第24話

『凛果ちゃん、久しぶりです。元気かな?』


『実は、来月あたりにみんなで集まれたらいいかなって思ってて。俺らの代と、凛果ちゃんの代がメインの予定。うまく集まれば30人くらいになりそう』


『俺はただ、凛果ちゃんに会いたいなって思ってる。元気そうな顔を見れたらそれで十分嬉しいし、チラッと顔出してくれるだけでいいっつーか』


『もし来てもらえそうなら、来週の土曜日あたりまでに返事くれたら嬉しいかな。暫定だけど場所とか時間の詳細載せとくから、返事待ってるね』


 その後、立て続けに送られてくるお店の名前と、ぺこり、と頭を下げたクマのスタンプが、ダークブラウンの机に置かれたスマートフォンに、ポップアップされる。全て差出人は「佐々木悠貴」だ。


「本当に来た……」


「あれ、凛果。これはダークホース出現ってやつ?」


「何、小夏、ダークホースって」


「番狂わせを起こしそうな馬だよ」


「それは流石に分かってる」


「ごめんごめん。ついに凛果にロックオンしてくる男が現れたか! って思って、勝手にドキドキしてた」


 凛果は今、小夏と初めて食事をした、オフィスビル内のカフェにいる。今日の日替わりランチは冷や汁で、宮崎出身の小夏は故郷を再び味わおうと凛果を誘った。

 ただ、前回チキン南蛮を食べた時と違うのは、テーブルについているのが凛果と小夏だけではないという点だ。


「……ゲホっ……ゴホッ……内田さんに、ゲホっ……男?!」


「圭太はとりあえず水を飲め」


 小夏の発言に肩を飛び上がらせ、ひどくむせているのは坂井圭太だ。柔道で鍛えていただけあって、冷や汁のどんぶりが子ども用のお茶碗に見えてくる。

 坂井くんに水のコップを渡したのは田口颯斗はやと。つまり、同期四人でお昼を共にしているということだ。


「男っていうか、サークルの先輩なの。すごくお世話になってたのに、私のせいで疎遠になっちゃってて。久々に連絡をくれたってとこ」


「じゃあさっきの、『本当に来た』って言ってたのはどういうことなの」


「ちょ、小夏っ」


 凛果は左隣に座る小夏に耳打ちをした。圭太と颯斗には駿平のことを話していない。

 小夏はわけを聞くと、小声で「なるほど……シュンくんが教えてくれたのね……」と頷く。


「じゃあつまり、凛果を狙ってるような男じゃないってことね」と、小夏は普通のトーンで言った。


「良かったぁ」


「ん? 圭太、何が良かったんだ?」


「あ、いや。む、むせたのが治ったから。颯斗、水ありがと」


「ほいよ」


 凛果も落ち着いた圭太を見て、「良かった」と口にするので、小夏と颯斗は思わず口を開けてしまったのだが、凛果は気づいていないようだ。


「り、凛果には大事な彼氏いるもんね。これで他から狙われたらドロ沼展開になりそうで怖い怖い」


「とにかく先輩だから心配ないってば」


「え…………っ!! んぐんふっ、ゲホっ、ゲホゲホっ……颯斗……っ、みずっ」


「気の済むまで飲んどけ」


 颯斗から水のピッチャーごともらった圭太は、コップになみなみ注いで勢い良く喉を揺らすのだった。




 ◇




『リンはどうしたいの?』


「うーん……ユウさんには会って、ちゃんと謝りたい。でも同窓会みたいな楽しい場を一緒に楽しめるか、自信ないの。今の所、参加しそうな人達の中に、私とすごく仲良くしてくれてた人達もいるし……」


『でもユウはあのサークルで副幹事長までやってた。あいつは全体のことも考えた上でリンのことを誘ってるはずだから、リンがそこまで気にする必要もないんじゃない? みんなリンのこと、普通に歓迎してくれると思うけど』


「歓迎……されてもいい立場だと思う?」


『なんでそう思うの』


「シュンが死んじゃってから、私二ヶ月近くサークル無断欠席したんだよ。配役だってもう決まってて、しかも自分からやりたいって名乗り出た役だったのに。公演を壊しちゃったから」


『うーん……でもそれはリンのせいじゃなくて、死んじゃった俺のせい。親密だった人が亡くなって何ヶ月もまともに仕事できない、って芸能人のニュースも生前は見てたし。リンは元々遅刻も欠席もしないってみんな分かってるし、俺の同期もそこすごい褒めてた。だからリンがそうなるなんてよほどのことだってみんな分かってる。あとはリンが、もう一度あのメンツと仲良くしていきたいか。それに尽きる気もしてる』


「なんかさぁ……」


『ん?』


「いいよね。死んじゃったらもう現世こっちじゃ何もできないんだから。私がそうなったのがシュンのせいでも、今サークルのメンバーに対して、シュンが謝れるわけじゃない。結局私の行動だけに全てが委ねられてる。なんか不公平だなって」


『……ごめん。俺の言葉の配慮が足りてなかった』


 小夏の彼氏、タクさんに教わって作ったジンジャースプリッツァーを飲みながら、凛果は自分が発した言葉の意味にやっと気づいた。アクセントとして入れたおろし生姜が、凛果の喉元を鈍く殴る。


 駿平だって、道半ばで人生が絶たれたのに。言葉にできないくらい悔しくて、やるせなくて、苦しい思いをしているかもしれない。それを凛果の前では出さないように努めているに過ぎない。

 そんな人に、「死んじゃってるから楽だよね」って、そんな言葉を軽々しく放った自分が恨めしい。


「シュン、ごめん、私が言い過ぎ——」


 もう『日陰の星』は再生できない。五分経過してしまった。


 ジンジャースプリッツァーを一気に飲み干す。

 しっかり混ざりきっていなかったようで、下に溜まっていた生姜が凛果を殴り続けた。

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