スクナビコナとおむすびころりん②―ネズミたちの歓迎!…でもこのあとどうなるんだ?―

『…あいたたたた…、やっと止まった……』

「…まったくだ……」


 かなりの時間斜面を転がり落ちていたスクナビコナとチュルヒコは、ようやく平らな地面で話ができる状態になる。


『…ごめんね、スクナ。僕がドジなばっかりに……』

「ふん、本当に申し訳なく思ってるなら早くそこから退(ど)いてくれ……」


 スクナビコナに言われて、チュルヒコははじめて自分がスクナビコナの上に乗っかってしまっていることに気づく。


『あちゃあ、気づかなかった!』


 慌ててチュルヒコはスクナビコナの上から退きつつ、立ち上がる。


「…まったく、…しかしこの穴の中は真っ暗、…っておい、チュルヒコ、あれを見てみろよ!」


 チュルヒコに続いて立ち上がったスクナビコナは何かに気づく。


『…うん、なに、スクナ?…確かにこれはすごいよ!』


 スクナビコナの見ているほうを見たチュルヒコも驚く。


「すごい数のネズミだ!」

『何匹いるんだろう?』


 一人と一匹の視線の先には暗闇の中におびただしい数のネズミのものと思われる目が、スクナビコナとチュルヒコのほうに向けられている。


『…おむすびを落とされたのはあなた方ですか?』


 そのうちの一匹がスクナビコナたちにおにぎりのことを尋ねてくる。


『…ね、ねえスクナ、おにぎりのことを聞いてきたよ。なんて答えればいいんだろ?』

「なんて答えるも何も、正直に答えるだけだ」


 スクナビコナは意を決して質問に答える。


「…ああ、確かにおむすびを落としたのは僕たちだ」

『…そうですか……』


 ネズミがそう答えたあと、その場は一瞬静まり返る。そして―


『ありがとうございまーす!』


 突然ネズミのお礼の言葉が暗闇に響き渡ると、一斉に大勢のネズミたちが歓声を上げながらスクナビコナとチュルヒコのそばに駆け寄ってくる。


『チュー!』

『おむすびをありがとう!』

『あなた方を歓迎します!』

『本当に親切な方々だ!』


 ネズミたちは口々に一人と一匹に礼を言いながら、よほどおむすびをもらったことに感激しているのか、スクナビコナとチュルヒコを完全にもみくちゃにしてしまう。


『うわっ、スクナ、助けて!』

「おい、ちょっと、ひとまず落ち着いてくれ!」

『これっ、やめんか!』


 あるネズミが一人と一匹に押し寄せているネズミたちを一喝すると、ネズミたちはようやくスクナビコナとチュルヒコから離れる。


『これは、これはうちのネズミどもが大変な失礼を……』


 一喝したネズミがスクナビコナたちに謝罪する。


「いや、わかってくれればいいんだけど……」

『私の名はハツカノミコト。この近辺に住まう全てのネズミの首領でございます』


 他のネズミよりも体が一回り大きく、威厳を感じさせる栗色のあごひげを蓄えたネズミが名乗る。


「そうか、あんたがここの首領なのか」

『はい、改めてこの私からもおむすびの件の礼を言わせていただきたい』

「ああ、ここのネズミたちが喜んでくれたんだとしたらこちらとしても嬉しい」

『ええ、非常に助かりました。何しろこの辺りは食料が乏しいもので……』


 そう言うと、ハツカノミコトはその表情を曇らせる。


「そうなのか」

『はい、…おお、そういえばまだあなた方の名前をうかがっておりませんでしたな!我々のことばかり話してしまって……』

「いやあ、そんなに気にしてないけどな。僕の名前はスクナビコナ。普段はスクナ、って呼ばれてる」

『僕の名前はチュル…、フガッ……』


 チュルヒコが自分の名を名乗ろうとしたとき、突然スクナビコナがその口を素早く塞いでしまう。


「コイツの名は〝ネズミタケル〟。この地上に並ぶもの無き最強のネズミだ!」


 〝ネズミタケル〟の名を聞いたときその場にいたネズミたちから一斉に、チュー、という歓声が起こる。


『おお、あなたこそが〝ネズミタケル〟様か!その真っ白い毛を見たときまさかとは思いましたが…。あなたの武勇はこちらにも届いておりますぞ!なんでも今朝もネコを一匹退治なされたとか……』

