還りの時
第15話
「これでよし、と」
スーツケースに荷物を詰め込み終わって、凛果は冷凍庫からアイスモナカを取り出す。板チョコの挟まっていないバニラ味がお気に入りだ。
翌日から始まる夏季休暇に合わせて帰省するため、荷造りをしていた。三日間の休暇に土日をくっつけて五連休。四日目、つまり土曜日の夜にはこちらに帰ってきて、最終日は荷解きなどしてゆっくり過ごす予定だ。
一方で、帰省してから何をするかは全く決めていない。地元の友人と会う約束、なんてものもない。ただ家族の顔を見るだけだ。一つ決めていることがあるとすれば、お墓参りだけ。
『明日帰省するんでしょ?』
「そう。短い夏休みが始まるの」
『何するの?』
「何って、何」
『いやほら、花火したり、見たり、お祭り行ったりとかさ』
「全部、シュンと一緒にやって以来してない。それに予定も特にないの。実家でゴロゴロして、あとはシュンのお墓参りに行くだけ」
『勿体無いなぁ……でも俺のお墓来てくれるのは嬉しいな。いつ?』
「え、いつか聞くってことは、出てきてくれるの?」
『それは分かんない。まずどうやって
「そんなに難しいの?」
『一歩間違えると、別の次元とか時代とか色々飛んでっちゃうみたいで、コツが必要らしい。この前初めて現世に還ろうとした人が間違えて大航海時代に行っちゃって、危うく海賊に捕まりかけたらしい』
大変な事態だったと想像できるが、思わず笑ってしまう。駿平と同じ世界にいられないのは寂しいが、こうやって天国の話を聞けるのは面白いと感じていた。
「そんな難しいんだ。ちなみに私は……11日に行こうかなって。だから、明後日か」
『え、何日?』
「11だって」
すると駿平は、『その日はダメ!』と声を荒げた。
「え、こ、こわ……どうしたの急に」
『あぁ、ごめんごめん。とにかくその日はダメなんだ。えっと、その、その日に俺が現世に還ることは禁じられてて。とにかく順番ってもんがあるんだ。年功序列的な。11日はずっと管理人のおじいさんの手伝いすることも決まっててさ。リンも、俺が還れる可能性がある時に墓参りしてくれた方がいいだろ? だからとにかくダメだ、11日は。他の日で頼む』
「急に早口……本当に11日じゃダメなの?」
『用事特にないんでしょ? だったら他の日にして! 11日はずっと家で素麺でも食べてて』
「いや、久々の地元だし、ショッピングくらいは……」
『ダメ! ショッピングもしないで家で素麺!……あぁ、素麺ばっかで飽きてるなら冷やし中華とかでもいい。とにかくお家でゴロゴロ。ねっ。じゃあ時間だから切るね!』
「ちょ、ちょっと待って、ねぇ、シュン?!」
もう『日陰の星』の再生はエラーメッセージが出てしまう。
いつもの駿平は穏やかに話すのに、今日はいつになく忙しなかった。11日が実家で麺類縛りなのも気になる。麺以外のものを食べたら祟られるのかと思ったくらいだ。
凛果は小首を傾げつつも、翌日乗る新幹線のチケットを確認していた。
◇
「お姉ちゃんおかえり! 暑かったでしょう」
「ただいま。あれ、お母さんは?」
「今さっき買い物から帰ってきて、バスタイム中」
奥からバタバタと出てきた
手を洗い、凛音からもらった麦茶で涼んでいると母がリビングにやってきた。
「あら、帰ってたの。……うん、ちゃんと食べてはいるみたいね」
「たくさんレトルトとか送ってくれるから、助かってる。ありがとね」
その後は同級生とゴルフをしていた父も帰宅し、早めの夕飯となった。トマトたっぷりのサラダに、茄子の揚げ浸しに、きゅうりの漬物、とうもろこしの入ったカレー。食後のデザートはもちろん、スイカ。
和洋折衷どころかごちゃついた感も否めないが、何だかんだで野菜達が夏らしさを演出していて、食事を楽しむことができた。こういう曖昧さに対する寛容性が、日本の特徴だと常々思う。死に対する価値観や、葬儀のあり方も然りだ。
「あ、ねぇ、そういえば明日ってみんなどう……」
「それにしても遅いわねぇ。凛音のとこに連絡なぁい?」
「ない。お母さんのスマホにLINE来てるんじゃないの?」
「来てないのよ。ちょっと心配ね」
そうだな、と頷く父を見て、凛果は戸惑う。明日の11日の予定を聞こうとしているのに、母と凛音に遮られてしまった。
「何が遅いの? お母さん」
「あ、凛果に言ってなかったっけ? 今日
「え、聞いてない。嬉しいけど」
いつかの小夏を思い出す。一日フライングで娘の家に来た小夏のお母さんだったが、悪びれもせずに三日間滞在したらしい。自分の母親もそうなってくるんだろうか、と凛果は少し怖くなる。
すると、ピンポンとベルが鳴った直後、「遅くなりました! ごめんくださ〜い」と玄関先で声がした。
リビングから廊下をわたってドアを開けると、母の妹夫婦の間から、従姉妹の千紗が「あ、凛果ちゃん」とひょこっと顔を出した。
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