第36話
ユウの家に行き、坂井の告白を受け入れた土曜日。
坂井の大好物だというハンバーグを食べて、最終の新幹線で帰ってきた。「遅いから家まで送っていくよ」と言う坂井に甘え、一緒にマンションまで帰ってきたのだが……。
「え、小夏?! なんで……?」
「凛果っ。え、ええっ、坂井くん?!」
エントランス前の植え込みに腰掛け、夜風に体を丸めている小夏がいた。凛果達を見た途端、弾かれたように立ち上がる。
「小夏。いつからここにいたの?」
「三時間くらい前かな……」
「風邪引くでしょ。来るなら言ってくれれば良かったのに」
「だって……ってか、何で坂井くんもここに」
月明かりでも分かるくらいに頬を紅潮させた坂井は、「その……凛果さんの、彼氏に……」とボソボソ喋る。
「かっ、彼氏?! 凛果さん?!……ちょっと待って、頭が追いつかない」
「私も小夏がここにいることに頭が追いつかないの。一旦中入ろう。圭太くんも」
「けっ、圭太くん?!」
「しっ。近所迷惑になっちゃう」
インターホンに鍵を差し込んで自動ドアを開けるが、凛果は戸惑っていた。
駿平と連絡が取れなくなると知り落ち込んでいた凛果を、心配してくれた小夏に対して「ほっといて」と何度も突き放してしまった。それに小夏が腹を立てて以来、プライベートでの付き合いはなくなり、会社でも事務的な会話を交わすだけとなっていたのだが。
部屋に入って電気をつけ、「適当に座ってて」と二人に促す。
凛果が三人分のお茶を出した所で、全員がソファや床に座って落ち着いた。
「小夏、なんであんな所に」
「凛果、ごめん。私がしつこかった。でもそれを認めたくなくてね、意固地になってたの。だけどもう一ヶ月近くも一緒にご飯食べれないと、流石に寂しくなってきて。凛果が来なくなっちゃったから、タクにも『リンリンどうしたの?』って先週聞かれてね。正直に話したら、タクに怒られた。ほっとくことが大事な時もあるのに、首を突っ込みすぎだって。最初はタクに怒られるとか意味分かんなくて私も怒って喧嘩になったんだけど、後で頭を冷やしたら意味が分かってきてさ。それで凛果に謝らなきゃって思って……でも事前に連絡しても無視されたり拒否されたりするんじゃないかって……」
「こっちこそごめん。私の言い方がひどかったよね、分かってたの。でも頭で分かってても、行動に移せなくて……私が幼稚だった。本当はさっき小夏が来てくれたって分かって、嬉しかったんだ」
凛果ぁ、と泣きそうな声を出す小夏を抱き寄せる。「またタクさんのお店にも顔出すね」と言うと、胸の中で小夏が何度も頷いた。
抱擁を終えると、坂井が「良かった、良かった」と小さく拍手している。
「坂井くん……ってか坂井くん! ついに凛果に告白したの! ってか、凛果。もういいの?」
小夏は主語をぼかしたが、凛果は「圭太くんには全て話してるから大丈夫だよ」と言うと、「あ、そうなの」と目を丸くして、改めて「シュンくんのことは?」と聞いてきた。
そこで凛果は坂井と一緒に、カフェで坂井の話を聞いたこと、水族館に行ったこと、ユウの家に先ほど行ってきたことなどを話した。
「そっかぁ。それでさっき、その区切りがついて帰ってきた、ってことなのね」
「そう。あ、あと、『日陰の星』のことなんだけど」
「あぁ、そうだそうだ。あれは結局、どういうことだったの?」
「シュンの過去に関係する言葉だった。だからあれは、私とシュン専用の回線だったってこと。申し訳ないけど、杏香先輩とか小夏がまた繋がれる方法は分からなかった」
「そうだったんだ。でも凛果、分かって良かったね」
「うん。これで新しいスタートが切れるかな。良くも悪くも、シュンに依存しちゃってた日々とはお別れ。シュンのおかげでみんなともまた話せるようになったし、もちろんいいこともたくさんあったけど、これからはちゃんと生者の世界で生きてくって決めた」
「そのお相手が、坂井くんだと」
小夏はニヤニヤしている。
「何よ、冷やかしに来たの?」
凛果が軽く睨むと、小夏は違うってーごめんってーと笑った。
結局夜食を食べたり話が盛り上がったりして、三人は朝日が昇るまで一睡もしなかった。
◇
目が覚めた頃にはお昼を過ぎていた。
小夏と坂井も、凛果が起き上がる音で目を覚ましたようだ。
「突撃しちゃってごめんね。じゃあ私はお先に! 凛果、明日はお昼一緒に食べるからね。坂井くん、独り占めはダメだよ」
軽く髪型を整え、お手洗いを借りた後、小夏はすぐに部屋を後にした。高く昇った太陽にカーテン越しに照らされる中、部屋に凛果と坂井が残される。
「おはよう、凛果さん」
「おはよう、圭太くん」
互いに見つめ合った後、坂井が凛果を抱き寄せた。
「……ありがとう」
「え?」
「何だか今、すごく幸せ」
凛果に言われて、また分かりやすく頬を赤らめた坂井だが、ふと思い出したように言う。
「そういえば、もう本当に『日陰の星』には繋がらないのかな」
「どうだろう。一回やってみようか。これで本当に最後」
凛果は坂井から離れ、スマートフォンとワイヤレスイヤホンを取り出す。坂井に片方のイヤホンを渡して、今までのように音楽アプリを呼び出し、『日陰の星』をタップする。
『この楽曲は再生できません』
「もう新しく始まったこと、シュンも確認したのかも」
「そうかもね」
程なくして、明るいラブソングが流れてくる。
「凛果さん、こういうの聴くんだ」
「いいじゃん。いい曲でしょ?」
そっと耳にあてたイヤホンから聴こえてくるのは、これからの自分達のようで。
この歌詞みたいに、これからたくさん出かけて、笑い合って、一度きりの人生を重ね合うんだ。
二人は顔を見合わせ、微笑む。
桃色のネイルをした指と、タコだらけの指が、探るようにゆっくりと絡み合っていったのだった。
——了——
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