「なにっ!もうそのことを知っているのか?」


 スクナビコナはすでに今朝のネコ退治がこちらにまで伝わっていることに驚く。


『はい、ハツカヒコ殿たちとは今でこそ海を隔ててはおりますが、元々は同じ一族でしてな』

『そうか、だからここのネズミたちは皆あちらと同じ栗色の毛をしているのか』

『そうです。それゆえにハツカヒコ殿とは今でも互いに連絡を取り合っておりましてな。今日の昼過ぎにはあちらの早馬ならぬ〝早ネズミ〟により、あなた方がネコを退治したことが我々にも伝わったのです』

「そうか」

『しかしあなた方がネコを退治し、しかも我々におむすびを恵んでくだされたとなれば、本来であれば盛大な宴を催して歓待したいところなのですが……』


 そう言うと、なぜかハツカノミコトは深いため息をつく。


「うん、何か問題でもあるのか?」


 スクナビコナはその様子を怪訝けげんに思い、尋ねる。


『はい、実は我らの住んでいる土地は非常に貧しく、なんとかここにいるネズミたちが日々に食べる分を確保している有様です。それゆえあなた方におむすびをいただいても、何もお返しするものがないのです……』


 ハツカノミコトは申し訳なさそうにスクナビコナたちに言う。


「おいおい、そんなこと気にする必要ないって……」


 スクナビコナは慌ててハツカノミコトのそばに近寄って言う。


『そうですよ』


 スクナビコナに続いてチュルヒコも言う。


『僕たちは別に見返りを求めておにぎりをあなた方の穴に落としたわけではないんですから』

「そうそう、それに実はおにぎりはまだもう一つあるんだ!」


 そう言うと、スクナビコナは持っていた袋の中からおにぎりを一つ取り出す。


「僕と〝ネズミタケル〟はこのおにぎりを今晩は食べるから、あんたたちはみんなでそっちのおにぎりを食べればいいよ」

『そうですか、そう言っていただけると……』


 そう言って、ハツカノミコトはスクナビコナとチュルヒコに頭を下げる。


「ただ、代わりと言っちゃあなんだけど、一つ頼みたいことがあるんだけど……」

 スクナビコナは少しもったいぶった様子を見せながらハツカノミコトに切り出す。

『はい、なんでしょう?』

「僕たちはクエビコ様とこの辺りの問題を解決すると約束したんだ。クエビコ様によれば最近この辺りには色々と問題が起こっているらしいんだ。実を言うと、あんたたちとこうして巡り会ったのもクエビコ様の導きによるところが大きい。クエビコ様が食糧不足に悩むこの辺りのネズミたちを助けるようにってね」

『そうでしたか、クエビコ様が……』

「そこで提案なんだが…、僕たちがこの辺りの問題を解決するのを手伝ってくれないか?」

『我々があなた方の手伝いを…、うーん……』


 ハツカノミコトはスクナビコナの提案に悩んでいる様子を見せる。


「もしあんたらが協力してくれるんだったら、問題を解決したときに得たお宝を食べ物に交換して、そっちに優先的に渡すぞ」

『…うーん……』

「そして、…きっとこれが一番重要なことなんだが…、この辺りにあるあらゆる問題が解決したら、結局はこの穴のネズミたちの幸福にも繋がるぜ、どうだ?」

『…うーん……』


 悩みに悩むハツカノミコトだったが、ついに決断する。


『…わかりました。このハツカノミコト以下この辺りの全てのネズミはあなた方とともにあらんことを約束いたしましょう!』

「そうか、協力してくれるか!」

『やったー!』


 ハツカノミコトの言葉を聞いてスクナビコナもチュルヒコも大喜びする。周りにいるネズミたちもチュー、チュー、と大歓声を上げる。


「そうと決まったら今晩はおにぎりやここにあるものだけでいいからいっしょに宴会と行こうぜ!」


 スクナビコナがそう呼びかけると、ネズミたちの間から、さんせーい、よっしゃー、という声が上がる。


『ハッハッハッハッ。よし、粗末な物しかありませんが、今晩は大いに楽しむとしましょう!』


 スクナビコナの申し出に、ハツカノミコトも賛同する。

 こうしてネズミたちによってすぐに宴会の用意がされ、その晩はスクナビコナも、チュルヒコも、ハツカノミコト以下、ネズミたちも大いに楽しんだのだった。

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