第7話「貴族の健康診断」

 その日、僕のベビーベッドは台車付ベビーカーに乗せられた。この世界にカーはないか……。

 メイドさんたちに、そのまま外へと連れていかれた。馬車が見える。

 このまま乗せられ、どこかに拉致されるのか? じゃなくて、もう人さらいではないとは理解できるけど。

 お母さんがやって来た。ちょっと不安だったのでほっとする。

「アル君。今日は健康診断に行くわよー。いつものとおり、おとなしくしていてね。行きまちゅよー」

「うきゃー!」外出、だーっ!

 赤ちゃん言葉をしゃべってくれるお母様には、きっちり反応し答えてやらねばならない。ファンサービスというやつです。

 それにしても……。

 この世界にも、赤ん坊の健康診断なんてあるんだ。それなりの文明レベルで良かった。

 お母さんと僕は、メイドさんたちと馬車に乗り込む。必死に首をひねって屋敷を見ると、やはりかなりの大豪邸だった。ブラウエル家は貴族で、本当にお金持ちなんだ。スゲエ!

 街並みはお馴染みの中世ヨーロッパふう。僕の屋敷は立派な貴族街の一画にあるみたい。


 馬車はぼちぼち走り、目的地に到着した。

 そこは大きな教会ふうの施設で、やはり宗教ふうの白衣を着た人たちが大勢いる。

 ここが赤ん坊たちの集団検診の場所だ。

 大きな門に広大な敷地、その先にはさらに大きな聖堂やら他の建物が見える。

 仮設テントが張られ大勢の貴族たちが来ていた。こちらに気が付いて、小さく頭を下げつつ道を空けてくれる。

 お母さんも頭を小さく下げて、それに応える。我が家はなかなか尊敬されているようだ。

 ふっふっふっ。

 どけどけいっ! 上級貴族様のお通りだいっ! 

 そこに広がる臨時の施設に入るかと思いきや、僕ら様ご一行様は素通りする。

 そして正面の大聖堂へと入っていく。

 なるほどね……。

 僕たちは列に並ぶなんてなし・・の身分なんだ。スゲエ!

 そこには先客貴族たちが数名いた。教会の人たちがこちらに気が付くと、すぐに僕たちの番がやってくる。

 順番なんてゴボウ抜きだ。スゲエ!

「どうぞこちらへ」

「はい。どうぞよろしくお願いいたします」

 修道女さんに案内されて、何やら道具が並ぶ場所に行く。そこに僕のベビーベッドが置かれた。

 僕はじっくり観察され、お姉さんが手をかざすとさまざまな色の光が現れる

 それらが、まるで僕の体の中に入ってくるような感触に包まれた。これが魔力というやつらしい。

 なるほど。健康診断も魔力の技術でやってしまうのか。

「とても健康なお子様です。順調に成長しておられますね」

「まあっ。良かったわね~。アル君」

 元々の僕も超健康優良児。成績は普通より少し下。その二つだけが取り柄だった。

「えっ?」

 お姉さんの表情が変わる。眉を寄せてキョロキョロと周囲を見回した。

「どうかされましたか?」

「いっ、いえ。少々お待ち下さいませ」

 そして偉そうなおばさんのところに走り、何やら話している。

 どっ、どうした? 二人は狼狽している。何か大変な病気でも……。

 そのままどこかへ行ってしまった。

 お母さんも不安そうな顔になってしまう。初めての子供で、初めての健康診断だからしょうがないか。


 少し待つと修道女さんは、偉そうな司教様ふうの服を着た、ヒゲのお年寄と戻って来た。

「いやいや、ブラウエル様。失礼しました。魔導具の調整は万全なのですが、時々相性が悪い場合もあるのですよ。私が見ましょう」

「そうですか。よろしくお願いいたします」

「では……」

 お母様はほっとしたように頷く。お爺さんはその道具に、何度か指を当てて首を傾げる。

「ん~、問題はなさそうだが……。もう一度やってみるか。初めてくれ」

「はい。司教様」

 しばしの沈黙が続いた。どうも上手くいかないようだが……。

「暗黒のひつぎを用意してくれんか?」

「ヒャー?」ひっ、ひつぎ?

「えっ! しかし」

 修道女さんは躊躇した。どうやらけっこうヤバめのブツらしい。顔に縦線状況だ。

 僕は健康なんだし、ヘンのは使わなくて良いですよ。お爺ちゃん、あまり張り切らないでください。

「私とてまだまだやれるさ。大丈夫」

「はい……」

 しぶしぶといった感じで、修道女さんはまたどこかに行ってしまった……。

 お母さんも一気に不安そうな顔になる。いきなり棺桶用意しろだなんて、一体何なの?

 僕たちは別室に移動した。

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