第3話

 貨物船では、島に近づけないのである程度の位置で、ボートを降ろし、島に上陸することとなっていた。

 とくにトラブルもなく、島にたどり着く。

 海岸沿いはそうでも無いが、少し歩いたところに鬱蒼とした森が広がっていた。

 今回は花の採取を目的にしているのと、その場所もわかっているので、滞在は一泊二日を予定していた。

 渡された地図を頼りに、同行者達が難なく進んでいく。

 不審死のことを知らないわけではないだろう。

 しかし、船の中でも、そして今現在でもその話題は欠片も出てこなかった。

 あえて避けてるのかもしれない。

 そのような話題は不安や恐怖を煽りはしても、いい仕事をする手伝いにはなってくれないのだから。

 ジェシー達もあえて聞くことはしなかった。

 おそらく、自分たちが説明を受けた以上のことは知らされていない可能性の方が高いと考えたからだ。

 それらを下手に突っついて、反感を買ってしまうのは非効率だろうという考えもあった。

 今のところ、ジェシー達と同行者の間にはとくに不和はない。

 ジェシーもわざわざ仕事がしにくくなる様なことは避けた。


「こちらですね」


 同行者達はスイスイと森の中を進んでいく。

 地図とコンパスを見比べ、進んだ先にそれは現れた。

 洞窟だった。

 近くには湧き水と、小さな川が流れている。

 なんなら、洞窟にも水が滴っていた。


「あ、あったあった」


 同行者の一人が、洞窟の入口近くでジェシー達を手招きする。

 彼が指し示した先には、あの花があった。

 花の絵を描いた職員は、観察眼に長けていたのだろう。

 絵、そのままの花が洞窟の入口を入ってすぐのところに生えていた。


「…………」


 ジェシーはなにか考えながら、花を見て、それから洞窟の中を見た。

 続いて洞窟の外を振り返る。

 海岸からは、それなりの距離があった。


「…………」


 そこに、ハルが声を掛けてきた。


「なにか発見でもありましたか?」


「いいや」


 変死に、この花が関わっているのはわかっている。

 おそらくただの花ではないことは予想がついた。

 率直なことを言ってしまえば、ジェシーはこの赤と黒の毒々しいユリに似た花を調べてみたかった。

 しかし、それをどう調べたものか。

 それに、勝手に調べると後々トラブルになりかねない。

 同行者たちの許可がいる。

 しかし、『はい、いいですよ』と簡単に許可してくれるだろうか。

 可能性は低く思えた。

 さて、そんな同行者達は、花を遠目に見るだけで触れようとはしなかった。

 それどころか、チラチラとジェシー達を見てくる。

 やはり、変死の件が伝わっているのだろう。

 これは、ハルが独自の情報網を使ってわかったことなのだが。

 亡くなったのは花に触れた者たちだったらしい。

 そんなこと、あのキツネ顔の担当者は一言も説明しなかった。

 だが、職員の方にはその事についてちゃんと説明があったのだろうと、同行者たちの反応を見れば予想がついた。


(顔はキツネのくせに、本性はタヌキじゃねーか)


 内心で毒を吐く。

 おそらく、ジェシー達には嘘でもないが本当のことも言ってない、と言ったところだろう。

 ジェシーは、ビジネス用の笑顔を浮かべる


(聞くのはやめておこう。

 こっちはこっちでやらせてもらう)


 腹の中で、ジェシーはそう決めた。

 そして、隣にいたハルへ小さく耳打ちをする。

 それから、


「これを取ればいいんですね?

