ゴールデンムーン
杜松の実
プロローグ
最終電車ゆられる静けさはまるで不穏のよう、黒々とした窓に岩礁のようで魚影のような何らかの起伏がふいに現れ流れ過ぎ、まれの定点な明かりが平行線の尾を引いて前方から覗き窓枠にはみ出して消えゆくは、流れ星か洋洋たる川面の泡粒かと連想することも可能かわからないが、併せて天の川に横切るほうき星と見る事は到底適わないだろうと、疾うにスマートフォンに現ぬかすことにも耐え兼ね、とは言い条、睡魔の波は既に泡沫と消え今や冴えわたっている神経は手持ち無沙汰に引っ込み、見るとはなしに見つづけている鏡面と化した窓に映る車両に乗り合わせた斜向かいに座るもう一人だけの男の背中姿、死んでいるかのように体を
しばらくすると電車は減速へと転じ体は左に押されるように引かれ、向かいの男もまた引かれ、まさか目が開かれ、
直線なホームは中州のように両側を鉄道レールが流れ、対岸は明かりを落として潜む民家や田畑ばかり、漁火ともす夜凪の船のような辛うじての明かりを下げる冴えたホームは非人情に無機質の暗を持ち、却って人工物であるだけここは人世ではないのかと、いま立つ位置はもしや何処ぞとを繋ぐ橋の上であり、それでも帰る電車はもうなく、また帰るわけにもいかず、歩き出す視線の先には上手く闇に溶けた何かの陰翳、何か分からない構造物が夜を羽織るようにしてこちらを手招いているかのようで、中州に分かれた線路がそのシルエットの先下流にて合流し、平行な二線は常夜をどこまでも継続させていることは分かるのだから歩みを進める他はなく、間広い明かりの
闇から面白味なく全容を明かした構造物は随分簡素な階段と、続く跨線橋で、革靴が薄い金属板の段を踏み上がる毎にやや心地良い灰色の振動音が膝まで伝い、上り切って駅前、煌々の自販機前のロータリーと名付けられたロータリーとも呼べないロータリーのような狭い空間に一台の車が夜に浸って止まっているのを見付け僕が足早に跨線橋を渡って下まで降りると車の中から
自販機の頽廃然とした光に照らされていてもなお、いや却ってそうなのだろうか、野に咲き誇るジャスミンの花のように白く、張りつめた水面の朝のようにきらめく肌がすっくと襟元から覗き、つんと立つ背は吊糸で以て天から支えられているのかと威風堂々たるもので、長髪の櫛に梳かれた無作為な流れは風原の涼しさを、額を露わにしているところからも莉茉の澄んだ気性が見られるように、やや大縁の眼鏡も莉茉に掛かれば却って洒落た物と見え、一部夜に触れた黒縁の内、伏した眼がしなりと僕の目を、射抜いた。
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