ミーナの壊したいモノ

清水らくは

盗まれたモノ

第1話

「お父さん、それ何?」

 パソコンに向かう父の背中に抱き着いて、ミーナはディスプレイを覗き込んだ。空手の道着を着たキャラクターが、画面の中で飛び跳ねていた。

「日本で売れていたゲームを真似てみたんだ。格闘ゲームも作ってみたくなってね」

「すごーい。売れる?」

「ははは、そりゃ無理だ。パクッてるから」

「私はしていい?」

「もちろん」

 席を譲られたミーナは、コントローラーを握ってディスプレイをにらみつけた。特に説明を受けることなく、いろいろと試しながらゲームを覚えていく。何回かやっていくうちに必殺技やコンボがあることが分かり、すぐにうまく使いこなしていく。

 一時間が経つ頃には、最後のボスも無難に倒せるようになっていた。

「裏ボスとかいないのー?」

「無茶言うなよ。試作品だぞ」

 幼いころからゲームに親しんできたミーナは、少しプレイするだけでだいたいの「つくり」が分かってしまうようになった。特に父の作るものは「癖」を感じることができた。

「キャラ変えたら、売れるんじゃない?」

「日本じゃそれで裁判起きてるんだぞ。ゲームの肝はシステムなんだ」

「ふうん。あ、こないだやってたのはどうなった? チャトランガだっけ?」

「将棋だ。あれも日本のだな。もう一押しってところかな。今のところ世界で二十番目ぐらいだ」

「世界で! すごいじゃん」

「いやいや、作っている人が少ないんだ。ほとんどが趣味で作られているフリーソフトだからね。でも、画期的なアイデアを考えてるから、一位だって狙えるかも?」

「いいねー、インド人が一位とったら日本人もびっくりじゃない?」

「ははは、そうだろうなあ」

 父はミーナの肩をつかんで、椅子からどかせた。「仕事になる開発」をする時間が来たのである。

「さあ、お父さんは仕事だ。自分の部屋に行きなさい」

「はーい」

 ミーナは部屋を出ていった。



 同じ頃、日本のある田舎の家で。美駒は、母親の生駒が眠るベッドの横で将棋の本を読んでいた。大きなベッドの上にいる母親は、全く動かない。その体には何本もの管につながれており、無線で脳に大量の電波が飛んでいた。

 生まれた時からずっと、生駒はそんな様子だった。父親と結婚した時もそうだったらしい。しかし生駒は、何も考えていないわけではない。表現する術がないだけで、頭の中では多くの思考が渦巻いていた。

 タブレットを手にすれば、インターネット上で母親と話すことができる。けれども美駒は、何も語らずに母の傍らにいるのが好きだった。生駒も、必要なときはオンラインを通じて美駒に話しかけてきた。そういう時以外は、そっとしておこうと美駒は考えていたのである。

 生駒は主に、将棋を指していた。彼女の実力は、世界で五本の指に入るほど強い。しかし、寝たきりであるためにプロになることはあきらめた。

 インターネット上の対局場で、生駒は一日二十局以上将棋を指していた。相手はほとんどがプロである。そんなつわものたち相手にもほとんど勝つので、生駒のアカウントは「謎の強豪」と呼ばれていた。

 美駒はそんな母親の代わりに、いつかプロ棋士になりたいと思っていた。まだまだ実力は足りないが、年齢から考えればかなり強い方である。

 生駒にそのことを伝えたとき、一言「好きなように生きなさい」と言われた。それは、とても嬉しいと同時に、悲しい言葉でもあった。生駒は、「好きなように生きることが全くできなかった」のである。

 この時美駒は、まだ知る由もなかった。将来ライバルになる少女が、インドにいることを。

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