 いくつ必要でしたっけ??」


 確認も兼ねて、そう訊ねた。

 ハルが気遣わしげに、ジェシーを見た。

 まさか素手で触るつもりか、と言いたげである。

 それこそ、まさかであった。

 ジェシーは、持参した道具袋の中から手袋を取り出した。

 それは園芸用の革手袋で、今回の仕事のためにわざわざ馴染みの農業ギルドまで行って購入したものだった。

【オニアザミ】等、トゲトゲの雑草を引っこ抜く時に使用する手袋である。

 普通の革手袋では、トゲが革手袋を貫通してしまう為だ。

 また、毒対策でもある。

 たとえば、ナメクジ等の粘液が雑草に付着していた場合、よく手を洗い流さないで食事をしたりすると寄生虫に寄生され、死に至るなんてことも少なくないのだ。

 ついでに、これまた野菜を採る時用のハサミも取り出す。

 準備はばっちりだ。


「十輪ほどですね」


 同行者の一人に言われ、彼らが用意した袋を手渡された。

 ジェシーは作業に取り掛かる。

 適当な長さで茎にハサミを入れた。


 ジョッキン。


 簡単に花は切り取れた。

 そこからは、手馴れたものだ。

 さくさくと作業を進め、あっという間に目的の数を採取することが出来た。

 花を入れた袋を一旦縛り、もう一枚袋を重ねた。

 そして、袋の外側に指を滑らせ封印魔法の術式を展開させる。

 これで、鮮度はそのままに持って帰れるというわけだ。

 そこでジェシーはハルへ目配せした。

 ハルはジェシーから事前に渡されていた、同じ手袋をして袋を受け取ると、同行者達へ渡す。


「これでいいですよね?」


 確認を兼ねてのハルの言葉。

 同行者達の視線が、花の入った袋へ向いた瞬間。

 その一瞬のうちにジェシーは、道具を片付ける振りをして二輪ほど手早く花を採取した。

 そして、これまた特殊な、小さく折りたたんでしまっておいた袋を取り出す。

 それを広げて、採取した花を突っ込んだのだった。

 その手際は鮮やかとしかいえなかった。

 傍から見ていたら、道具を片付けたようにしか見えなかっただろう。

 同行者達へ渡した袋にしたのと同じように、二輪の花を突っ込んだ袋にも封印を施した。

 攻撃魔法も得意だが、こういった魔法もジェシーは得意だった。

 ジェシーは、今度こそ本当に道具を片付け、忘れ物がないか確認した後、こう口にした。

 ちなみに、ジェシーとハルは手袋を付けたままである。


「それじゃ、船に戻りましょうか」


 そこに待ったをかけたのは、同行者の一人だった。

 曰く、商会の上層部からの指示で行くところがあるのだという。

 そんなことを言い出した一人に、ほかの同行者達が目を丸くする。

 なにか聞いているか?? と同行者達同士で目配せしていた。


「なんなら、あなた方も自由に行動してください。

 海で泳ぐのもいいかもしれませんね」


 これに嫌そうな顔をしたのは、ハルだった。

 こんなことなら、そもそも水着を用意した、とでも言いたそうな顔だった。

 しかし、それ以上に、


『予定外の行動すんじゃねーよ』


 と言いたげだった。

 いくら安全とはいえ、用が済んだら遠ざけるとか、あからさますぎる。


「そうですね。

 なら、お言葉に甘えましょう」


 しかし、ジェシーは穏やかだった。

 ビジネス用の笑顔はそのままに、ただ穏やかにそう返した。

 続いて、


「ハル、せっかくだ。

 土産に海岸で貝でも拾おう」


 そう提案した。

 ハルも、いつも通り淡々と返す。


「えぇ、そうですね」


 二人の様子に、同行者たちは見るからに胸を撫でおろした。

 すぐにでも、森の奥に向かおうとする同行者一行。

 その背中へ、ジェシーは声を掛ける。


「もしなにかトラブルが起きたら、発炎筒で知らせてください。

 直ぐに向かいます」


 同行者一行は、ジェシー達を振り返らず手を振っただけだった。

 そして、完全に同行者たちの気配が消えたあと、


「胡散臭過ぎるだろ。

 つーか、こんなことならあんなコソコソ採取するんじゃなかった」


 なんてジェシーが呟いた。

 ハルがうんうんと頷く。


「この【花】については帰ってから農業ギルドにでも持ち込んで調べてもらおう」


「それじゃ、これからどうするんですか?」


 ジェシーは、もう一度周囲を見回す。

 監視系等の魔法が無いことを確認すると、


「そうだなぁ。

 別に散策するな、とも言われてないし。

 ちょっとこの洞窟の奥にでも行ってみるか」


 ジェシーは、パッカリと口を開けている洞窟を振り返った。


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