第12話「登場! 悪役の令嬢」

 本日の客は小学生なら三、四年生くらいの少女だった。

 服装からしてかなり良家の子女に見える。令嬢様の登場だ。

 巻髪金髪に緑の目からしても、典型的なそれ・・だった。


 部屋にやって来たその少女は、僕の顔を覗き込む。

「まあ。なんて可愛らしい赤ちゃんさんなのかしら!」

 令嬢ふぜいが、我のご尊顔を拝し恐悦至極だろ? くるしゅうない。余への謁見を、許してたもうことなかれ。ふふっ。

「申し訳ございません。ご無理を言いまして」

「いいのよー。人見知りをしない子だし、アルも喜ぶと思うわ」

 つまりこの令嬢は僕の評判を聞きつけ、ぜひとも会いたいとお母さんに懇願したのだ。そして面会が許された。

 本当にくるしゅうない。くるしゅうないぞ。令嬢様。

「うふふっ。本当に可愛い赤ちゃんですわね」

 とまたまた、僕様のご尊顔を覗き込む。世辞はよいよい。

「あら。お世辞でもうれしいわ」

 いえいえ、お母様。この言葉に嘘偽りはありません。ましてやお世辞でもありません。僕は本当にかわいい息子なんですよ。ふふふっ。

「アル君、こんにちは。私ハウスマンス・ノルーチェ。どうぞよろしくね」

「ぱーっ、ばぶーっ」こちらこそよろしくな。

 この世界は氏名の順に名乗っている。ノルーチェ。なんとも可愛らしい名前じゃん。ただハウスマンス家は我が家より上っぽいな。

「これが噂の天井画なのですね。素晴らしいですわ」

「わざわざ絵師を呼んで描かせるなんてね。主人は情操教育だなんて言ってるけど、どんな効果を期待しているのか……」

「貴族の義務ですわ。私たちの、誰かを守るための生き方」

「ええ。自分のためだけに戦う大人には、なって欲しくないから……」

「ぶぶーっ。キャッ、キャ!」ラノベの主人公なんてそんなもんだぜ!

「お茶の用意をするから、お相手してあげていてね」

「はい」

 お母さんが行ってしまい、僕と謎の令嬢ニ人だけが部屋に残された。会ったばかりで二人っきりか。緊張するなあ。ぞわぞわ。じゃなくて、そわそわ。

「私とミハエル様の赤ちゃんなら、ずっと可愛いくなるわね」

 え? 誰? その男……。

 まっ、まあ。僕はその次くらいに可愛いかな?

 いやい、なんだかなー。誰だって自分の子供が世界で一番かわいいだろう。

 だけどエアーじゃん。君の子供が誕生するのは、ずっと先の話だよ。ミハエルに言っとけいっ!

 つまり、今は僕が一番。うふふ。

「勇者様……」

 令嬢ノルーチェは天井を見上げる。

「いずれ私も、皆様の力になりこの世界の悪と戦いたいわ。絶対そうしてみせるっ!」

 何やら気合い入りまくりの独白を語り、ポーズを決めた。

 何? この人?

「神に代わり、このノルーチェ。悪魔の使いたちに、お仕置きいたしますわっ!」

「うきー」ぷぷっー

「私が盾になります。だから皆さん。魔法の援護を――」

 ストーリー仕立ての、パフォーマンスが始まった。言い回しも演劇調だ。

 つまり自分が女騎士として前衛に立ち、そして仲間たちが援護をする、といったような設定のようだ。脚本家兼、女優?

「――魔法弾幕薄いですよっ!」

 と仲間にげきを飛ばしたりもする。

「何という強さ。しかし私たちは負けませんわっ!」

 時には苦戦をしたりするような展開だ。エアーの剣を持つ右手を振るう。

「みんな力を貸してっ!」

「キャッ、キャー」あははははー

 なりきりプレイごっこじゃん。ウケるー。

「見たわね――」

「きゃうっ!」ひっ!

