

『…すごい!』


 スクナビコナもチュルヒコもその光源の正体に驚く。


『…僕、こんなもの高天原にいたときは一度も見たことないよ……』

「ふん、僕だって高天原だけじゃなく地上を旅したときでもこれだけのものは見たことがないぞ……」


 つづらの中には金、銀、サンゴ、ヒスイの勾玉といった財宝が詰まっている。


「おい、これだけの宝が当分食うには困らないぞ!」

『えっ、どうすればこれらの物が食べ物に変わるの?』


 地上の事情に疎いチュルヒコはスクナビコナの言葉に戸惑う。


「これらのものを近くの人間が住んでいる村に持って行って、食べ物に交換してもらうのさ。これだけの珍しいものだったら、米だとしてもとんでもない量が手に入るだろうな。それこそ僕たちだけじゃなく、ネズミの穴のネズミたち全員が当分飢えないくらいの量だ」

『それはすごいね!』

「だろ!」


 スクナビコナとチュルヒコは本当に愉快そうに、自分たちの身に起きた幸運をともに喜ぶ。


「さあ、とりあえずつづらをネズミの穴に持って帰ろうぜ。〝お宝〟を食べ物に換えるのはそれからだ」

『うん!…あ、でも……』


 そう言うと、チュルヒコは視線をいまだに倒れているアマノジャクとドブヒコのほうに移す。


『…確かにこいつらは酷いやつらだけど…。さすがにこのままほうっておくのは……』


 チュルヒコは少しだけ心配そうにいまだに意識を取り戻さない一人と一匹を見る。


「…ふう、確かに今のこいつらは多少かわいそうではあるけどな…。でもはっきりいってこいつらがこうなったのは少なからず自業自得の側面があると思うぜ……」

『…うーん、そうかな……』

「そうだよ!さあ、さっさとネズミの穴に帰ろうぜ」


 スクナビコナはいまだにアマノジャクとドブヒコの身を案じるチュルヒコを強引に押し切る。


『…わかったよ……』


 結局、チュルヒコもスクナビコナに従って、ネズミの穴に帰ることに同意するのだった。

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