理想の恋愛と本当の恋 (後)
「お前ら、またやってんのか」
『世界のブタ』は呆れたように言った。
「教室締めるから早く出ろ~。あと、教室でお菓子を食うのは禁止だ。今度やったら親に連絡するからな。もうするなよ。んじゃ、夜遊びせずにまっすぐ家帰れよ」
「「「は~い」」」
「そうそう、お前ら、他人の悪口なんて大声で言うもんじゃないぞ。たとえ冗談でもな。どこで誰が聞いてるかなんてわからないんだからな。口は災いの元って言葉もあるんだぞ~」
『世界のブタ』はハハハと笑って言った。聞かれてたんだ。リコもカリンも青い顔をしていた。きっとアタシも同じだろう。アタシたち三人はゴミと荷物をまとめて逃げるように教室を出た。
白けきってしまった。テンション低くて、ファミレスに行く気分じゃなかったので解散することになった。最寄りの駅まで三人で歩いた。
「ガチでアイツキモいわ~! 陰でウチらの話聞いてるなんて、マジサイテー! そんなんだから独身なんだよ!」
「ホントそれ! 盗み聞きとかマジありねーわ! 先生だからってチョーシ乗ってるわ!」
夕暮れ時、最寄り駅までの道中ずっと、リコとカリンは『世界のブタ』の悪口を言っていた。正直、もう悪口にはノれなかった。テキトーに相槌打ってると、いつの間にか駅だった。
二人と別れて電車に乗った。だけど自分ちの最寄り駅とは違う駅で降りた。真っ直ぐ家には帰りたくなかった。家に帰ってもどうせやることもないから。
一人で繁華街に行った。夜の繁華街は好き。光がキレイだし、人もいっぱいいて、一人じゃないって気がするから。特に目的もなく歩き回るだけでも、一人で家にいるよりよっぽどいい。
たくさん歩いた。歩きすぎて疲れてきた。アタシはアクビをした。そのとき、クラクションの音でハッとなった。ボーっとしすぎて、横断歩道に気付かなかった。急接近する車の。ライトが眩しい。心臓がドンと跳ねた。
「あっ……」
轢かれる、と、思ったとき、アタシの身体に衝撃が走った。でもほとんど痛くなかった。アタシは地面に倒れた。やっぱり痛くなかった。意識もある。それは柔らかくて、しなやかで、温かくて、優しいものにギュッと包まれてるから。
「キミ、大丈夫か?」
おっさんの声だった。それでやっとわかった。おっさんが車に轢かれそうなアタシを抱くように押し倒して助けてくれたんだってわかった。
「なんだ、お前アオイじゃないか」
おっさんがアタシの名前を呼んだ。よく顔を見ると、おっさんは『世界のブタ』こと木林先生だった。不思議だけど、先生の顔がやけに眩しく見えた。
「お前、こんなところで何してるんだ? お前くらいの歳には先生も夜遊びしてたからあんまり強くは言えねぇがな、でもボーッと歩いてちゃいかん。車だけじゃない、夜の街ってのは女子高生には色々と危ないところなんだ。わかるな?」
アタシはなにか言いたかった。けど身体が震えて言えなかった。心臓がドクドクうるさかった。なんだか変な気分だった。怖いような、恥ずかしいような、それでいてなんとなく嬉しいような……。
「しょうがねぇ、先生が送っていってやるよ」
何も言えないでいるアタシに、先生はハゲ頭をかきながら優しく言ってくれた。アタシは素直に頷いた。
「じゃ、俺はこいつ送っていくから、すまんが食事は後日ということで……」
先生の傍にキレイな女の人がいた。女の人は微笑むと先生の頬にキスをしてどこかへ行ってしまった。それを見たら、なんだかアタシのお腹の奥がムカムカしてきた。
「タクシーなんて高級なもんは無理だから、電車でな」
アタシは先生と駅まで歩いた。歩いているとだんだん冷静になってきた。冷静になるにつれ、今度は胸が高鳴ってきた。意識すればするほど、胸が強く脈打ち、顔が熱くなってきた。
改札を抜け、電車に並んで座った。ここでようやくアタシは、事の重大さに気がついた。
ヤバい。マジでガチでヤバい。夜遊びが親に怒られるとか、そんなんじゃない。そんなことよりもっと大事で切実なこと。
アタシ、木林先生を好きになっちゃった、かもしれない……ううん、好きになってしまった。絶対に確実に。その証拠に胸の高鳴りが止まらない。顔が死ぬほど熱い。ヤバい。マジでガチで。
隣で寝る先生の顔を盗み見る。みんなで悪口言って盛り上がってたことを思い出してしまう。けど、助けられたとき、木林先生のポッチャリな身体は逞しくて柔らかくて、汗はかいてたけどホントは全然臭くないし、むしろ爽やかで清潔感さえあった。声をかけてくれたときの声のトーンも優しくて大人っぽくて良かった。先生は優しくてかっこよくて……キモデブハゲのおっさんだけど、キモデブハゲのおっさんなのに……。
初めての経験、初めての恋。それがまさかこんなおっさんだなんて……。
こんな恋、誰にも言えない。リコやカリンには絶対に言えない。
理想の恋愛と本当の恋 摂津守 @settsunokami
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます