幕間 ミルの奮闘

「も~、だめ。」

ミルが机に突っ伏しながら呟いた。


「ミルちゃん、頑張って!」

メルが握りこぶしを作りながら励ました。


「無理よ~。

人材不足だわ。

街の拡大が止まらないの。既にアデードを追い抜いて、冒険者の街『バルベン』、商人の街『コーナー』に並んで、奇跡の街『ウィリアム』と呼ばれているのよ。王国五指に入る規模なのに街の代表が私。サポートはお母様やミレーヌ、トーマスがいるけど、圧倒的に人材が足りないわ。

行政のスペシャリストが数人は欲しいところだけど、ここは秘密が多いから安易に人を入れられないのよ。」

「私はサポートの人数に入ってなかったんだ、、、」

話を聞きながら、密かに傷つくメル。


「リィナさんが住人を教育しているけど、事務仕事で戦力になれるのはまだ先だし。」

「それならウィル様に頼んでみる?誰か連れてきてくれるかもしれないし。」

「とんでもない人を連れてきそうで恐いから避けてきたけど、背に腹は変えられないわね。わかった。頼んでみる。」



そして、

「・・・という訳でどこかからスカウトできないかしら?」

「わかったよ。そういう人材に詳しそうな人がいるから聞いてみるよ。」

「ありがとうございます。特に王都や他の大都市との折衝に強い人物がいいです。今のメンバーだと対外交渉でナメられることが多いから。」



そして数日後、

ウィル様から呼び出された。

ウィル様の後ろには2人。

高齢の男性と若い女性。

高齢の男性はもうおじいさんと呼ぶような年で、ハードな事務仕事に耐えられるとは思えない。

若い女性は黒髪ロングのおとなしそうな印象。年齢的には姉のメルと同じぐらいかな。対外交渉のスペシャリストと言うには若過ぎる印象である。

ただ、ウィル様の連れてきた人物だ。

すごい能力を持っているのかもしれない。


「ミル、待たせたね。ちょっと条件に合う人材をスカウトするのに時間がかかっちゃって。」

「いえ、十分早いですよ。ありがとうございます。そちらのお二人ですか?」

「そうだよ。紹介するね。

こちらがヘンケン=マイガングさん。

それとその孫のタチアナ=マイガングさん。」

「マイガング家!!

まさか、前宰相の!?」

「そうです。数年前まで宰相をしておりました。」

渋い落ち着いた声でヘンケンが返答した。


「ウィル様!!

大物過ぎます!!

地方都市の事務官を前宰相がやるなんて前代未聞です!」

「だって対外交渉能力が高くて、相手にナメられ無い人を希望してたからさ。ピッタリでしょ。それに孫のタチアナさんも即戦力だよ。」


「う~~~。条件には合ってるけど、限度を超えてるよ~。」

「申し訳ございません、ミル様。妻と一緒に中央を離れて悠々自適に暮らしたい、という希望にマッチした条件だったため、お請けしました。」

「それにしたって、どうしてこちらに?」

「ウィリアム様には妻を救って頂きました。不治の病と診断され、誰にも治療できず、困り果てていたところを救って頂きました。老後を恩返しに使うのも良いかと考えております。2人で来るつもりでしたが、タチアナまでついて来てしまいましたが。」

「高齢のお2人だけを行かせるのは心配ですからね。それに今話題のウィリアムの街には興味がございましたから、その付き添いの役目を買って出ました。お祖父様とは比べ物になりませんが、事務仕事に携わっておりましたので、少しはお役に立てるかと思っております。」



そして数日後。

「今日は王都から使者が参ります。どうもきな臭い相手です。おそらくバルベンと裏でつながっているかと思われます。一緒にご対応をお願い致します。」

「わかりました。こちらこそよろしくお願いします。」



そして、

「王都よりコルコス男爵が参られました。」

「ありがとう。」

ミルとヘンケンが待つ部屋に王都からの使者が到着した。

コルコスが入ってきた。小太りの小男だ。


「ようこそお出でくださいました。コルコス卿。」

「ふ~、遠いな~。こんな辺境まで来させて、出迎えは小娘と爺さんか。ナメられたもんだな。」

「私はミル=デリアンと申します。この街の代表を任されております。」

「そんなことは知っている!あのデリアンの娘だろう。偉くなったもんだな。」

「偉くなった訳では御座いませんが、任された役目を果たしているだけです。」

「ふん。まぁいい。さっさとこの書状にサインを知ろ。」

「拝見致します。」

「私を待たせるつもりか!貴様ごときが私の貴重な時間を奪っていいと思っているのか!」

「ですが、サインをする前にしっかりと内容を確認するのは当たり前のことでは御座いませんか。」

「平民に落ちた貴様が、この私に指図するつもりか!」

「私はドラクロア伯爵に任された仕事をまっとうするだけです。」

「五月蝿い!!くだらん理屈で私の耳を汚すな。」


「五月蝿いのは貴様だ。」

ヘンケンがようやく口を開いた。

「なんだとジジイ!

私にそのような口をきいて許されると思っているのか!」

「なんだ?五月蝿い小僧に五月蝿いと言って何が悪い。」

「貴様!!許さんぞ!!」

「許さなければどうすると言うのかな?」

「私を侮辱した罪は高くつくぞ!私は国王陛下のご指示で来たのだ。その私を侮辱するのは陛下を侮辱するのと同じだ。侮辱罪で貴様らは処刑されるのだ!」

「ふん。愚か者。

法律の勉強からやり直すのだな。

リガン内務卿に部下の教育がなってないと教えてやらんとな。」

「リガン内務卿???」


リガン内務卿はエール王国の内政面を担当する重臣。コルコス男爵から見れば雲の上の存在。部下の部下の部下ぐらいの立場である。


「な、何を言ってるんだ?

リガン内務卿に貴様らが会うことなどできんわ!」

「息子が財務卿をしているのでな。お前よりがはすぐに会えるぞ。」

「マイガング財務卿が息子??

そんなバカな??」

「事実だ。私の名前はヘンケン=マイガング。縁あって今はこちらで世話になっている。」

「嘘ですよね。。。」

「もし私の名前を名乗る偽物がいれば、すぐに捕まえて頸をはねてやろう。」

「本物。。。」

「さてと、状況をようやく理解したようだな。これからお前がすべきことはなんだ?言ってみなさい。」

「まっ、誠に申し訳ございませんでした。」

「謝罪だけですか?」

「す、すぐに王都に戻りマイガング様にご迷惑をおかけすることの無いように徹底させます。」

「『マイガング様に』ではない。私の上司はデリアン様であり、ウィリアム=ドラクロア様だ。そこを履き違えないでくださいね。」

「もちろんでございます。王宮にデリアン様に仇なす者がいれば、私が命に代えても阻止致しましょう。」

「そうですか。少々お待ちください。貴重な時間を頂きますがよろしいかな?」

「も、もちろんです。何時間でもお待ち致します。」


さらさらと書状を書くヘンケン。

「帰ったら貴方の上司にこちらの書状を渡しなさい。いいですね。」

「わかりました。」


コルコスは逃げるように部屋を出ていった。

それを見送った後、

「これで王都に私がウィリアム様の下でお世話になっていることが広まるでしょう。今後、先ほどのコルコスのような愚かな態度を取る者は減ると思いますよ。」

「ありがとうございます。流石の貫禄ですね。」

「年齢や経歴ばかりを気にして、本当の能力には盲目な愚か者はどこにでもいるものです。」


これ以降、噂は一気に広まり、ウィリアムの街に交渉に来る者で威圧的、高圧的な者は劇的に減りました。

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