 令嬢様に、キッと睨まれてしまった。怖い……。

「――しかも笑いましたわね。許せませんわ」

 赤ちゃんだし普通でしょー。そんな顔しないでさあ……。

「令嬢の盗み見は重罪ですわよ」

「うっきー!」ここは僕の部屋だぞー!

「罰を与えますっ! いえ。神に代わりおシゴキね」

 令嬢ノルーチェ様は、僕をうつぶせで抱きかかえ肩に担ぐ。体育会系のシゴキか!?

「キャウッ!」うおっ!

 パンツおろされた。

「ここはミハエル様とわたくしの愛しい子供と思い、心を鬼にさせていただきますわ。うふふ。しつけの練習になるわね」

「!」

 パァ~ン。と、お尻をひっぱたかれた。

「ぶぶっ」ひいっ!

 パッシン、パッシン。

「ばーぶー」ぐわあー。

「なるほど。こんな感じなのね。いい練習台になるわ」

 パン!

「楽器みたい。うふっ」

「ウッキー」僕は打楽器かよー。

 ん? しかし全く痛くないぞ。なんとも不思議な叩かれ心地だ。この令嬢は微妙な加減を知っているっ!

 なんだか気持ちよくなってきてしまった。これはこれでまずい。色々な意味で。

 パァ~ン。

 フィニッシュ音が鳴り響く。

「今日はこれくらいにしておいてあげましょうか」

 くうっ! 

 なんて絶妙なお尻ぺんぺんだ。

 痛みはないのだが、僕の心はなんとも言えない屈辱感に包まれる。トラウマ級のパッシン、パッシン爆撃だ。

 とんでもないドM令嬢だ……。

「ふう……」

 僕はパンツおしめを戻されベビーベッドに寝かされる。


 やっとお母さんが帰って来た。援軍の登場だ。

「良い子にしてたかしら?」

「はい。とってもおとなしい子ですわね」

「ぶーっ、ぶーっ」あんたトンデモ令嬢だぜ。

 二人はしばしお茶とスイーツを楽しむ。

 世間話。家庭教師情報。その他モロモロ、諸々。子供のくせに大人ときちんとお話ができるなんて、さすが令嬢様だ。ちょっとは見直す。

 これくらいの貴族の子供は、学校に行くのではなく家庭教師に勉強を教えてもらうみたい。特に上級貴族はそうらしい。他には塾のような感じで、共同で勉強する場所もあるらしい。

 お母さんなりに、これからの子育てについて情報を仕入れているのだ。


「あら、もうこんな時間。そろそろおいとまいたしますわ。長々と申し訳ございませんでした」

「いいえ、こちらも色々と教えてもらって助かったわ」

「尊敬するランメルト様とフランカ様のため、わたくしにできることならいくらでもお申し付けください」

 ふーん。赤ちゃん部屋の天井に、こんな絵を描いちゃう両親を尊敬するねえ。なるほど……。

「ふふっ、また来るわね。良い子にしてるのよ~」

 と僕にガンを飛ばす。

「ばぶばぶーっ!」もう来んなーっ!

「それじゃあね。アルデルト君」

 令嬢は去って行った。お母さんも見送りに行く。


 ふう……。えらい目にあったぜ。

 あれ? でもおかしいな。展開から考えてこれはドSなはずだ。どう考えても僕の方がMの役回りになっていたな。

 じゃあ何で僕はあの時、ドM令嬢だと思ったんだろう。ふむ……

 つまりこれは僕のスキルだ。魔眼か邪眼か神眼かはわからないけど、僕はあの令嬢の本質を見抜いてしまったのだ。

 スゲエ! ホントかよ?

 まあ、どっちでもいいや。MでもSでも変態令嬢には違いない。

 しかしまあ、貴族の義務か……。おままごとじゃなくて、あんな女の子も戦いなんだな……。

 それにしても……。この異世界にも楽器があるんだな。いや、そこじゃないか。お尻楽器ではない。断じてない。

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