スクナビコナとおむすびころりん①―おむすび転がる!スクナビコナとチュルヒコも転がる?―

「…うーん……」

『…見つからないね……』


 スクナビコナとチュルヒコは山を登りながら、ネズミの穴を探す。

 しかしずいぶん登ったにもかかわらず、肝心のネズミの穴が全く見つからない。


『…ねえ、スクナ、ちょっと休もうよ。僕、いい加減に疲れたよ……』


 チュルヒコは疲労困ぱいといった様子でスクナに休息を提案する。


「…うーん、確かにずいぶん歩いたからな…。よし、休けいだ」


 チュルヒコの提案にスクナビコナも同意する。一人と一匹はその場に腰を下ろす。


『ねえ、二つあるうちのおにぎりの一つをここで食べちゃおうよ。僕もう腹ペコだよ』

「そうだな、朝から何も食べてないもんな」

『まあ、それはスクナのせいだけどね』

「何、僕のせい?」

『そうだよ!だってスクナは昨日の夜、ネズミの穴の中で高天原から持ってきたおにぎりをほとんど一人で全部食べちゃったじゃないか!』

「そうだったっけ?」

『もう、つい昨日のことなのに忘れちゃったの?』


 チュルヒコはスクナビコナのあまりの物忘れの早さに呆れる。


「まあ、そんなこと気にするなよ!だっておかげで今日は朝から背負う物が少なかったから、ずいぶん速く歩けたわけだ。おかげで今日のうちに美保につくことができたんだぞ、うん」

『…ものは言いようだね』


 チュルヒコはスクナビコナに冷ややかな視線を投げかけながら言う。


「そういうことだ。僕は身軽なのが大好きなんだ」

『…そういえば今日中に美保に着いたことで思い出したけど……』


 そう言いながら、チュルヒコは太陽のほうを見る。


「…結構日が傾いてきたな……」

『うん、もう夕方になりかけてる……』

「よし、チュルヒコ、急いでおにぎりを食っちまおうぜ!それからいったん頂上を目指しつつ、穴を探そう。頂上にはもう少しで着くはずだ」

『わかった』


 そしてスクナビコナは急いで袋の中から、入れておいたおにぎりを一つ取り出そうとする。


「…あっ!」

『ちょ、ちょっと、何やってんだよ!』


 なんとスクナビコナは取り出そうとしたおにぎりを手から離してしまう。おにぎりはそのまま山の斜面を転がっていく。


「し、しまった!チュルヒコ、追いかけるぞ!」

『う、うん!』


 こうしてスクナビコナは素早く袋を左手に持って立ち上がると、チュルヒコとともに転がっていくおにぎりを必死に追いかけ始めるのだった。



「くそっ!急ごうと焦っておにぎりを落っことすなんて、ホントについてないよ!」


 スクナビコナは山の斜面を全速力で下りながらぼやく。


『今はそんなことを言ってる場合じゃないよ!とにかくおにぎりを追いかけようよ!』


 チュルヒコはスクナビコナのすぐ横を四本足で並走しながら、たしなめる。


「わかっているよ!って、あれ……?」

『…突然おにぎりが…、消えた……』


 なぜか唐突におにぎりがスクナビコナとチュルヒコの視界から消えてしまい、一人と一匹は戸惑う。


『…ん……?』

「あ、ひょっとして……」


 一人と一匹は〝あるもの〟を見つけて、ゆっくりと近づいてみる。それは大きな一本の杉の木と、その根元にぽっかりと開いた穴である。


「…この穴におにぎりは落ちたんじゃないか?」

『そうか、だからいきなり消えちゃったのか……』


 一人と一匹はそう言いながら、穴のすぐ近くに立ち、中の様子をうかがってみる。


『…ねえ、中から何か声が聞こえるんだけど……』

「なにっ、本当か?」


 チュルヒコにそう言われて、スクナビコナもよく耳を澄ましてみる。


「…おむすびころりんすっとんとーん……?」

『おむすびころりんすっとんとーん。確かに中からそんな声が聞こえるね……』


 スクナビコナもチュルヒコも穴の中から全く同じ声を耳にする。


「おむすび、ってのはおにぎりのことだな」

『…ってことは…、穴の中に落ちたおにぎりが僕たちを呼んでるってこと……?』

「んなわけないだろ!」


 スクナビコナはチュルヒコの言葉に思わずツッコミを入れる。


「いくらなんでもおにぎりがひとりでに喋れるわけない!それにこの声は一人や一匹のものじゃなく、大勢のものだぞ」

『わかった。じゃあもうちょっと中の声をよく聞いてみようよ』


 そしてスクナビコナとチュルヒコは再び穴の中の声に耳を澄まして、じっくりと聞いてみる。

 おむすびころりんすっとんとーん。

 おむすびころりんすっとんとーん。

 それは一定のリズムを刻んで、歌っているような声である。


「…うーん、とにかく中に入って様子を探ってみるしかないな」

『…そうか……』


 スクナビコナの言葉を聞いて、チュルヒコは不安そうに言う。


「ふん、びびってんじゃねーよ。まずは僕が先にゆっくり穴の中に入っていくから、お前はその後からついてきてくれよ」

『うん、わかった』

「よーし、じゃあ行くぞ……」


 そう言うと、スクナビコナは穴の中に入っていく。


「…うわっ、これは結構傾斜がきついな…。チュルヒコ、気をつけろよ!」

『了解』


 そしてスクナビコナがゆっくりと穴の中に入って行ったあと、チュルヒコも中に入り始める。


『…よし、じゃあ僕も…。って、わわわわわーッ!』


 チュルヒコはいきなりバランスを崩して、斜面を転がり始める。


「おいっ、押す…!って、うわーっ!」


 おにぎりのように転がるチュルヒコに、前を行っていたスクナビコナも巻き込まれ、いっしょに穴の奥深くへと転がっていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る